20XX年、将棋星人が攻めてきた。
将棋で勝てなければ、人類は滅びる。
期限は一年。人類の選択は……?

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『将棋星人が攻めてきた!』

 

 

 20XX年、将棋星人が攻めてきた。

 

 

 空から宇宙船が現れ、言ったのだ。

「一年後の同日同時刻、将棋の対局を三局行う。一局も勝てなければ、人類を滅ぼす」

 

 人類滅ぼせるデモンストレーションとして、富士山が無くなった。

 外国では、グランドキャニオンなんかも無くなったらしい。

 

 人間に一切被害を与えず、大規模に地形を破壊して見せ、将棋星人はその圧倒的な技術力の差を見せつけた。

 

 軍隊による攻撃なども行われたらしいけれど、何も通じず、全て破壊されて、ご丁寧に人だけ無傷で返されたらしい。

 あくまで滅ぼすのは将棋の結果でのみ、ということなのだろう。

 

 

 やれることはやり尽くし、やがて人類は結論に至った。

 

 将棋で勝負をするしかない、と。

 

 

 

 まず人類は将棋星人との対話を試みた。

 

 これまで幾度となく試みて、ついに結果を出さなかった平和のための対話ではない。

 これから行う戦争のために必要なこと。

 ルールの確認だ。

 

 

 わかったことは大きく4つ。

 

 対局は日本将棋連盟の対局規定に則って行われること。

 

 持ち時間は2時間であること。

 

 対局場所は、将棋星人が用意する小さめの会議室程度の空間であること。

 

 そして、1局における対局者の主体はひとつのみであること。

 ……これはつまり、部屋に入るのならばコンピューターとバッテリーとロボットアームでもいいよ、という意味だそう。

 

 

 

 真っ先に行われた議論は、誰が、あるいは何が人類の命運をかけて対局を行うのかという議論だった。

 

 まず候補として挙がったのは、現状最強の棋士、吉井宏太八冠だ。

 史上初、史上最年少の記録を多数持ち、神の一手に最も近いとすら言われる棋士。

 

 対局においては、コンピューターの評価値を覆す手を指すこともあり、それを以て最強は人間論が吹き上がった。

 

 他にも羽入氏、三浦氏など上位棋士の名が挙げられて喧々諤々。

 

 それだけ激しい論となったのは、コンピューターに人類の運命を任せられるか、という感情もあったのかもしれない。

 

 

 けれども、政治の場に於いて結論を決めるのは感情ではない。

 いつだって合意は、責任と利益によって決まるものだ。

 

 揉めに揉めた末、3度の挑戦権は分割された。

 

 西側代表、アメリカ主導のAI将棋チーム。

 東側代表、中国主導のAI将棋チーム。

 そしてその他代表、日本主導のAI将棋チーム。

 

 世界は結局、人類の運命を個人に任せる結論は出せなかった。

 その上日本は、最も蓄積があるという建前での政治的お飾りを任されることに。

 

 将棋星人にはアメリカか中国が勝つから、ということだそう。

 

 

 かくして世界は将棋星人との対決に向けて動き出し、最先端の知識と技術を集結したソフトウェア、ハードウェア、バッテリー、ロボットアームの開発が進められた。

 

 アメリカは、惜しげもなく軍事用、宇宙開発用の技術を転用して超高級将棋マシーンを作った。

 

 中国は、溢れるマンパワーによる数の暴力で、最高品質のものを揃えていった。

 

 日本は、既存の将棋ソフトの改良に注力。各国より資金提供を受けながら、大手メーカーにてハードウェアを開発といった流れ。

 

 吉井八冠のような上位棋士たちは連日各国を飛び回り、アドバイスやソフトとの対局に力を入れることとなった。

 

 

 

 そして、当日。

 

 チームアメリカは、空間をみっちり無駄なく使い、準備万端の姿勢だった。

 すっかり気分は人類代表で、この一局で勝負を決めて救世主となるつもりのようだ。

 

