アポカリプス   作:鳩ポッポ

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最終話:前編

 

 彼女からのメッセージに添付されていた住所に来ると、僕を待ち構えていたのは、ヨーロッパを彷彿とさせるような瀟洒な洋館だった。弦巻さんは大グループのご令嬢だと聞いていたけれど、これほどまでとは。想像をはるかに超えてきた弦巻家の居所に圧倒されつつも、大きな門扉の横に備え付けられているカメラ付きのインターホンを押した。

 

「はい。どちら様でしょうか?」

 

 女性の声が聞こえてきた。僕は名前を名乗ってここに招待されている旨を伝える。

 

「入ってきていいわよっ!」

 

 インターホン越しに話していた女性とは違う元気な声が聞こえてきた。弦巻さんだ。ガチャっと横の通用口から開錠音が聞こえ、黒いスーツに身を包んだ女性たちが現れる。

 

「お待ちしておりました。こちらへ」

 

 門から広い庭の中心にある大きな噴水を通って洋館の中へ。弦巻家の敷居をまたいでからずっと非現実感を感じていた。テレビの中でしか見たことの無いような、赤いカーペットの敷かれた長い廊下や、所々に飾られている彫刻。そして、今日が遂にX()()()であることがきっとそう感じさせていた。

 

 これまた広い館の中を歩くこと数分。両開きの大きな扉の前で黒服さんたちは立ち止まった。

 

「中で皆さまがお待ちです」

 

 そう言って黒服さんたちが扉が開く。中に入るとそこは大きなホールだった。たくさんの丸テーブルとその上には大皿の料理が並べられ、ウェイターさんたちが飲み物をせっせと運んでいるのが目に入る。これまたほとんど経験の無い立食形式の豪華なパーティーを見て固まっていると、横から声を掛けられた。

 

「やあ、来てくれたんだね」

 

 ここ数ヶ月で聞き慣れた声。そちらを向けば、サンタ姿になっている彼女が立っていた。

 

「……うん」

 

 鼻の下にちょこんと付いた白い付け髭が可笑しくて、少し吹きそうになってしまう。

 

「薫さん、今日はサンタなんだ」

 

「ああ。ちょうど今、かわいい子猫ちゃんたちにプレゼントを配っているところさ」

 

 そう言った彼女の左肩から、大きな袋が下げられている。絵に描いたようなサンタだった。

 

「キミも一つ、どうだい?」

 

 そう言って彼女が袋の中から取り出したのは、手のひらサイズのミッシェルのぬいぐるみ。手に取ったそれに、お日様のような温かみを感じて、思わず頬が綻ぶ。

 

「ありがとう」

 

 僕のその言葉を聞くと、彼女もにこっと笑いかけてくれる。僕ともう一言二言交わすと、彼女はサンタの仕事を全うしに会場内の人波の中へ消えていった。

 

 僕は今一度、会場をぐるっと見回してみた。会場中が笑顔で満ち溢れていた。度重なる暴動に荒れ果てて、遂には静かになった街中とは別の世界が広がっていた。

 

 ハロハピの皆を信じて生き伸びてきた。だから最期をこんなにも穏やかで、明るく迎えることができる。

 

 それなのに、どうしてこんなに胸が疼くのだろう。

 

「……どうして」

 

 小さく呟いたそれに、返答はなかった。

 

 

 


 

 

 

 日が暮れて暗くなった頃に、ハロハピのライブが始まった。会場の一番前に設置されたステージ上で、ハロハピの五人(六人)が縦横無尽に躍動する。バンドのライブなのに、縦横無尽と表現するのは変な気もするけれど、ハロハピの場合はそれがたぶん正解なんだなとこの半年で感じていた。見て聴いて飽きることが決してない。ライブのようで、ミュージカルのようで、サーカスのような。これを上手く表せる比喩を僕は知らないし、これから知ることもないだろう。とにかく、静の時間が少ないのが特徴だった。

 

 五曲ほどが終わったところで、一度休止が挟まれる。ステージ辺りでスタッフの人達が忙しなく次のセットの準備をし始めた。世界の終末に至ってもこれだけのセットを準備できるのは、弦巻家の財力か。いや、それだけではない。ハロハピの皆の今までの頑張りが実を結んだ結果だ。このライブの様子は、全世界へ向けて発信されている。限りなく絶望しか見えない中でも灯り続けている最後の明かりだ。

 

 なんとなく、僕は外の風を浴びたくなって、会場の後ろにあるバルコニーに向かった。

 

 バルコニーには、誰もいなかった。きっと皆、恐怖を抱いている。すべてを終わらせる、()()が見えるんじゃないかって。

 

