バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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115話 熱い氷

 

 

「お……オオ前……は、強いノカ?」

 

 

声の主は黒々とした異形の巨体を持つ怪物、脳無。

ドクターによって開発された脳無のハイエンドモデルだ。

 

怪物は言葉を発すると同時に全身の筋肉を爆発的に膨張させ、背中の表皮を突き破って禍々しいジェット噴射機構を隆起させた。

大気を焦がすような推進音と共に、漆黒の巨体が重戦車のような速度で新No.1ヒーロー・エンデヴァーへと一直線に突撃する。

 

しかし、歴戦の猛者であるエンデヴァーの瞳に動揺はない。

 

彼は突進してくる巨体を冷静に見極め、自身の両腕から炎を地面に向けて噴射した。

その反動を利用し、地面と完全に平行になるような姿勢で身体を大きく横に逸らす。

脳無の直線的な突撃を紙一重で回避する。

 

回避と同時。

否、回避の動作そのものが次の攻撃への布石であった。

身体を逸らした勢いを殺さず、肘の裏側から爆発的な炎をブーストとして噴射し、己の拳を脳無の巨大な腹部へと死角から叩き込んだ。

 

 

赫灼熱拳(かくしゃくねっけん)……ジェットバーン!!」

 

 

超高熱に圧縮された炎の打撃が、脳無の腹を深々と抉る。

あまりの衝撃と熱量に、脳無の巨体がくの字に折れ曲がり、凄まじい勢いで後方の空へと吹き飛ばされた。

 

だが、脳無は空中で体勢を崩すどころか、吹き飛ぶ勢いを利用して身を翻した。

そして肥大化した両腕を大きく広げると、その腕の皮膚と筋肉が瞬時に翼のような形状へと変異。

背中のジェット噴射と合わせて完全に空中に滞空し始める。

 

 

「こコンな、火じゃアあ……オレハは、殺セせないぞゾ……」

 

 

上空で羽ばたく脳無の腹部。

エンデヴァーの熱を叩き込まれ、炭化して抉り取られていたはずの肉が不気味に蠢き始めた。

グチュグチュという肉が再生する嫌な音と共に、焼けた傷口が正常な肌と筋肉に置き換わっていく。

 

 

(……再生能力か。USJの生徒たちを襲撃したという、脳無と同じだな)

 

 

エンデヴァーは、冷静に脳無の特徴を分析する。

肌の色が黒。

ヴィラン連合掃討戦で確認されてきた白い脳無たちとは明らかに次元の違う、特別な個体であることを示している。

 

何より上空を飛ぶこの黒い脳無は、舌足らずとはいえ明確な意思を持って言葉を話している。

 

これまでに発見されてきた脳無は、ただ命令に従うだけの知能のない操り人形でしかなかった。

言葉を話し、戦術を変え、戦闘狂のように強者との戦いを楽しむこの個体はこれまでのどの脳無よりも特別であり、危険度が跳ね上がっている。

 

 

(大規模なテロ作戦ではなく、街中で俺だけをピンポイントに狙ってきた状況……おそらく、こいつは能力のテストケース、試運転だ)

 

 

エンデヴァーの脳裏に最悪のシナリオがよぎる。

これほど高度な知能と複数の個性を併せ持つ最高位の脳無が、もしも量産体制に入ろうとしているのだとしたら。

 

 

「……生け捕りにして、情報を頂く!」

 

 

エンデヴァーは気迫の咆哮を上げ、両手の指先を怪物へと向けた。

 

 

「赫灼熱拳……ヘルスパイダー!!」

 

 

十本の指先から、レーザーのような極細の超高熱線が放たれる。

逃げ場を塞ぐ五本の矢となって脳無の巨体を切り裂こうと襲い掛かった。

 

だが、ハイエンド脳無の反応速度はエンデヴァーの予想を遥かに超えていた。

 

空中の怪物はその巨体を信じられないほどの柔軟性で捻り、まるで一本の黒い紐か蛇になったかのような動きで熱線の網目をすり抜ける。

そして回避の勢いそのままに、エンデヴァーの身体の真横を凄まじい風圧と共に通り過ぎていく。

 

 

(……なんてスピードだ……)

 

 

エンデヴァーがすれ違った怪物の背中を目で追おうとした、その瞬間。

死角となったエンデヴァーの足元に、黒い何かが巻き付いた。

 

