(別視点)
いよいよ計画は実行段階にせまる。後は日が沈むのを待つだけだった。それで、百年以上かけた計画が日の目を見ることになる。
オリバーはここに来ても特に感慨を覚えることはなかった。
始まれば終わりを迎えるまで特になにも行うことはない。猿兵団による都市の蹂躙が始まる。人間側がそれに対抗し、魔物を殲滅させることを以て終わりとなる。
終わるまでにどれ程の被害が出るのかはわからないが、魔物側の全滅を持って終わることは確かだ。
自分の用意した戦力ではアッシェバーンの防衛力を突破することは出来ない。帝国はそれ程甘くないのだ。
被害が出てそれで終わる。遅くても四、五時間、早ければ数時間で片がつくだろう。準備に百年かけて終わるのは一瞬。得るものは何もない。それであの依頼主は満足らしい。
理解は出来ないがエストルらしいとも思った。
(日没まであと三十分程か… )
腕時計を確認すると実行を前に改めて布陣について考える。
まずは北門を襲撃する。兵隊級よりもさらに小柄な猿兵で門を操作する警備員達を襲い、制御室を鎮圧して門を開けたままにする。
そこから団長級を主軸とする主力部隊が都市部に侵入して破壊活動を行っていく。地下から土術で北門の近くに出られるように待機させてある。
警察の主力部隊を北門へ引き寄せてから次は反対の南側を襲う。下水道の中から隊長級以下の猿兵達を都市部に侵入させるのだ。個々の戦闘力は心許ないが、その分大量に用意してある。
都市の地下深くに人知れず通路を建設していき張り巡らせていた。そうやって地下にある拠点と都市の下水道を結んでいる。
その末端はある程度の太さがある下水道と接するように敷設してあった。下水道の点検で発見されないように土を挟んで少しの間を開けている。それだけで下水道から混凝土術を使ってもわからなくなるものだ。
そんな場所がいくつもあって、既にそこには猿兵が待機している。
下水道の警備が薄くなる頃合いを計り、壁を破壊して下水道の内部に侵入し、地上に出る地点を目指して移動する。都市南部の広範囲に散らばって破壊活動を行い大規模な損害を与えることになるだろう。
人的被害は警察主体の北部より膨大な物になる見込みだ。エストルにとってはこの計画の肝になる部分と言っていいだろう。
そして、混乱が極まった頃に北門から将軍級を都市内に侵入させる。団長級を警察が押さえ込むことができて南側へ応援にいけそうな時機を見計らうように現れるのだ。
将軍級は上級上位の魔物を超える戦力を想定している。希望が見えかけた瞬間を絶望に変えることだろう。
これはエストル郷たっての希望だ。
オリバーとしてはすべて一度に投入した方がより大きな損害を出すことが可能だと考えたのだが、依頼主の希望に添う形にすることに嫌はない。もとより結果に興味は無いのだ。
(たしかこんなことを言っていたな… )
『極上の演出をしてこそ完璧な絶望を与えることが出来る』
そう言いながらとても楽しそうに笑うエストルのことを思い出し、思わず苦笑いをする。
拠点で会ったのは数時間前のことだ。拠点に来ることはないと思っていたのだが、最後の詰めだけは自分で行わなければ気が済まなかったようだ。意外にもふらっとやって来て部下達に指示を行っていた。
今頃は、あの狩人の相手をしつつ、祭りを見物するにちょうど良い場所を確保していることだろう。その部下達も大半は拠点を離れている。今頃は本国への帰還の途についているはずだ。
自身についても今後の行動について考える。結論としてこのまま大学の研究室にいることにした。表で行っている研究についてまとめて置こうと考えたからだ。この計画の結果を見る必要はない。
事が終わればその影響で大学はしばらく休校になるだろう。エストルの意思によれば次の計画も直ぐに取りかかるという。その間に隣国での計画を実行することになるはずだ。
計画中に大学が再開されることも考えてあらかじめ研究生達に指示を行ったり、休暇の手続きをしておく必要が出てくるだろう。その他の細かな用事をあらかじめ済ませておくために黙々と書類に向き合っていく。
#
「おい、あの車… なんか変じゃないか? 」
「そうだな、調べてみるか 」
日が完全に沈む頃、北門の周辺を巡回していた二人組の警察官が路上に止まっている不審な車を発見した。
荷室が広い小型の運搬車両だ。配送業者が良く使っている型でアッシェバーンでは普通に見られる。
ただ、この車両は普通とは違った。運転手も誰も乗っていないようだ。駐車灯も点灯されていない。わざと放置されているようなそんな雰囲気があった。周囲を確認しつつ後ろに回り込んでみる。
「開いている…? 」
荷室の観音開きのドアが半開きになっていた。開けて中を覗いてみるとそこには何もない。車の中は完全に空になっていた。
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北門の開閉を行う制御室では門番達がその日の開閉業務の終了を感じていた。日が暮れると門を開けることはほぼ無くなる。暗い中の一般道を進む人間は余程の事情がある場合だけだ。
現在は高速道路での移動が主流になっていることも開閉作業が減る理由になっている。
残るのは壁の上部に設置されている制御室からの監視業務だ。それも、これからやってくる夜勤組に交代してからが本番となる。それまでも外の監視は続けていくが、この時間は業務の終了間際でどこか浮き足立っていた。
そんなときに異変が起きる。
どこからか突如として火のついた発煙筒が現れた。それ程広くない制御室の中を煙が充満していく。
「なっ、なんだ!? 」