 バルコニーの手すりに腕を置き、体重を預けて空を見上げる。以前の東京とは比べ物にならないほど、星空が綺麗だった。ここ半年の騒乱で都市機能が失われた場所も多い。その分、街明かりが減って星が視認しやすくなったのかもしれない。

 

「見せてやりたかったな……」

 

 ふと、そう独り言つ。姉の笑顔が思い出されて、唇を噛んだ。

 

「誰にだい?」

 

 ふと声のする方に視線を向けると、いつの間にか横に薫さんが立っている。彼女と初めて会った時も、こんな感じだったと思い出す。

 

「薫さん」

 

「フフ……私は怪盗ハロハッピーだよ」

 

「これは失敬」

 

 落ち着き払っていつものように声を掛けると、薫さんもとい怪盗ハロハッピーからの訂正が入る。花飾りのあしらわれた黒のシルクハットに、眉間のところで白黒に分かれた仮面、金色の刺繍が所々に入った黒いローブを着た麗人がそこにいた。美咲さんから怪盗衣装があるとは聞いたことがあるが、見たのは初めてだった。仮面の下から覗く赤い瞳が、僕を気づかわし気に捉えている。

 

「怪盗さんが、僕に何の御用ですか? 生憎、大したものは持っていないのですが」

 

 取り繕うように僕は仰々しく演じてみる。演技が本職の彼女の前で演じるなんて何だか恥ずかしいけれど、思ったよりも言葉はスッと出てきた。

 

「貴方の心を、頂戴しに参りました」

 

 口角を上げ、にこりと微笑んだ彼女のその一言に面食らう。

 

「……どうして?」

 

「きみが浮かない顔をしていたものだから」

 

 彼女になら、もう話していいのかもしれない。今日まで抱えてきた、この思いを。

 

「この騒動が始まってすぐ、姉が殺されたんだ」

 

 彼女は一瞬、目を大きく開いた。前、姉の話を彼女にしたとき、そのことは伝えていない。

 

「逆恨みしていた元カレに刺されたんだ。動機は、どうせこの世界が終わるならってことだったらしい」

 

 どうしても、声が震えた。視界が滲む。もう、泣きつくしたはずだったんだけどな。

 

「姉さんが死んで、全部おかしくなった。父さんは部屋から出てこなくなるし、母さんは変な宗教に入信してまともに話もできなくなって。それで世の中は終末だなんだって大荒れ。……本当は、もうすでにここにはいなかったはずだったんだけど」

 

 彼女は、僕の言葉を静かに聞いていた。まるで僕と痛みを共有するように、悲痛な面持ちで。

 

「……お節介、だったかい?」

 

「いや、全く。むしろ逆だよ。感謝してる。あの時止めてくれなかったら、この星空を見ることはできなかったし。それと……」

 

 一度、僕はそこで言葉を切った。彼女はさっきより柔らかい表情で、僕の次の言葉を待っている。

 

「もうすでに、僕の心はあなたに盗られていますよ」

 

 彼女の顔が驚きに染まる。ぽかんと開いた口が彼女らしくなくて、笑いがこみあげてきた。彼女は少し顔を赤くしたと思ったら、僕につられたのか一緒になって笑い始める。

 

 僕らはしばらく、笑い続けた。もうすぐ世界が終わるとは思えないほど、穏やかに。

 

「フフ……。キミに一本取られてしまったね。これもまた、儚い……」

 

「相変わらずなんなんですか、その儚い」

 

 やっぱり今日まで彼女の使う「儚い」は分からなかったけれど、今はたしかにその通りな気がした。

 

「……それで、いつまでこっそり覗いているつもりですか? 美咲さん」

 

「バレてたんだ」

 

「気付いたのが話の途中だったので」

 

 軒を支える柱の影から美咲さんが出てくる。聞くと、舞台のセットが整ったので薫さんを呼びに来たらしい。

 

「じゃ、行きましょっか」

 

 美咲さんが薫さんを中へ促す。前を歩く二人に続いて会場へ戻る。ここからはどんなステージになるんだろうと、前を歩く二人を見ながら想像を膨らませていると、美咲さんが振り返って来た。しかも近くに寄ってきて耳を貸してと言う。何だろうとその通り耳を貸す。

 

「キミって、ああいう気障なことも言えたんだね」

 

 一気に顔が熱くなるのを感じる。そう耳打ちして僕をこんな風にした彼女は、悪戯っぽく一瞬ちろっと舌を出して笑うと、不思議な顔をしている薫さんを連れて足早に裏へといってしまう。

 

「やられたなぁ……」

 

 僕はそう呟いて苦笑いした。

 

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