それは、すれ違いざまにハイエンドが自身の腕の肉をゴムのように長く引き伸ばし、エンデヴァーの身体を捕縛したものであった。

 

 

「がはッ!?」

 

 

加速して飛び去る脳無の異常な推進力に強引に引っ張られる形でエンデヴァーの巨体が宙を舞う。

大通りの端に立つ高層ビルの根元へと容赦なく叩きつけられた。

 

しかし、攻撃はそれだけでは終わらない。

ハイエンドはエンデヴァーをビルに叩きつけた腕の長さを維持したまま、さらに横方向へと急加速して飛び続ける。

ビル内部にめり込んだエンデヴァーの身体が引きずられ、内部の分厚いコンクリートの壁や柱を次々と破壊しながら、ビルの内部を削るようにして横移動させられ続けた。

 

そしてビルの側面を真横に切断するようにして壁から飛び出たエンデヴァーは、そのままの勢いで隣のビルの壁面へと乱暴に投げ付けられる。

 

 

(……クソッ。逆噴射してブレーキをかけたが、止めきれなかった……!)

 

 

壁に深々とめり込みながら、エンデヴァーは血を吐き出して顔を歪めた。

 

あの脳無はスピードだけでなく、純粋なパワーにおいてもすでにエンデヴァーの上をいっている。

だが、それだけならばまだ戦いようはある。

 

エンデヴァーはこれまでも、数々の困難なヴィランを気力と技でねじ伏せてきたのだ。

 

 

「エンデヴァー! 大丈夫か、加勢するぞ!!」

 

 

地上で状況を見ていた他のプロヒーローたちが、サポートに入るべく怪物の下へと駆け寄ってくる。

 

その光景を空中に滞空するハイエンドはチラリと見下ろし、そして、思考した。

 

 

(……邪魔ダ)

 

 

これまでの思考力を持たない脳無とは違う、知性を持った明確な悪意。

 

ハイエンドの胸部や背中の肉体が、ボコボコと不気味な音を立てて隆起し始める。

 

そして空を飛ぶ怪物の身体から爆弾が投下されるようにして、複数の何かが街中へと射出された。

 

 

「グアァァァァ……」

 

「アァァ……」

 

 

地上へ降下し、うめき声を上げながら立ち上がったのは。

 

ハイエンドの体内に格納されていた、五体の白い脳無たちであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、来るなぁ!!」

 

 

逃げ惑う一般市民の悲鳴が大通りに響き渡る。

一体の白い脳無が、逃げ遅れた女性に襲い掛かろうとその異形の手を振り上げた。

 

その時。

 

蒼く燃え盛る炎を纏った鉄の槌が飛来する。

それが白い脳無の頭部を粉砕した。

 

 

「ガァッ……」

 

 

頭を砕かれて地面に押し込まれた脳無に対し、さらに追い打ちをかけるように超高熱の蒼炎が叩き込まれる。

肉の焦げる悍ましい匂いが周囲に立ち込めた。

 

 

「……あ、ありがとう……ございます……!」

 

 

腰を抜かした女性が、助けてくれた人物を見上げて震える声で礼を言う。

 

 

「……いいから。さっさと逃げろ」

 

 

炎のメイスを元の杖の形に戻し、そう告げたのは燈矢である。

 

燈矢は倒れた脳無が死んだことを確認すると、迷うことなく次の白い脳無の元へと駆け出した。

 

周囲には、プロヒーローたちも駆けつけている。

しかし、脳無はその強靭な肉体と複数個性ゆえに、一般的な中堅ヒーローの個性では容易に対処できる代物ではない。

 

それならば、火力と殺傷能力に特化した自分が脳無を担当し、救助と避難誘導は他のヒーローに任せた方が被害を最小限に抑えることができる。

 

 

「そこの君、肩を貸します! 君は、この人の足を持って!」

 

「はい!」

 

 

走りながら燈矢は周囲の状況を観察し、ある事実に気づいた。

 

パニックに陥る一般市民の中に混じって、妙に動きが良く、この緊急事態に対して冷静に救助活動を行っている者たちがいるのだ。

 

彼らはヒーローのマスクもコスチュームも身につけていない、ただの私服姿の市民である。

しかし、あの流れるような集団的な連携の動き。

 

あれは間違いなく、ショッカー救助隊のメンバーたちだ。

 

