バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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118話 たった一人の窓へ向けて

 

全国のメディアを揺るがせた、轟燈矢を名乗る青年による告発動画。

その衝撃が冷めやらぬ数日後、世間をさらに震撼させる事件が立て続けに起きた。

 

動画の中で怨嗟の言葉を吐いていたその青年が今度はエンデヴァーの妻、すなわち己の母親である轟冷が入院する病院を襲撃し、焼き殺そうとしたのである。

 

しかし、間一髪のところで冷を救い出したのは、同じく轟燈矢を名乗る白髪の青年であった。

 

その後、ホークスによって身柄を拘束された襲撃犯の男のDNAを警察が鑑定した結果。

エンデヴァー、轟冷、そのどちらも一致せず。

 

あの告発動画で大衆の前に示された親子の証明である鑑定書は、何者かによって偽造されたフェイクであったと警察から公式発表されることとなった。

 

世論はこの劇的な展開に沸き立った。

 

DNAが偽造ならば。

語られたエンデヴァーの過去の汚点は、すべてヴィランによる悪質な嘘ではないか。

新たなNo.1ヒーローの汚名が晴れ、彼を陥れようとした卑劣なヴィランへの批判が集中し始めた。

 

そんな中、多くの国民が固唾を飲んで見守る全国放送のカメラの前で、エンデヴァーの記者会見が始まった。

 

フラッシュの瞬く会見場に現れたその男は、いつもの燃え盛る炎を纏った威圧的なヒーロースーツ姿ではない。

 

綺麗に整えられた髪と、仕立ての良い黒いスーツ。

彼の長いヒーロー人生において、このような一般社会的格好で会見を開いたことなど、一度もなかった。

彼のヒーロー人生において、汚点がなかった証拠とも言ってもいい。

 

炎の髭も威圧的なオーラも消し去った姿。

彼は今この場において、エンデヴァー(ヒーロー)としてではなく、轟炎司(父親)として立っていた。

 

記者たちが一斉にマイクを突きつけて問いかける。

 

 

「轟さん! 先日の告発動画の内容は、やはりすべてヴィランの捏造だったのですね!?」

 

「個性婚や虐待の事実など、一切存在しなかったと、ご自身の口で否定していただけますか!」

 

 

彼らの瞳には単なるスクープを追う野心だけではなく、一人のヒーローファンとしての切実な願いが込められていた。

 

彼らが望んでいるのは、エンデヴァーの過去が、あんなおぞましいものではないという安堵。

 

清廉潔白。

いかなる逆境にも狼狽えることなく、燃え盛る正義の炎で悪を討ち滅ぼす、完全無欠の柱であってほしい。

社会がヒーローに押し付ける理想があった。

 

無数のマイクとカメラの砲列を前にして深く、静かに息を吸い込む。

 

己の過去を、告発された過去のすべてを、肯定した。

 

 

「……動画で語られた、私の過去の所業について……氷叢の家から、金銭で冷を迎え入れたことも……長男である燈矢を追い込み、心を壊してしまったことも……冷を精神を追い詰め、焦凍に虐待まがいの過酷な訓練を強いたことも……そのすべてが、紛れもない事実です」

 

 

フラッシュの音が、一瞬止まった。

 

 

「……私は、オールマイトを超える最強のヒーローを作るという、私自身の身勝手で利己的な野望を……罪なき子供たちと妻に背負わせようとしていた、愚かな男です」

 

 

静寂の後。

会見場が爆発したかのように、記者たちの怒号と悲鳴が入り交じった叫びが巻き起こる。

 

 

「なぜですか!」

 

「事実だと言うのですか!」

 

「嘘だと言ってくれ!」

 

 

それは特ダネを得た歓喜の叫びではない。

ヒーローを信じたかった彼らの理想が打ち砕かれ、ただ否定してほしかったという裏切りへの悲痛であった。

 

