光を渡した夜   作:Haruyama

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第20章 死んだことにされる女

――…

 

 白い天井が、ゆっくり流れていた。

 セリは、瞬きをして、それが病院だと理解する。

 

 

機械音。

規則正しい電子音。

生きている証拠。

 

 

「……まだ、いるのか」

 

 独り言に、返事はなかった。

 だが。

 

「起きているなら、話が早い」

 

 

聞き慣れない日本語。

わずかに混じる、異国の訛り。

足音が二つ。

 

片方は、皆見だと分かった。

呼吸の癖で。

 

 

「……誰」

 

 掠れた声で問う。

 

「FBIです」

 

 男は、あっさり名乗った。

 

「あなたの“価値”について、話をしに来ました」

 

 皆見が、硬い声で言う。

 

「彼女は重傷だ。尋問なら、後に――」

「尋問ではない」

 

 FBI捜査官は、静かに首を振る。

 

「取引です」

 

 セリは、薄く笑った。

 

「……生き残ると、ろくなことがない」

「生き残ったからこそ、できる取引だ」

 

 捜査官は、タブレットを操作する。

 

 

画面に映し出されるのは、地図。

組織図。

暗号化された通信記録。

 

 

「過激派組織ヴェリア。あなたは、内部構造をほぼ把握している」

「……昔の話だ」

「いいえ」

 

 捜査官は、即答する。

 

「今も、です」

 

 画面が切り替わる。

 

 

羽生信也の拘束映像。

各国で同時に動く部隊。

 

 

「あなたの情報があれば、ヴェリアは“組織として”終わる」

 

 セリは、天井を見る。

 胸が、少しだけ重くなる。

 

「……代償は」

「二つ」

 

 捜査官は、指を立てた。

 

「一つ。あなたは、“タカザキ”として、すべてを提供する」

「もう一つ」

「“タカザキ”は、死ぬ」

 

 皆見が、息を呑む。

 

「……死亡工作?」

「ええ」

 

 捜査官は、淡々と続ける。

 

「山下埠頭で死亡。

 遺体は確認不能。

 関係各国に公式通達」

 

 セリは、静かに考える。

 

 

追われない。

利用されない。

カナに、影が及ばない。

 

「……私は」

 

 言葉を探す。

 

「私は、どうなる」

「名前を変える。

 過去を捨てる。

 “普通の人間”として生きる」

 

 

沈黙。

機械音だけが、部屋を満たす。

 

 セリは、目を閉じた。

 

(……終わるんだ)

 

 

タカザキとしての人生が。

武器としての価値が。

 

 

代わりに。

 

「……条件がある」

 

 ゆっくりと、目を開ける。

 

「妹には、触れるな」

 

 捜査官は、即座に頷いた。

 

「彼女は、完全に保護対象から外す。記録も、遮断する」

 

 皆見が、セリを見る。

 

 

何も言わない。

止めもしない。

 

 

 セリは、息を吐いた。

 

「……いい」

「では、契約成立だ」

 

 捜査官は、立ち上がる。

 

「あなたは、今夜死にます」

 

 その言い方が、あまりに事務的で、可笑しかった。

 

「……変な話だな」

 

 セリは、微かに笑う。

 

「一度、死に損なったのに」

「次は、成功させます」

 

 そう言って、捜査官は去っていく。

 皆見が、静かに口を開く。

 

「……後悔は?」

 

 セリは、首を振る。

 

「これで、やっと」

 

 天井を見上げる。

 

「“私の人生”になる」

 

 

 

数時間後。

速報が、世界を駆ける。

 

 

 

――日本・山下埠頭にて、

――国際テロリスト“タカザキ”死亡。

 

 

 

写真はない。

遺体もない。

だが、それで十分だった。

 

 

―――…

 

病室のベッドで、

一人の女が、静かに息をしている。

 

 

名前のないまま。

追われることのない未来へ。

 

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