彼らには現在、ボスの難羽から退職金として多額の給与が振り込まれ、今後上から命令することはしない、自分の人生を楽しんでくれと事実上の解散指示が出されている。

 

つまり、組織からの具体的な命令は一切下っていない。

 

それでも彼らは逃げることなく、己の意志でこの地獄のような現場に残り、人を助けるために動き続けている。

 

その事実に燈矢の胸の奥で、何かが熱く燻るのを感じた。

 

 

「……次の標的だ」

 

 

二体目の白い脳無を見つけた燈矢は、腕に蒼い炎を灯しながら空気銃ドライヤを構えた。

噴射される圧縮空気の流れが、蒼い炎を取り込んで噴射される。

白い脳無の巨体を完全に包み込み、炭化させていく。

 

周囲の白い脳無への対処は、燈矢の火力をもってすれば単独でも十分に可能である。

 

しかし、次々と怪物を屠っていく燈矢の顔には、焦燥の汗が流れ落ちた。

彼の視線は地上の敵ではなく、上空の空へと向けられていた。

 

 

そこではエンデヴァーが炎の噴射を続けて空を飛び、あの黒い脳無と死闘を繰り広げている。

 

 

エンデヴァーの赫灼熱拳は自身の体内に極限まで炎の熱を留め、それを超高温に圧縮して一気に放つ一撃必殺の奥義である。

 

それは本来、連続して乱発するような技ではない。

体内に熱を溜め込みすぎれば、深部体温の異常な上昇を招き、身体能力の低下を引き起こす。

 

そしてエンデヴァーは熱に強い強靭な肉体を持ってはいるが、自力で体内の熱を放熱し、冷却する機能が彼には備わっていない。

 

だからこそ、エンデヴァーは自身の炎の弱点を補うために、氷の個性を持つ母を妻に迎え、炎と氷を併せ持つ完璧な焦凍(成功作)を望んだ。

いや、そもそも彼が本当に望んでいたのは、自身の炎を最大限に引き出すための冷却装置としての氷の力であったはずだ。

 

 

 

三体目の白い脳無。

燈矢は首の関節の隙間に杖の先端を差し込み、そこから直接内部に蒼炎を流し込んで内部から焼き尽くした。

再び、上空のエンデヴァーの方へと目を向ける。

 

昼間の青空に、まるでもう一つの太陽が現れたかのような、凄まじい光と熱が膨れ上がっていた。

 

それはハイエンドの再生能力を上回り、細胞のひとかけらも残さずに焼き尽くすための、エンデヴァーの全力であった。

 

 

「灼けて、沈まれ……!」

 

 

エンデヴァーの叫びと共に肉体に限界まで閉じ込めていた熱が、圧縮を解かれて全方位へと解放される。

 

 

「プロミネンス……バーン!!」

 

 

まるで太陽の表面の爆発のような絶対的な熱量と光が、ハイエンドの漆黒の肉体を包み込み、蒸発させていく。

 

決まった。

地上で見守る誰もがそう確信した。

 

 

ただ一人、燈矢だけが、嫌な予感に心臓を跳ね上げさせ、上空の直下へと向かって駆け出していた。

 

 

脳無はただの強力なヴィランではない。

作られた怪物である。

回避とは呼べないような、怪物ならではの脱出手段を持っていた。

 

 

 

「エンデヴァー!! 」

 

 

 

燈矢の絶叫が、大通りに響く。

 

しかし、その声が届くより早く。

炎の光芒の中から、ハイエンドの歪な声が嘲笑うように響いた。

 

 

 

「……残ネン」

 

 

 

圧倒的な熱の奔流の中で。

 

黒い脳無は焼かれる自身の胴体から、自身の両手を使って自らの頭部を千切り取り、炎の射程外へと投げ飛ばしていた。

 

炎は残された胴体を完全に燃やし尽くし、灰に変えた。

しかし、空中に投げ出された核である頭部を中心に、黒い肉が瞬く間に爆発的な速度で再生を開始する。

 

瞬時に再生した腕が、プロミネンスバーンの反動で動きが止まっていたエンデヴァーへと襲い掛かる。

 

 

「ガ、アァァァッ!!」

 

 

肉が裂け、骨が砕ける生々しい音が響く。

ハイエンドの腕がエンデヴァーの顔面の左半分を、抉り取るようにして通過した。

鮮血が空に舞い、炎の髭が消え去る。

 