 最もリスクが高く、しかし勝った場合のリターンが最も大きいと言える第一局──果たしてその結果は……惨敗、だった。

 

 人類の知り得るあらゆる戦術からかけ離れた指し筋。未来予知めいた布石の数々。

 人類の叡智の結晶の半分は、将棋星人の異次元の棋力により砕け散った。

 

 

 これを受けて、チーム中国はやや動揺を見せた。

 未知の相手にアメリカは恐らく負ける。しかしそのデータを即座に解析すれば勝てる……と踏んでいたものの、あまりの惨敗に勝利への自信が揺らいだのだ。

 

 そんな折、チームアメリカより提案があった。

「可能な限り対局を引き伸ばしてはくれないか?」と。

 

 将棋星人の強さは想像以上だ。もはや競争している場合ではない。

 

 そう言って、チーム中国に時間稼ぎを……つまり、勝つことを諦めてとにかく遅延してほしいと要望したのだ。

 

 

 チーム中国は、これを拒絶した。

 

 彼らは知っていた。

 日米同盟の名のもと、チーム日本の将棋システムと、チームアメリカの将棋システムには互換性が設けられていることを。

 

 いざというときには、それを利用し、チームアメリカは世界を救った一員となる予定だということを。

 

 

 ……そして、チーム日本の下請け会社が、()()()()()をしたことも彼らは知っている。

 

 互換プログラムを実行すると、日米双方のハードウェアを破壊する、不幸な()()()が発生するということ。

 

 加えて、チーム日本のバックアップ機には()()()()粗悪品が数多く混じりまともに動かないこと。

 チームアメリカのバックアップ機は、今頃将棋による宇宙戦争に反対する()()()()()に物理破壊されているであろうことも。

 

 全て、チーム中国は知っていた。

 

 だから、第二局で万が一負けたとしても、チーム中国にはまだあと一度チャンスがあるのだ。

 

 

 ──ということは無い。

 

 何故ならば、チームアメリカにも彼らだけの知る()()があるからだ。

 

 例えば、チーム中国のAIは本番で一局指した後に謎の自己破壊を起こす、だとか。

 チーム中国のバックアップは、どうせ使わないからと中身を抜かれ、起動しない状態である、だとか。

 

 そういう()()だ。

 

 

 もし自分たちが素直に勝てないようならば、相手にも一回やらせ、その上で最後のチャンスを独占する。

 

 互いにそう考え、戦後の利益を最大化しようとした結果起きた、壮大な足の引っ張り合い。

 

 すなわち、人類の自滅。

 

 将棋星人という、強大な共通の敵を前にしても尚、人類はその生来の性を克服することはできなかったということだ。

 

 

 

 第二局の結果、チーム中国は敗北した。

 

 チームアメリカの棋譜を組み込んだためか、彼らは明らかに善戦をしていた。

 奇術めいた指し筋も、丁寧に分解すればいわゆる初見殺しでしかなかったのだとAIは回答して見せたのだ。

 

 将棋星人には勝てる。この棋譜を組み込み、あと一局指せば……。

 

 敗北でこそあったものの、そんな僅かな希望の見える敗北だった。

 

 

 しかしその希望は、他ならぬ人類自身の手によって潰えた。

 

 勝利を独占するための身内争いで、AI将棋システムは全滅した。

 

 どれだけ急いで代わりを手配しようとも、もう物理的に間に合わない。

 そうなるよう、彼ら自身が仕組んだのだから。

 

 

 

 現場では即座に、各国の将棋システムを組み合わせ、予備を含めた六台から一台を作れないかという検討がなされた。

 出た結論は「半日あればなんとかする」というもの。

 

 第三局は1時間後。

 到底間に合わない。

 

 

 代替案が必要だった。

 わざわざ問わなくても、答えは皆分かっていた。

 

 近くの別室に、マインドスポーツの覇者たちが、システム調整用のアドバイザーとして控えている。

 将棋、囲碁、チェス……その他あらゆる頭脳競技のトップ層たちだ。

 

 彼らの中の誰か一人が、将棋星人と人類の存亡を賭けた対局を行うのだ。

 

 ──誰が?