突然の出来事に門番達は混乱を来す。煙による刺激や呼吸障害は魔力でどうにか出来るが、急に視界を塞がれては冷静に次の行動に移るのは難しい。
そんな隙を突くかのように通気口の蓋が開き、魔物が何匹も侵入してくる。
オリバーが兵隊級と分類したものの中でも一際小柄な種類だ。斥候役に特化させた特殊な個体である。狭い換気ダクトでも通過出来る上に手先がとても器用で知能も高い。ねじを外すことすら出来る。
魔物は手にナイフを持って次々と門番達に襲いかかった。首や喉を切り裂かれ失血により気絶し倒れる。
多少、煙が薄くなった制御室の中で、魔物は制御盤を操作して門の開放をしていく。
あらかじめ操作について教えられていたのか、迷うことなく手前に倒されている大きなレバーを押し戻す。すると、降りていた分厚い魔鉄製の門扉が上昇していった。
開き切る前からも地中から現れた猿兵達が都市の中になだれ込んでいく。
北門の周辺にいた警官達は直ぐに異変に気付いた。駆けつけて進入を防ごうとするが、数で押されてなかなか門のところまでたどり着けないでいる。
警察が状況を把握しきれない中、制御室では気絶を免れていた門番の一人が行動を起こした。
その行動に気付いた魔物は阻止しようと飛びかかるが門番の方が速かった。
拳を叩きつけるようにして覆いで保護された硬い釦を押し込むと、都市全体を揺るがすような大音量で警報が鳴り響いていく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
気配に向かい合っていると大音量で警報が鳴り響いてきた。都市の至る所で鳴っているらしく何処で問題が起こっているのかわからない。
しかし、どうやら北門の方で何かが起きているらしい。魔力の高まりをわずかだが感じる。
俺が探りを入れている時を隙と捉えたのだろう。
甘いっ!
直ぐさま“月影”を抜き放つと剣状に成形して叩きつける。白い塊は打ち返されてべしゃっと地面に転がった。剥き出しの地面の上でその姿を
なんだ… こいつは?
それは真っ白い芋虫のような姿だった。と言っても顔とかそれらしい器官が有るわけでもなくて白くてぶよぶよした少し細長めの塊と言った感じ。生き物なのか良くわからない。
だが、それよりも気になったのは剣で切りつけた時の感触…何かがおかしかった。いつもだったなら切り裂いていたはずなんだが刃が弾かれたような手応えだ。
警戒して様子をうかがっていると白芋虫の体がどんどん膨らんで巨大になっていく。同時に皮膚が空気の流れを捉える。周囲の空気がコイツに向かって流れ込んでいるらしい。
空気を取り込んで物質を合成しているのか…
さらには体の側面から昆虫のような足が飛び出して生えてくる。一列に並ぶように片側四本ずつ、計八本の足が生えた。根元を含めると三つの関節から成り、末端の節は鎌のような形状になっていて鋭い先端が地面に突き刺さる。
ある程度の大きさになると、足で体を持ち上げて動きを確かめるかのようにぐねぐねと関節を動かしていく。先ほどまで体を預けていた地面はくり抜いたように窪んでいた。土も取り込んで材料にしたと言うことだろう。
体高が1.5メートルぐらいになると膨張は納まり、体の先端部分の形状が変化していく。隆起したり裂け目が出来たりして人の顔のようなものが形成されていった。
それは、二つの眼球がギョロギョロとして鼻がなく、耳まで裂けたような大きな口から鋭い牙のような歯が不規則に飛び出た気味の悪いものだった。
気味が悪いのは顔だけじゃない。全体としてこんな生き物はいないだろうという不自然さだ。誰かが他人を気色悪がらせるためにデザインしたような悪意を感じる。
実際、殺意をぶつけられている。悪意はありありだな…
《ジュジュ 先に行って… 》
《・・・・ 》
俺の指示に従ってジュジュはこの場を離れて北門に向かっていく。外周部の道路を回っていけば遅くとも十分ぐらいで到着するだろう。
その間、この気色の悪いやつはジュジュの動きを邪魔しに動くでもなく俺の方を見ていた。どうやら俺だけが狙いらしい。
今動いている何かを邪魔されたくない狙いもあるようだが、ジュジュに反応しないところを見るに俺を殺すことが一番の目標と言ったところか…。
どこで目をつけられたんだろうな?
思い返してもさっぱりわからない。
今、それはいいか…
とりあえず、さっさと倒してジュジュの後を追いかけると決める。とは言え、よくわからない敵に対して迂闊に攻めることは出来なかった。
睨み合っていると、戦いは唐突に始まる。
特に威嚇するでもなくぬるりと相手は動き出した。意外に素早い動きでこちらに接近してくると前足二本を器用に動かして斬撃を放ってくる。虫のようなカサカサした動きで気持ち悪い。
それを後ろに大きく飛んで躱すと距離を取って相手を観察する。負ける気はしないが思いのほか苦戦するかも知れない。そう見積もらざるを得なかった。
見た目はなんというか合理的でないというか機能的でない印象だ。攻撃的で一見強そうにも見えるが、普通の生き物の形に則った方が動きは良さそうな気がする。そこら辺を考慮すると弱いんじゃないのかとすら思えた。
しかし、コイツからはそれだけでは判断出来ない異質なものを感じる。魔力で動いている様に見えるが魔力を感じない。コイツのいるところだけ魔力がすっぽりと抜け落ちているような、虚ろな穴のようだ。
俺はこの感覚を知っている…
ルシウスに見せてもらったアルゴルの魔石。それを前にした時と同じ感覚を味わっている。
コイツが……
―アルゴル
ルシウスの話によると非常に珍しい魔物だそうだ。
こんな時にこんな場所で出会うとはね…