確かに、カイガルの討伐がスムーズにいったから、食料は余っている。しかし、レーネの思い通りにことが進んでいるようで、なんとなく気に入らない。
紅茶だけでなく、夕飯まで奢る羽目になるのか…
《ケチ臭いですね、マスター 》
……そう言うな。それだけの問題じゃあないんだよ
人間の心は複雑なものだ。内面を何も知らなければ、自分から進んで
外面は…外見はいいんだけどな…
《ルッキズムですねぇ 》
言うな…
《・・・・・》
エンジュと下らない遣り取りをしていたら、ジュジュからご飯の催促が来てしまった。
ゴメンね…すぐ用意するから…
「しかたがない… レーネは俺が連れてきたようなものだ。今日のところは、俺が夕食を用意するとしよう 」
「あら? いいのかしらぁ… 悪いわねぇ 」
悪いと思ってないだろ! せめてすまなそうな顔をしてくれ…
「汁物ぐらいは私が用意しよう。騎士団のものだし二人で用意した方が早い 」
「そうだな、頼んでもいいか? 」
「うむ、任せてくれ 」
スープをエイリスに任せて、俺はメインとパンの用意を始める。お湯を沸かし、レトルトパックになっている食品を四人分、温める。もう完全に日が暮れたから簡単なものにした。
その間に炭火を起こし、出来合のパンを暖めるために
レトルトパックが温まると、封を開けて少し深めの皿に移していく。今日のメインは二種類、鶏肉のトマト煮込みと豚の角煮だ。これで最後だし、出し惜しみはなしでいく。
レーネに食べさせるなら食べさせるで、ぐうの音も出ないほどに満足させてやろうという気分になっていた。
エイリスが用意したスープもレトルトパックになっているもので、レトルトづくしといった感じの夕食だ。しかし、全てがテーブルの上に並ぶと、なかなかに豪勢なビジュアルになっている。
レトルトの煮込みは、付け合わせの野菜も入っていてバランスも良さそうだ。これならレーネも満足するだろう。
「保存食ばかりじゃない。手作りが良かったわぁ 」
こっ、こいつ…
だが、ここは抑えよう… この選択には自信がある。食えばわかるのだよ、食えば…
「まあまあ、これは出来合でもなかなかいいものだ。値段も相応にする。期待して良いと思うぞ 」
流石エイリスだ。良くわかっている。これを言われたレーネも気がついたようだ。料理を真剣な顔で、まじまじと見つめる。
「確かにものは良さそうね、香りもいいわ… 」
「さあ、冷めない内に食べようじゃないか 」
ジュジュも我慢出来なくなっている。さあさあ、食いねぇ。
食べ始めるとレーネは味の良さにすぐに気がついたようだ。若干目を大きくしている。予想を上回る味であったのは確かだろう。
「流石は帝国ねぇ。うちの国より技術的に進んでいるかしら? 確かに、下手にあれこれ作るよりも、これにした方が満足度は上でしょうね… 」
ふふん、そうだろうそうだろう…
俺が自信を持ってオススメするやつだ。美味かろうよ
自分が作ったわけでもないのに誇らしい気持ちになるのはなんでなんだろうな… 自分の目利きや味覚、センスが証明されたように感じるからか?