 

 政治や利益が一瞬だけ関係者たちの頭をよぎり……しかしそれは、各々の内に納められた。

 

「吉井八冠でしょう」

 

 誰かが言った。そして誰もが、それに同意した。

 

 

 人類代表として指名された吉井八冠は、少し照れたような様子を見せながら、こう言ったという。

 

「将棋星人が実在するのならば、一局お相手願いたいと思っておりました」

 

 

 

 そして始まった第三局。

 

 各国は残された最後の時間を使い、計算資源を最大限に活用して、棋士のためにデータを用意しようとした。

 この段階にしてようやく、国家、民族、宗教、イデオロギーの差が、意味を成さぬものとして扱われた。

 

 しかしその団結は、成果を奪われないようにと意図的に設けられていた、過剰なセキュリティやフォーマットの違いに阻まれ、ついぞ意味のある結果を実らせることはなかった。

 

 

 故に彼は、人類の代表者やAIの代弁者としてというよりも、一人の棋士として盤に向かっている。

 

「よろしくお願いします」

 

 

 そうして始まった対局は、形勢が常に逆転し続ける接戦だった。

 AIによる評価値はもはや意味を成さず、トッププロたちから見ても尚、勝敗がどちらに転ぶか読めない状況。

 

 世界中の見守る中、互いの持ち時間はジワジワと減っていき……やがて吉井八冠が、これまでに無い長考に入る。

 

 

 

「…………負けました」

 

 読み切った先の未来、彼には確かな敗北が見えていた。

 超越した指し手である将棋星人は間違えない。

 故にそれは、避けられない未来だった。

 

 

「──────」

 

 世界を空白が充たす。

 

 敗北した。

 人類が。

 

 滅ぼされる?

 滅亡する?

 

 そんな声と思考が、世界を覆った。

 

 

 ──しかし。

 

 吉井八冠をはじめ、チームアメリカ、チーム中国、チーム日本、その他この対局に関わった、関わらなかった全ての人について……怒りや不満、呪いや怨嗟は、一切発生しなかった。

 

 それは健闘を称えるなどの、前向きなものではない。

 これからを考えるような、建設的なものでもない。

 

 ただ……なんとなく、全人類の頭に、誰かを責めるという考えが浮かばなかったのだ。

 

 それだけのこと。

 

 たった、それだけのこと。

 

 

 そんな奇妙な感覚に人類が浸るなか、将棋星人は言った。

 

「試験は完了した」

 

 

 ただそれだけを言い残し、来たときと同じように、あっという間に去っていった。

 富士山やグランドキャニオンも、いつの間にか元に戻っていた。

 

 将棋星人というものが本当に存在したのか、それさえ疑問に思ってしまうほど、後には何も残っていなかった。

 

 

 いったいあれは何だったのだろうか。

 もしかすると、試されていたのは将棋の棋力ではなかったのではないだろうか。

 

 誰からとなくあがった声が、否定されることはなかった。

 

 

 

 嵐のような一年が過ぎ去り、人類には、訳のわからない共感だけが残る。

 

 

 明日から、世界はどうなるのだろう。

 

 将棋星人の襲来をきっかけに、永遠に変わってしまった人類のあり方の至る先は、想像することさえ難しい。

 

 ──でも。

 

 きっと、それは、悪くはないものだと思う。

 

 

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 

 

 以上。

 

 

 

 試験報告、付録01。

 

『地球人類の本試験における行動と集合的意識より自動生成された理解平易化のための物語』

 

 

 改題。最適化。

『将棋星人が攻めてきた!』

 

 


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