朝日で目が覚めると支度をして、とりあえず朝食を食べに行く。向かう先は昨日と同じダイナーだ。
朝食メニューは軽い物しかないが、それで十分。パンと目玉焼きとベーコンに、酢漬けにした野菜、それにギートを頼む。
軽く朝食を済ませると次は町役場に出向く。
いつもなら、狩猟ギルドに出向くところだが、ここにはギルドが存在しない。かわりに町役場へ委託して、簡単な業務を任せていると言う。
狩り場に適している場所が周囲にはない。だからこの町に狩人がいない。ギルドを常駐させておく意味があまりないから無いという事だ。
ここのルートが出来たのも、魔物がいないから比較的安全に通れることが理由だった。多少、自然環境は厳しいが、こちらの人間にはそこまで困難なものではない。昔から行商人にとって、最大の脅威は魔物だったと言うことだろう。
しかしそれなのに、この町は外壁で覆われている。昔は存在していなかったそうだが、金を掛けてまで壁を作り上げたのは何故か?
それは、この町から北にある湿地帯が原因だ。ウルカン大湿地と呼ばれる、馬鹿でかい湿地だ。
そこには、結構強力な魔物が生息している。だが、通常、そこの魔物は湿地帯から出て、沙漠を渡るなんてことはしない。
問題になるのは雨が降った時だ。それも、ただの雨じゃなくて災害級の大雨が。
それ程の雨だと湿地帯が増水し、ラズラン沙漠へと、広範囲に拡大されてしまう。その時ばかりは、水棲の魔物も活動範囲を広げる。町の付近にまで来ることがあるそうだ。
さらに、脅威となるのは湿地の魔物だけじゃない。普段は出てこない、沙漠の地下に生息している魔物も、このときは這い出してくるという。
それらの魔物を防ぐために、外壁が設けられている。一応、騎士団が駐在しているのも、それに対処する為だという。帝国騎士団だけで構成された部隊で、ラズラン沙漠と湿地を巡回し、監視しているらしい。
雨が降った時は状況に応じ、ギルドから狩人が派遣されたり、騎士団も増員されたりもするようだが、今のところ雨は降りそうにない。
《ここ二ヶ月は降っていないそうです 》
そうか…
何も起きていない、起きそうにない状況ではある。しかし、だからこそ、何かが起きそうな予感がする。
町役場にいくと、受付でギルド証を出して、担当する部署に案内してもらう。そこで座って待っていると、やがて、担当者とおぼしき男性がやってくる。
その顔は結構にこやかだ。この顔には覚えがある。俺に依頼を持ちかける人間はだいたいこういう顔だ。特に、何かしらの組織に属している人間はな…。
やはり何かがある…
だだ、笑顔の奥にある疲労のようなものはあまり見られない。問題がそれ程深刻でないのか、起きてからあまり日が経っていないのか? いずれにしても、まだ睡眠が取れているようでなによりだ。
「いやぁ~、こんな時に、凄腕の狩人に来て頂けるなんて幸運だなぁ 」
幸運か… 俺にとってはどうなんだろうな?
今のところ、百パーセント何かが起こっている。もう、俺が起こしているといっても、過言ではないんじゃないだろうか…
《さすがに過言かと… 》
「何かあったみたいだな 」
「はい… 是非とも受けて頂けたらと思うんですが… 」
職員が言うにはこうだ。
二日前、巡回に出ていた三名の騎士達が、ウルカン大湿地に異変を感じたと言う。
いつもならば、湿地の縁に出てくることがないワニの魔物が、何匹も目撃されたそうだ。大型で強力な魔物らしい。
しばらくは望遠鏡を使って遠くから観察をしていたが、それ以上の変化はなく、その日はそれで切り上げて、経過観察をすることになった。
そこから、ラズラン沙漠の監視任務に移る。湿地に変化が見られたので、念のために沙漠にも変化が起きていないか、いつもより詳細に調査を行う。
そこで、地面に開いた大穴を発見するに至った。
何か関連があるに違いないと思い、穴の調査を決断する。三人のうち、一番、索敵に長けた騎士が馬から下り、穴に近づいていった。その途中、地下から地面を突き破って飛び出してきた何かに襲われる。
辛うじて直撃は避けたものの片足を失うことになった。追撃が来れば死ぬと言うところで、残りの二人の騎士が救助に入り、なんとか馬に乗せ撤退することができた。
その後も、調査を続けたいところだったが、ベルンシュタットに騎士は六名しかいない。スリーマンセルの交代制で、監視と防衛を行っていたところに、一人が負傷して任務に支障が出ている。
湿地と沙漠の調査は行いたいが、今居る戦力では危険すぎると判断された。現在、本国に応援を要請して、その返事を待っているところだそうだ。
襲われた場所や予想される魔物の生態から言って、町まで攻め込んでくることは考えづらいと見られている。直ちに、町に危険はなさそうだが、安心の為にはしっかりと調査して、可能ならば原因を取り除きたいと言うことだ。
定期的に学院から研究者が来るそうで、なるべくなら、さっさとカタを付けたい事情もあった。
俺がこのタイミングで来たことは、この人にとって、まさに僥倖って感じなんだろう。
報酬に関しては、カーシュハイン王国と帝国が共同で出すから、心配はいらないそうだ。こういった時のために、取り決めがなされているらしい。準備万端なことだな。大変結構。
帝国騎士団が本格的に動き出すまでに、諸々の手続きや調整が必要だろう。最低でも、あと一週間と言ったところかな?