叫び狂う記者たちに対しエンデヴァーはただ深く頭を下げ、「……大変、申し訳ございませんでした」と、低く繰り返すだけであった。

 

彼は己の後ろめたい過去を、包み隠さず認めた。

しかし、彼が今謝罪しているのは、単にヒーローにあるまじき行為をしていたという社会的責任を認めただけである。

 

それは彼が不誠実だからではない。

 

これからも彼が戦いの最前線に立ち続けるという事実は、何があろうと変わることはない。

過去を後悔して、深く反省して、彼がヒーローを辞めたり、戦う姿勢を変えたりすることはあり得ない。

 

彼が考える彼なりの誠意とは、世間から石を投げられようとも、依然として変わらずエンデヴァーとして戦い続けること、その一点のみに尽きる。

彼の家庭は間違いなくろくでもない、呪われたものであった。

 

しかし、彼がヒーローを始めてから今まで、市民の盾となり、矛となって戦い続けてきたその姿勢だけは、ただの一度もブレてはいなかったのだから。

 

記者や大衆が本当に望んでいるのは、過去の罪に泣いて許しを乞う轟炎司の姿ではない。

どんな絶望の中でも決して諦めず、燃え盛る正義を体現するエンデヴァーの背中なのだ。

 

会見場の騒然とした空気が少しだけ収まったのを待ち、エンデヴァーは再び口を開いた。

 

 

「……先日。私は、轟燈矢……死んだと思われていた長男と、再会いたしました」

 

 

その言葉に、記者たちが再び激しくざわめき立つ。

それはあの襲撃現場に現れ、冷を救ったもう一人の轟燈矢と名乗る青年のことかと。

 

 

「十一年前の、あの大火事の後……彼はある組織にそのまま誘拐され、三年ほど意識不明の昏睡状態にありました……その後、その組織のもとを逃げ出し。今は別の組織に所属して、彼なりの生き方を見つけているようです」

 

 

燈矢から伝え聞いた現状を語りながら、エンデヴァーの脳裏に、かつての己の愚かな言葉が鋭い棘となって蘇ってくる。

 

外を見ろ。

ヒーロー以外の世界を見ろ

 

熱に弱い体質だと分かり、彼は幼い燈矢の夢を奪い、そう言った。

 

燈矢の持つ炎の火力は、彼自身の個性よりも強力だった。

しかしその体質の欠陥から、エンデヴァーは燈矢を言葉には出さずとも、失敗作として扱っていた。

そう受け取れる行動をとっていた。

 

今になって痛感する。

ヒーローの世界しか見ていなかったのは燈矢ではなく、己の方であったと。

 

轟炎司は、轟燈矢という人間に自身の野望を投影し、重ねて見ていただけだった。

燈矢自身が持っていた可能性と未来を、信じていなかったといえる。

 

結果、炎の出力を上げるための術しか知らなかった燈矢は一度自らの炎に呑まれ、全てを失うことになった。

 

もし、あの時。

親として彼に炎の正しいコントロールの仕方や冷やし方について根気よく学ばせていたら、どうだっただろう。

 

エンデヴァーの映像を見ながら、独学だけで炎の扱いを学んだと言っていた今の燈矢。

己のような業火で押し切るのではなく、少ない炎で精密に立ち回り、人々を救う、素晴らしいヒーローにだってなれたのではないか。

 

その取り返しのつかない後悔を胸に秘め。

エンデヴァーはマイクに向かってはっきりと、力強く断言した。

 

 

 

「……轟燈矢は、決して人を殺してなどいない。彼はヴィランなどではないと……私は、そう確信しています」

 

 

 

その根拠のない言葉に、記者たちが一斉に非難の声を張り上げる。

 

 

「何を根拠に言っているのか!」

 

「人殺しを庇うのか!」

 

「自分の息子だからといって……!」

 

 