錯覚であったとしても大切にしたい、この気持ち…
《虎の威を借る狐…とでも申しましょうか? 》
「……でもねぇ。この炭火で焼いたパンはどうなのかしらぁ? 」
「むっ、何が言いたい? 」
「確かに炭の香りは
「なっ、なに!? 」
しまった…そこまでは考えていなかった。
レーネを打ち負かしてやろうと、兎に角、上手いものを出そうとしたことが裏目に出たと言うことか…
レーネが難癖を付けているとも言えるが、実際に食べてみると、確かに言っていることは的を射ていると思えた。
クソッ…
《策士策に溺れる… 》
俺の… 負けだ…
「でも、全て出来合のものの中で、パンにひと手間がかかっているのは有難い。そのおかげで全体に手作り感が出ている。私は悪くないと思うぞ 」
「それはそうねぇ。味だけで語るのも無作法かしら… 」
……なるほど。エイリスの言うことにも一理ある。両方満たして完璧なんだろうが、そこまで熟すには人生経験が足りなすぎた。
味や香りが強くなりすぎないように、一手間加えれば良かったんだけどな… 次があるなら出来るかと聞かれたら、良くわからんと言うのが正直なところだ。
「細かなことはいいから食事を楽しむとしよう 」
エイリスの音頭で再び食事が再開されていく。なんだかんだでレーネも楽しんでいるようだ。
確かにな… 食事は楽しんでこそだ
《・・・》
「ん? なんだ、ジュジュ 」
ああ、鶏肉を切って欲しいのか…
食べやすいサイズに切ってやってソースを絡めると最初の一つは俺が食べさせてやる。
気に入ったみたいだな。豚よりか鳥の方が好きみたいだ。食いつきがいい気がする……ん?
視線を感じると思ったらエイリスがこちらを見ていた。やけに真剣な顔をしている。ジュジュにご飯をあげたいんだろうか? しかし、もう自分で食べるモードに入っている。
スマンね… ちょっと遅かった
《疑心暗鬼を生ず 》
エンジュ、急になんだ…どういう意味だ?
《知らない方が身のためかと… 》
? おかしなやつだ…
食事が終わるとそろそろ寝ようかという話になる。しかし、ここで問題が起きる。
「わたしは何処で寝ればいいのかしらぁ? 」
レーネがとんでもないことを言いだした。寝床まで提供しなければならないのかよ…
「オマエは帰れ… 」
「ひどいわねぇ、こんな可憐な少女に一人で帰れって言うの? 」
可憐な少女? 何処にいるんだろうな? 現状、この魔境で危険なのはレーネだけだろう。オマエがナンバーワンだ。
「それに、今から街に戻っても宿が取れる訳ないでしょ? 頭を使いなさいな、頭を… 」
知らんがな、そんなこと…
自分から押しかけてきた上にそもそも敵だ。どうして敵が快適に夜を過ごせるかを俺が考えないといけないんだ? 理不尽極まりない。
「まあ、仕方がない。私のテントを貸すことにしよう 」
「それは悪いわぁ… そうだ、一緒に寝ることにしましょう。それがいいわぁ。いいわよねぇ 」
「……いっ、いや。それは駄目だ! 私は外に寝よう。一人で寝てくれ 」
「ええ~、それだとつまらないわぁ。寝付くまで女の子同士お話ししたいわぁ、オハナシ♡ 」
「結構だっ! 」
いつになく真剣にレーネの申し出を拒絶している。ここに来てレーネの危険性に気付いてくれたようだ。なかなかに良い変化だと思う。
このまま追い出す方向に傾いてくれれば良いんだが…
《それはどうでしょうか? 》
ん? 何か言ったか? エンジュ…
《いいえ、別に… 》
しかしまあ、エイリスとレーネの遣り取りを見ていても、一向に帰れって流れにはならない。それどころか話が
これは良くないな…
こんな話を聞いていたらムラムラきてしまう。このままでは制御不能になる。介入するべきだろう。
《大袈裟な… 》
大袈裟だと? それは、もしもの時はエンジュが制御を行ってくれると言うことか?
