――敵は、姿より先に関係を残す。
――…
最初に違和感を覚えたのは、永瀬だった。
銃声が止み、廊下に重たい沈黙が戻った直後。
倒れた侵入者の一人を確保した瞬間、彼は眉をひそめた。
「……妙だな」
皆見が顔を上げる。
「何が?」
「動きが雑すぎる。それに――」
永瀬は、拘束した男の手首を見る。
指の関節に、古い傷がいくつも残っている。
「撃ち方は素人じゃない。でも、連携がない。まるで“時間稼ぎ”だ」
その言葉が終わる前に、無線が割り込んだ。
『警察だ! 建物は完全に包囲した!』
遅い、と皆見は思った。
あまりにも、遅すぎる。
外ではサイレンが重なり合い、空気がざわめいている。
施設の敷地に、次々と人が流れ込んできた。
その中に、公安の腕章が混じっているのを、永瀬は見逃さなかった。
「……やっぱり来たか」
公安捜査官の一人が、開口一番に言った。
「侵入者は“タカザキ”で間違いないな?」
皆見は、即答しなかった。
「名乗ったのは、別の人間です」
「だが、このタイミングで、この規模だ。他に誰がいる?」
そう言われると、反論は難しい。
事実、現場に残された痕跡は、“タカザキ像”と一致しすぎていた。
国外製の銃。
即席の侵入ルート。
そして、カナ・イシカワを正確に把握していた情報網。
公安は、すでに結論を出していた。
「タカザキは、日本にいる。狙いは、保護対象者だ」
だが、そのとき。
別室で拘束されていた男が、急に笑い出した。
「……違うな」
皆見と永瀬が同時に振り向く。
「俺たちは、囮だよ」
永瀬が一歩近づく。
「誰の?」
男は、血の混じった唾を吐き、肩をすくめた。
「さあな。でも――」
一瞬だけ、男の視線が、永瀬の顔を掠めた。
「“あいつ”なら、もう引いてる頃だ」
その言い方が、妙に引っかかった。
“タカザキ”を恐れる口調じゃない。
どこか、慣れた――雑な言い方。
永瀬の脳裏に、過去の記憶がよぎる。
乱暴な冗談。
無線越しの悪態。
そして、危険な仕事のあとに必ず残る、後味の悪さ。
「……チッ」
舌打ちが、無意識に漏れた。
――
その頃、施設から少し離れた場所。
ワゴン車の中で、男は携帯電話を耳に当てていた。
「終わったぞ。予定通り、大騒ぎだ」
返事は短い。
『……カナは?』
「無事。近づいてない」
運転席の男は、軽く息を吐いた。
「相変わらず、妹には甘いな」
一瞬の沈黙。
『――余計なことを言うな』
その声は低く、苛立ちを隠していなかった。
男――カジヤは、口元だけで笑う。
「はいはい。“タカザキ”さん」
電話は切れた。
カジヤはエンジンをかけながら、独り言のように呟く。
「……昔からそうだ。あんたは、守るために、全部壊す」
車は静かに走り出し、闇に溶けていった。
――
一方、警察と公安は、すでに次の一手を決めていた。
「タカザキを追う。国内潜伏は確実だ」
その判断が、
誰を追い詰め、
誰を救うことになるのか。
この時点では、
まだ誰も、知らなかった。