分かっていたことだ。

醜い過去が露呈し、信頼を裏切った男の言葉など、もはや誰が信じるというのか。

DNAの不一致の公表も、身代わりや愉快犯だっただけだと、感情からの逆算で事実を認めない。

 

 

しかし、たった一人に。

俺のこの言葉が、伝わればいい。

 

 

エンデヴァーが、この最悪のタイミングで記者会見を開くことを決めた本当の理由は。

謝罪のためでも、No.1としての保身のためでも、事実の訂正のためでもなかった。

 

先日、本物の燈矢が現れて偽物を撃退し、冷の命を救ったことで、世論は「告発はすべて嘘だった」という方向に傾きかけていた。

エンデヴァーが黙ってやり過ごしていれば、己の罪を世間に晒さなくとも済む空気はできあがりつつあったのである。

語られた過去も、嘘だったのだろうと大衆は勝手に信じ込んでくれたはずだ。

 

それでも彼は逃げ道を自ら塞ぎ、泥を被ってこの場に立つことを選んだ。

 

全国放送の、このすべての国民が見ている場であれば。

連絡先も、今どこでどうしているかも分からない息子。

 

その彼に向けてだけは、自分の声が届くと信じたからだ。

 

それは奇しくも、先日の街頭テレビを通じて、たった一つの偽造映像から多くの群衆に向けて悪意を伝播させたヴィランのやり方とは、まったく逆のやり方である。

 

 

過去の俺は、お前を信じることができなかった。

 

だが、今なら。

 

 

 

マイクを両手で強く掴む。

轟炎司はカメラの向こうにいるであろう息子に向かって、魂の底から叫んだ。

 

 

 

「……燈矢ッッ!!」

 

 

 

彼の叫びが会見場に、そして全国のモニターへと響き渡る。

突然の絶叫に、怒号を上げていた記者たちが一瞬にして静まり返った。

 

 

 

 

 

「俺は、信じている……!! お前は───ヒーローになれるッ!!!」

 

 

 

 

 

彼が裏社会に身を置く組織の人間である以上。

公的な資格を持つ職業としてのヒーローには、決してなれないだろう。

 

しかし、己の憎しみと葛藤を乗り越え、焦凍との絆を取り戻し、自らの心を救った彼なら。

 

燃え盛る業火の中から、母の命を間一髪で救い出した彼なら。

 

自分の心を救ってくれた彼なら。

 

 

かつて自分が諦めさせてしまった、本物のヒーローになれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビのモニター越しに。

その会見を静かに見つめていた一人の青年。

 

彼は頬を伝う温かいものを拭うこともせず、ただ静かに涙を流していた。

 

ああ、そうだ。

 

 

それがあの日、一番言ってほしかった言葉だ。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後の、涼しい夜。

都内の路地裏にある昔ながらの蕎麦屋。

 

 

その暖簾をくぐって出てきたのは、二人の兄弟であった。

 

 

「……だからさ、俺もコードネームみたいなのが欲しいわけよ。ショッカーの中で俺だけだぜ、本名で呼ばれてんの」

 

「……俺は雄英で決めたヒーローネーム、名前そのままにしたぞ」

 

「……マジかよ、もったいねぇな」

 

 

轟燈矢と轟焦凍。

雄英文化祭の日にした約束。

 

それを終えて夜道を歩きながら話す彼らの空気は、どこか楽しそうであった。

 

秘密結社の戦闘部門を担う幹部。

有名校のヒーロー科でトップを争う卵。

 

立場も住む世界も異なる二人だが、どちらも同じ父を持ち、過去を乗り越え。

それぞれの場所で同じ人を救うという夢に進んでいる。

 

 

 

二人が歩き続け、人気の少ない公園にたどり着くと。

燈矢は足を止め、着ていた黒いジャケットを脱ぎ捨てた。

 

焦凍に見せたいものがあるらしい。

 

 