《セクハラですよ、それ 》
それだけ切実と言うことだ。男なんだよ、俺は…
「テントで寝るのはエイリスとジュジュだけだ。レーネ、オマエは俺と朝まで寝ずの番だ 」
「ええ~、睡眠不足はお肌に悪いわぁ 」
「なら椅子で寝ろ 」
「…むぅ、仕方ないわね 」
俺の有無を言わさぬ態度に、渋々といった感じだが従ってくれる。
毅然とした態度で臨む方がいいのか? ちょっと反発されることを覚悟していたんだけどな…
「朝まで焚き火を囲んでお話をするのも楽しそう… よろしくねぇ、レイン♡ 」
…マジかよ、それが狙いか。全然従ってない。一晩中、顔をつきあわせてオモチャにされる未来しか見えねぇ。しかし、自分で言い出したことだ。やるしかない。
「ヨロシク… 」
「もっと楽しそうにしなさぁい。こんな美少女と一晩を共に出来るのよぉ 」
言い方! いちいちやらしく言うなよ…
おまけに美少女って… 自分で言うか? つっこみどころが多いな…
でも、間違いではないと思ってしまうことが悔しい。
声も良いんだよな…もっと聞いていたくなる声だ…
《喜んでませんか? 》
……それに関しては全肯定できないんだ。不思議とな…
◇
チュンチュンッ…… チチチチチッ…
鳥が鳴いているな… 寝てはいないが、目覚めって感じがする。もう、日は完全に昇っていて周囲は明るくなっていた。それでも、木が陰になっていて明るすぎない。
湿気を適度に含んだ空気は、ひんやりと夜の気配を残していて肌に心地良い。森の朝も
意外にも、レーネが変なちょっかいを掛けてくる事はなかった。
お互い、亜空間を使えることを承知しているからか、遠慮無くその機能を披露して、お菓子の交換を持ちかけてきた。
あちらは共和国のお菓子を出してきて、こちらにお菓子を出してくるよう、要求してきたのだ。旅の間に購入し、溜めておいた各地のお菓子を交換に出した。
レイゼルトに帰った時の土産として、いろいろと買い込んでいたことが幸いし、話題には事欠かなかった。
一晩中、お菓子について品評会をする羽目になるとは思わなかったが、林間学校の夜みたいで楽しかった。なんだかんだ、平和に過ごすことが出来たのはマジで
しっかし、ますますレーネについての評価がわからなくなってきた。
案外悪いやつじゃないのかもな……いや、悪いヤツだったわ…ひとさまにアルゴルを
レーネは今、椅子の上で静かな寝息を立てている。その姿をまじまじと観察してみた。
本当に寝ているんだろうか? 眠る必要はないようにも思うんだが… 狸寝入りしているんじゃないだろうな?
黙っていればお姫様って感じなんだけどな…一生寝てろ…
さて、俺は朝食の準備でも始めるか…
鍋に水を張ってお湯を沸かす。フリーズドライの固形スープと、干し肉とパンで軽く済ますことにしよう。
「ああ、すまないな。私も手伝おう 」
「いや、一人で十分… 簡単なものにするつもりだ 」
お湯を沸かしていたら、エイリスがテントから出てきた。特に遅い起床と言うこともない。謝る必要はないんだが律儀なものだ。
でも、なんとなく疲労があるように感じる。どうしたんだろうか?
「眠れなかったのか? 」
「えっ…いやっ…、そんなことはないぞ、うん 」
なんか指摘されて慌てている感じだ。おそらく、レーネのことが心配で眠れなかったんだろう。わかるぞその気持ち。
何をするか、わからない女ではあるからな…
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(眠れなかった… それは確かだな… )
エイリスはなかなか寝付けず、一睡もすることが出来なかった。ただ、それによって疲労が溜まっていると言うわけでもない。
彼女の魔力からしてみれば、一晩を寝ずに明かすなど大したことでもなく、肉体的には快調そのものだ。
しかし、疲労しているように見えるのもまた事実。彼女の心は、それなりにやつれていた。
(結局、何事もなかったな… )
テントの中にいる間、レインがレーネとおっぱじめるのではないかと気が気でなかった。もしかしたら、そこにジュジュも混じるかもしれない。
テントの中という、布一枚で隔たれた空間だからこそ、外が気になってしょうがなかった。見えないが音は拾えて、かつ、魔力の様子がはっきりとわかる状況は想像力を働かされるのに絶好の環境だった。
二人はずっと、音が漏れないように音響術で話していたから内容まではわからなかったが、何かを話しているのは伝わっていた。
ずっと、何を話しているか想像しながら、悶々と夜を明かしたのだ。エイリスの心労はいかばかりか…
少なくとも、レインが気付くほどには表面に現れている。
(何をしているんだろうな… 私は… )
少し、自己嫌悪に陥ったエイリスだった。