 

その絶望的な光景を。

上空を旋回し、事態の推移を安全圏から中継し続けていた報道ヘリのカメラが、無情にも全国のテレビモニターへと配信してしまった。

 

映し出されたのは、人々の希望であるべきヒーローの活躍ではない。

オールマイトの跡を継いだ新たなNo.1ヒーローが、怪物に顔面を抉られ、倒れゆく姿であった。

 

 

「グヴゥ……ッ!」

 

 

顔面から血を流し、視界が紅く染まる中。

エンデヴァーは決してその場に倒れ伏すことはなかった。

 

自身の背中から炎を噴射し、強引に己の巨体を跳ね起こす。

そして激痛を怒りで塗り潰すように咆哮を上げ、再生を終えたばかりの脳無へと、残されたすべての力を振り絞って立ち向かっていった。

 

 

「……遅イ」

 

 

怪物の口から嘲笑するような声が漏れた。

大技の反動と顔面の負傷によって、エンデヴァーの動きは精彩を欠いていた。

 

脳無はエンデヴァーが放った火炎を首を傾けて回避した。

そして、すれ違いざまにエンデヴァーの胴体を腕で捕縛する。

自らの腕の筋肉を文字通り巨大な鞭のようにしならせ、その巨体を空中へと力任せに放り投げた。

 

轟音と共に、エンデヴァーの身体が先ほど脳無の突撃によって半壊していたビルの中腹へと投げ付けられた。

 

分厚い壁が砕け散り、巨大な鉄骨がひしゃげる。

 

 

それは、敗北の姿であった。

 

 

地上で避難を急いでいた一般市民たちの足が、絶望に縫い止められたように止まる。

 

オールマイトは神野の死闘の末に、事実上円満な形で引退をした。

人々にある種の安堵を与え、平和の象徴がこの世界から完全に不在となったという、恐ろしい事実から目を逸らさせることにも繋がっていた。

 

しかし今、新たなNo.1が名も知れぬ敵の前で打ち倒された光景を目の当たりにして。

ごまかしの効かない恐怖が、逃げ惑う人々の心から止めどなく溢れ出した。

 

 

(……やっぱり、ダメなのか)

 

 

エンデヴァー以外のプロヒーローたちも駆けつけ、命懸けで彼らを守ろうとしている。

 

しかし、一般市民たちの心はヒーローを求める。

彼らの心の中で、もう決して届くことのない悲痛な叫びが木霊する。

 

 

助けて、オールマイト。

 

 

人々が絶望に沈む中。

 

エンデヴァーが叩きつけられた衝撃によって。

強度が限界に達していたビルが、不気味な軋み音を立てて大きく傾き始めた。

 

切断された巨大なコンクリートの塊が、重力に従って横へとずれていく。

 

このままではビル前で意識を失っているであろうエンデヴァーどころか、眼下の大通りで逃げ惑っている多くの一般市民たちが瓦礫の下敷きになってしまう。

 

 

そこにただ一人、すべてを投げ打つような勢いで駆け出していくのは燈矢である。

 

 

彼の脳内には、無数の思考と感情の嵐が吹き荒れていた。

 

自分が長年憎み、殺したいとまで願い続けてきた復讐相手が、今、間抜けにも怪物の手によってくたばろうとしている。

これは千載一遇のチャンスではないのか? 

 

だが、このままビルが倒壊すれば、足元にいる無関係の多くの人間が巻き添えになって死ぬ。

それをただ見過ごせるのか? 

 

父への怒り。

過去への執着。

そして、今目の前で失われようとしている命への恐怖と焦燥。

 

相反する感情が心の中で激しく混ざり合い、摩擦を起こし、彼の血肉を焦がすような異常な熱となって全身を駆け巡っていく。

 

 

 

「……何、負けてんだ……エンデヴァー!!!」

 

 

 

燈矢の喉の奥から、血を吐くような絶叫が迸った。

 

 

その叫びと共に、彼の両腕から途方もないエネルギーが解放される。

 

 

倒壊し、崩れ落ちようとする巨大なビルの側面を覆い尽くし、巨大な支柱として強引に補強するように。

極低温の絶対零度を誇る氷の海(・・・)が、燈矢の両腕から波となって一気に溢れ出した。

 