「産まれた時には、随分と差がついちまったみたいだが……俺は天才で、お前のお兄ちゃんだからな……ちょっとしたプレゼントだ」

 

 

噴水前の広場で燈矢は足幅を広げ、胸の前に両手を構えた。

 

それは難羽から指導と助言を受けながら彼が編み出した、己の力を極限まで活かすための、新しい力の使い方。

 

 

「俺とお前とじゃ、体質も、個性の使い方も違う……お前なりの方法で、お前の力で再現してみな」

 

 

燈矢の身体の奥底、骨の髄から冷気が凄まじい勢いでほとばしる。

 

彼はエンデヴァーや焦凍のように、体の内部で熱を安全に溜め込むことができない。

どれだけ個性の出力を上げ、炎を使いこなせるようになっても、皮膚が熱に弱いという肉体の体質そのものは変わらないからだ。

 

だから、彼は発想を逆転させた。

 

己の内部に熱を溜めるのではなく。

己の外部(・・)に熱を溜め込むのだ。

 

燈矢の両掌から青い炎が現れる。

しかし、その炎が空気を焦がして広がるよりも早く。

彼の胸の内側から伝わるようにして皮膚の表面を覆っていた極低温の氷が、その青い炎を瞬時に包み込んだ。

 

炎と氷。

 

相反する二つのエネルギーが正面からぶつかり合い、急激な温度差によって気流の渦が発生する。

光を浴びながら、燈矢の髪がなびく。

 

燈矢はそのまま炎の出力、そしてそれを押さえ込む氷の出力の両方を限界まで上げていく。

 

内部で圧縮される炎は、あまりの超高温に達し、蒼い色を超えて妖艶な紫へと変色していく。

だが、その紫の炎は外に広がり暴走することなく、まるで強固な卵の殻のように氷が包み込み、抑え込んでいた。

 

その現象を目の前で観察していた焦凍は息を呑み、目にした。

 

 

炎と氷。

二つの力を使いこなした先にある、未知の領域を。

 

 

燈矢の胸から両腕にかけて。

圧縮された紫の炎を内包した紫の結晶が、X字を描くようにして生え揃っていたのだ。

 

先ほどの炎と気流を考えれば、その結晶の内側には凄まじい熱エネルギーが内包されていることは焦凍にも分かる。

 

だが、その結晶は静かだ。

近づいても一切の熱さを感じない。

すべてのエネルギーが、完璧な均衡状態で圧縮されているのだ。

 

 

「……熱い氷。限界まで膨れ上がった熱エネルギーを、極低温の氷で圧縮させて、物理的な形として形成している……名付けるなら、そうだな。赫灼熱拳・(こう)ってとこだな」

 

 

エンデヴァーの代名詞である赫灼熱拳。

己の身体の内側に熱を溜め、限界まで圧縮して放つ一撃必殺の技。

その分肉体への負担が大きく、連発することは難しい。

 

だが、この技を使えば。

熱を肉体の外側の氷に溜め込むことで、身体への負担をゼロにしつつ、必殺と言えるその超出力を何度でも使うことができるのだ。

 

燈矢の手の中で結晶が形を変え、一本の槍が形成される。

 

 

「……俺がこれを、敵に突き刺すか、あるいはぶつけるかしながら、エネルギーのバランスを崩してやれば……氷の殻が割れて、圧縮されたエネルギーが一気に解放されるってわけだ」

 

 

燈矢は太陽の力を持つ槍を気怠げに肩に担ぎ、焦凍に向かってニヤリと不敵に笑いかけた。

 

 

「……少しは尊敬したか……焦凍?」

 

 

焦凍は、兄が見せたその才能と己の個性の可能性の広がりに、静かに感動していた。

 

 

「ああ。……凄いよ、本当に……燈矢兄は」

 

 

 

 

 

 

別の可能性においてはぶつかり合った炎と氷。

それが今、確かな敬意と絆を持って交わり合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





(名前どうしようかな)
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