それまでに俺が解決をすれば、報奨金が全額入る。やらない手はないだろう。
《お金は大事ですからねぇ… 》
いささか即物的ではあるが、まあ人間とはそう言うものだ。
「引き受けることにしよう 」
「そうですかっ… ありがとうございますっ! 」
狩人として高みを目指すのも悪くないからな…
悪くないどころか、ひょっとしたら好きなのかも知れない。
半ば趣味めいた部分を、この仕事に見い出しているんだろうな、俺は…
さらに詳しい情報を聞いたあと、町役場を離れる。それなりに長々と話をしたから、もう少ししたら昼食時って時間になってしまった。
少し早いが昼食にしようか…
また、あのダイナーにやってくる。
ランチメニューはハンバーガーがメインのようだ。ステーキ肉をトリミングした時に出る切れ端を挽肉にして、パティにしているのかもしれない。
ハンバーガーに… 付け合わせはポテトにするか… 飲み物は… シェイクはないからレモンソーダにしておこう… ジュジュの分はミルクで…
この世界でも、ハンバーガーにはフライドポテトが定番らしいな。ステーキの付け合わせにもジャガイモが良く出てくるし、牛肉にジャガイモが合うというのは、共通の真理なのかも知れない。
少し待っていたら、店員さんが注文の品を持ってくる。
フライドポテトは皮付きで、大きめのくし切りにされた物だった。
あの細長いタイプ、シューストリングじゃないのか… ワクドナルドというよりかフラッシュネスバーガーと言った感じ…
《ウェッジカットと言うようですよ… 》
そうなのか
ほくほくねっとりとした食感がいいな。ハンバーガーの濃い味に対して、ちょうど良い箸休めになる。
バーガーも肉々しくていい。バンズもパティもどっしりとして食べ応えがある。
◇
昼食を終えると、調査に入るための準備を行っていく。食料品店で保存食を購入してそれから魔物使いギルドへ足を運ぶ。騎士団も使っていた馬が使えないか確認するためだ。
エンジュの案内で到着すると、そこには木造の建物があった。牧場を小さくしたような佇まいの施設だ。
事務所のようなところに入って、話を聞いてみる。
「今は駄目だね… 危険すぎる 」
いきなり断られる。馬の世話をする魔物使いはお年を召した女性…まあ、ばあさんだな。背筋がピンと伸びて
「そうか… 」
「事情は聞いているよ。騎士団に貸していたときも危うかったそうだ。貸してやりたいのはやまやまだが、うちの子達をあんまり危険にさらすのもね… 」
「まあ、そうだな… 」
そう言うことであればしかたがない…
時間はかかるが、自分の足で進んでいくしかないようだ。あきらめて魔物使いギルドを後にする。
その後、門を潜って町の外に出ると、とりあえず環境に慣れるために周辺を探索して見る。
ラズラン沙漠は、一般的にイメージされる、一面がさらさらの砂に覆われた沙漠ではない。岩沙漠や礫沙漠と言った、岩とか石ころが多い環境だ。
赤土が剥き出しになったところが面積的に一番多いが、水の少ない乾燥地という意味での沙漠。
今までにない環境と言っていいだろう。
魔物が地中から出てくることを考えれば、不意打ちを避けるため、なるべく岩とか砂利のある道を選んで進みたい。そういった道を、ここの環境を知り尽くしている馬に案内してもらいたかったのだが、当てが外れた。
《それなら私が案内出来ます 》
そうなのか… だったらルートは大丈夫か…
だが、もう一つ問題は残っている。ウルカン大湿地までは、ここから直線距離で二百キロぐらいあった。
馬であれば魔力の消耗を抑えながら数時間で到着することが出来る。しかし、荷物を背負って走って行くとなると、そこまで速度を出すことは出来ない。
トライクの仕様を変更すればいけそうだが、サスペンションもオフロードタイヤも亜空間の中だ。人目がある中でイジるわけにもいかない。
今は完全にオンロード用のセッティングにしてある。無理矢理走らせるのもよろしくない。いけなくはないが、見る人が見れば奇異に感じるだろうし。
時間がかかるのは受け入れるしかないか…
移動に二日ぐらいを見込んでおけば、何とかなりそうだ。好戦的な性格みたいだから、発見するのはそこまで難しくはなさそう… 三日もあれば討伐までいけるか…
仕事完了までの流れを想像しつつ、ラズラン沙漠を歩いていく。足の裏から魔力を地面に流して感触を確かめる。
ちょっと石が多い分、普通の土の地面より魔力が流しにくい感じがする。そもそも、石がゴツゴツして歩きにくい。
結構戦いづらい環境なのかもな…
ポツポツと生えている貧弱な木とか草地とかがなければ、火星の風景と言っても通じるかも知れない。SF映画のロケ地になりそうな感じがする。空には雲一つ無く、青一色が広がっていた。
火星の空はどんな風に見えるんだろう? こんな青空ではないと思うんだけどな…
《薄いオレンジから赤茶色 に見えると言われています。火星の大気中を、酸化鉄を含んだ微細な砂塵が常時ただよっているから…だそうです 》
へぇ… そうなのか
十分に馴らしを終えるとモーテルに戻り、延長分の料金を払う。部屋でしばらくごろごろしつつジュジュをブラッシングしてやったりした。