――引き金より先に、世界が動いた。
――…
最初に破られたのは、静寂だった。
――ドンッ。
金属扉が内側に歪み、次の瞬間、爆音とともに吹き飛ぶ。
「皆見!」
永瀬の声が、密室を切り裂いた。
銃口は即座にセリを捉えている。
呼吸は荒く、引き金にかけた指に一切の迷いがない。
「永瀬、撃つな!」
皆見が叫ぶ。
その声に、永瀬の眉がわずかに動いた。
「……無事か」
「今はそれどころじゃない。下ろせ、話は――」
「話す相手じゃない」
永瀬は一歩前に出る。
「そいつが“タカザキ”だな」
空気が凍る。
セリは、銃を持たないまま、まっすぐ永瀬を見返した。
「そう呼ばれている」
「十分だ」
永瀬の照準が、心臓に定まる。
その瞬間。
――キィン。
耳障りな電子音が、天井から降ってきた。
赤いランプが、点灯する。
「……侵入者検知」
皆見が、低く呟く。
セリの表情が、初めてはっきりと変わった。
「来る」
「誰が」
永瀬が問う。
セリは、短く答えた。
「ヴェリア本隊」
次の瞬間、建物全体が揺れた。
遠くで、重低音。
車両――複数。
「チッ……!」
永瀬が無線を開こうとするが、ノイズしか入らない。
「妨害されてる」
「当然」
セリは、歯を噛みしめる。
「ここは“捨て区画”だ。侵入が確認された時点で、全員まとめて消される」
「……お前も、か」
「私もだ」
皆見が、永瀬を見る。
「撃つのは後だ。今は――脱出する」
永瀬は、ほんの一瞬だけ迷った。
だが、外で響く銃声が、その時間を奪った。
「……くそっ」
銃口を下ろす。
「走るぞ」
セリが、わずかに目を見開いた。
「信用するの?」
「信用はしてない」
永瀬は吐き捨てる。
「だが、皆見が生きてる。それだけで十分だ」
廊下に出た瞬間、状況は地獄だった。
黒装束。
統制の取れた動き。
「本隊だ……」
皆見が息を呑む。
セリは、迷わず走り出した。
「こっち!」
「待て!」
「ここで止まったら全滅!」
三人は、銃弾をかいくぐりながら非常階段へ向かう。
永瀬が振り返り、応戦する。
「数が多すぎる!」
「最初からそういう作戦だ!」
セリが叫ぶ。
「“タカザキ”を餌にして、関係者ごと始末する!」
その言葉に、皆見が理解する。
「……カナも、狙われている」
セリは、答えなかった。
だが、その沈黙が、答えだった。
階段を駆け下りる最中、通信が一瞬だけ戻る。
「――永瀬!こちら公安、ヴェリアが一斉に動いた!」
雑音。
「カナの位置が――」
通信が、切れた。
永瀬は、歯を食いしばる。
「最悪だ」
セリが、立ち止まった。
「……なら、急がないと」
二人が、同時に彼女を見る。
「私が、囮になる」
「却下だ」
永瀬が即答する。
「それでも」
セリは、皆見を見る。
「彼女を守るなら、私が“タカザキ”でいなきゃいけない」
その目は、逃げ場を探していなかった。
皆見は、静かに言う。
「……それは、選択じゃない」
セリの唇が、震えた。
遠くで、さらに大きな爆音。
時間は、残されていない。
三人は、まだ同じ方向を向いている。
だが、進む先は、すでに分かれ始めていた。