ピキピキと大気を凍らせる音と共に巨大な氷河がビルを包み込み、崩落を完全に停止させる。

 

 

燈矢はすでに氷の個性を発現させ、使えるようになっていた。

 

難羽が過去に看破した通り、燈矢の肉体の遺伝子の本質は熱に焼かれる炎ではなく、氷叢の血がもたらした氷結に特化した体質の方にこそあったのだ。

 

しかし、彼はその氷の力を使うことを激しく拒絶し続けてきた。

 

自分を失敗作としてこの世に産み落とした母の力。

いや、そもそも自分がこの氷の力を使っている時点で、己は失敗作ではない。

だから、母の力だから使いたくなかったわけではない。

 

過去の自分。

過去の母。

そして、自分を否定した過去の父。

 

氷の力が、自身の人生の狂わせた元凶だと言ってもよかった。

 

だからこそ彼はこの力を何よりも憎み、心の奥底に封印してきたのだ。

 

それでも今の彼は心の整理がついていない。

なぜ自分がこの力を使ったのか。

だが、未来の自分がこの時を振り返るならば。

 

 

 

考えるより先に、体が動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

氷の支柱によって崩落を免れた瓦礫の中。

一瞬だけ意識を飛ばしていたエンデヴァーが、自身の顔を覆う氷の冷たさにハッとして身体を起こした。

 

エンデヴァーの前に、燈矢が立つ。

 

上空には報道ヘリが飛び交い、日本中がこの惨状を見つめている。

エンデヴァーを地の底へと突き落とし、轟家という虚飾のヒーロー一家の真実を暴き立てるには、これ以上ない絶好のタイミングであった。

 

しかし。

燈矢はエンデヴァーの背中へと歩み寄り、自身の両腕を荒々しく叩きつけた。

 

己の心の中に長年蓄積されてきた、ドロドロに溶けた憎悪と、決して消し去ることのできなかった愛情という名の熱を、すべて吐き出すように。

 

 

「負けるな……お父さん!!!」

 

 

燈矢の腕から氷の波動が流し込まれる。

限界まで熱を溜め込んでいたエンデヴァーの肉体へと。

 

熱暴走を起こし、限界を超えていたエンデヴァーの身体を燈矢の氷が優しく、そして急速に冷却していく。

 

 

「……ッ!」

 

 

エンデヴァーは大きく目を見開き、信じられないものを見るように燈矢の顔を振り返った。

 

 

「立て……まだ、終わっちゃいねぇぞ!!」

 

 

燈矢はエンデヴァーの熱を冷やしながら、その身体の脇に肩を入れ、強引に立ち上がらせた。

そしてぶっきらぼうに突き飛ばすようにして、再び空の戦場へと親父の背中を押し出した。

 

 

エンデヴァーは言葉を発することなく、大きく口を開けたまま、ただじっと燈矢の顔を見つめた。

 

神野区で出会った時はわからなかった。

炎の個性を持つ人間は多いからだ。

 

しかし、炎と氷を持つ人間など。

雄英体育祭の、不思議な少年の言葉を思い出す。

 

 

青年の青い瞳に宿っていたのは、確かな激励の光だった。

 

 

エンデヴァーは全身の筋肉に力を込める。

燈矢の氷によって身体が完全に冷却されたことで、次なる全力を放つための熱を、再び肉体の内側に溜め込むことが可能になったのだ。

 

熱が凄まじい勢いで籠っていく肉体とは別に。

エンデヴァーの胸の奥底から、勇気の熱が無限に湧き上がってくるのを感じた。

 

 

「……オオオオオオッ!!」

 

 

エンデヴァーは全身から爆発的な炎を噴射し、上空からトドメを刺そうと迫り来るハイエンドに向かって、真正面から激突する形で飛び上がった。

 

空中で、二つの巨体が完全に交差する。

 

ハイエンドの鋭い腕がエンデヴァーの身体を貫くかと思われた。

しかし、エンデヴァーの放った炎の拳は怪物の攻撃が届くより一瞬早く。

 

ハイエンドの頭部、その剥き出しの脳髄を捉え、粉砕していた。

 

相打ちの覚悟で飛び込み、相手の攻撃を紙一重で躱しながらの一撃。

まさに、極限のクロスカウンターであった。

 

しかし、エンデヴァーの攻撃はそれで終わりではない。

頭部を砕かれ、再生しようと蠢くハイエンドの巨体を両腕でしっかりと掴み込むと、彼は自身の足の裏から炎を噴射した。

 

