練馬区江古田の古いアパートで一人暮らしをする女子大生・篠原澪は、友達の少ないボッチ気質の二十歳。趣味は彫金とギター。貯金は十万円ほどしかなく、大学、家賃、生活費に追われながら、六畳一間で静かに暮らしていた。
ある日、小さな地震のあと、部屋の押入れの向こうが異世界の市場につながる。
幸い、言葉は通じた。澪は恐る恐る異世界へ足を踏み入れ、手元にあった爪切りを売ってみる。現代日本ではありふれた百円ショップの商品が、異世界では精巧な工芸品として驚かれ、銀貨や金貨で売れることに気づく。
澪は百円ショップの商品を仕入れ、異世界の市場で少しずつ売るようになる。手鏡、裁縫針、髪留め、ステンレス小皿、糸切りばさみ――安物だったはずの品々が、異世界では価値ある商品になる。
一か月後、澪の部屋には百枚以上の金貨が積まれていた。
しかし、そこで問題が起きる。
異世界では大金でも、現代日本ではただの謎の金貨。王冠と竜の刻印が入った見知らぬ金貨は、そのままでは家賃にも食費にもならない。買取店に持っていく勇気もなく、澪は彫金趣味で得た知識を頼りに、貴金属の成分分析や精錬を調べ始める。
やがて澪は、金貨を精錬分析業者に出し、少量ずつ合法的に現金化する方法にたどり着く。税金も払う。帳簿もつける。脱税ではなく、きちんと商売として成立させる道を選ぶ。
だが、異世界は安全な商店街ではなかった。
金貨を持つ若い女は狙われる。路地で後をつけられた澪は、ようやく気づく。これは楽しい副業ではない。下手をすれば死ぬ商売だ。
そこで澪は、武器屋ではなくハンズへ向かう。
熊撃退スプレー、マチェット、透明なポリカーボネート盾、液体噴霧器、耐切創手袋、安全ゴーグル。戦うためではなく、逃げて帰るための装備を揃えていく。
澪は勇者ではない。
魔法使いでもない。
剣士でもない。
ボッチ女子大生で、彫金が好きで、ギターを一人で弾く、臆病な商人だ。
それでも彼女は、二つの世界を行き来しながら、自分の作ったもの、自分の選んだもの、自分の商売で、少しずつ居場所を作っていく。
これは、押入れの向こうに異世界を見つけた女子大生が、百円ショップと彫金技術と帳簿と少しの勇気で、二つの世界をつないでいく物語。
| 第1話 押入れの向こうは市場だった | |
| 第2話 百円ショップは宝物庫だった | |
| 第3話 金貨は家賃にならない | |
| 第4話 死なないためにハンズへ行く | |
| 第5話 押入商会、露店をやめる | |
| 第6話 ムシメガネを探しに行っただけなのに | |
| 第7話 ポカリはポーションではありません | |
| 第8話 江古田の森公園で鑑定してみた | |
| 第9話 鑑定、百円ショップで暴走する | |
| 第10話 収納スキルは袋ではなく在庫表でした | |
| 第11話 時計は収納しても進みます | |
| 第12話 水筒はペットボトル、飲み物は手作りです | |
| 第13話 姫様、扇子を壊す | |
| 第14話 姫様、量を測る | |
| 第15話 姫様、フタを締める |