彼の、息子から託された全力を振るうには。

一般市民のいるこの地上はあまりにも狭すぎる。

 

 

飛ぶ。

 

すべてを焼き尽くすために。

 

 

ただひたすらに、天空を目指して飛び上がる。

 

 

 

「オオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

遥か上空、エンデヴァーは己の命のすべてを燃やし尽くすような絶対的な熱量を解放した。

 

 

 

 

プロミネンスバーン(PLUS ULTRA)!!!」

 

 

 

 

昼間の空に、巨大な太陽が誕生した。

 

東京の街のすべてを白く染め上げるほどの閃光が炸裂し、脳無は塵も残さずに大気中へと蒸発した。

 

 

 

 

絶対的な脅威が去った後。

上空から力を使い果たしたエンデヴァーの巨体が、隕石のように大通りへと落下してきた。

 

重い音を立ててアスファルトに降り立った彼は、全身から白煙を上げながらも、ゆっくりと右の拳を天高く掲げる。

 

その勇姿を上空を旋回する報道ヘリのカメラが克明に捉え、全国のモニターへと中継する。

それはオールマイトという柱を失い、不安に怯えていた人々に対して、新たなNo.1ヒーローがこの世界に確かに誕生したことを、その命を懸けて見せつけた瞬間であった。

 

 

勝利の歓声が、遠くから波のように押し寄せてくる。

その中で誰かの足音が近づいてくるのが聞こえ、エンデヴァーは重い顔をゆっくりと上げた。

 

 

 

そこに立っていたのは、黒いジャケットを着た、白い髪に青い瞳の青年。

 

 

神野区の死闘で共に並んで戦った、名も知らぬ青年。

 

 

 

そして今、己の氷で自分を救い、お父さんと呼んでくれた自分の、息子。

 

 

 

「あ……ああ……」

 

 

エンデヴァーはその姿を見て、激しい動揺に声を震わせた。

 

どうすればいいのか。

何を言えばいいのか。

 

彼の腕が宙を彷徨うようにおろおろと動く。

しかし、肉体の限界をとうに超えていた彼の足からついに力が抜け、そのまま前へと崩れ落ちそうになった。

 

白髪の青年の上へと、自身の巨体が覆い被さるように倒れ込んでしまう。

まずい、とエンデヴァーは思ったが、もはや指一本動かす力も残っていなかった。

 

だが、彼が冷たいアスファルトに叩きつけられることはなかった。

 

しっかりと、前へ倒れ込む身体が抱き止められる。

 

冷気を纏った青年の肉体が、燃え尽きそうに熱くなっていたエンデヴァーの身体を優しく冷やしていく。

 

 

 

「……ただいま、お父さん」

 

 

 

青年の口から紡がれたその静かな言葉を聞き。

 

轟炎司の目から、大粒の涙が溢れ出した。

 

彼は倒れ込みながらも、力強く、自身の腕の中に帰ってきた息子を抱きしめたのであった。

 

 


 

 

 

 

 

この激戦の地から離れた、東京の別の大通り。

そこにある巨大な街頭ビジョンが映し出しているのは。

 

新たなNo.1ヒーローの勝利の姿ではなく、奇妙な録画映像であった。

 

薄暗い部屋の中で、カメラの前に座る一人の青年。

その姿は、現在エンデヴァーを抱きしめている白髪の綺麗な青年とは似ても似つかない。

 

全身に酷い赤黒い火傷の痕を持ち、無数のツギハギとホッチキスで強引に皮膚を繋ぎ合わせた、おぞましい姿であった。

 

映像の中のその青年はカメラに向かって、静かに語り始めた。

 

 

 

『……俺は、轟燈矢。……現No.1ヒーロー、エンデヴァーの長男として、この世に生まれました』

 

 

 

街頭ビジョンを見上げる人々の足が止まり、ざわめきが波紋のように広がっていく。

 

 

 

『……俺はこれまで……三十人以上の、罪なき人々を焼き殺しました』

 

 

 

もしも、映像を用意した魔王がこの光景を見ていたならば。

彼はきっと、その口角を三日月のように吊り上げ、極上の喜劇を楽しむようにこう呟いただろう。

 

 

 

 

 

 

過去は消えない。

 

 

 

 

 

 

 

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