『一円玉』
アリウス地区の片隅、いつも通り段ボールに座って寒さに震えているヒヨリの前に、私は一円玉を一枚置いた。
「……あ。……ええと、先生? これは何かの……お供え物、ですか?」
ヒヨリは地面に落ちた一円玉を、まるで見慣れない不発弾か何かを見るような目で見つめている。
「一円……。あ、ありがとうございます。……でも、どうして一円なんですか? 私の価値が、一円ってことでしょうか……? そうですよね、私なんて一円の価値も……うぅ……」
ヒヨリの瞳に涙が溜まり始めるが、私は何も言わずに彼女をじっと見つめ続けた。
「何とか言ってください! 怖いですよ、先生! どうせ一円ならもう50枚くらいください! せんせ
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『百円玉』
アリウス地区の瓦礫の陰、雑誌を読みながらため息をついているヒヨリの前に、私は百円玉を一枚置いた。
「あ、百円……。……先生、またですか?」
ヒヨリは足元に転がった百円玉を拾い上げ、眉を八の字にして私を見上げた。
「百円……。これがあれば、コンビニで一番安いおにぎりが一つ……。いえ、税込みだと足りないかもしれません……。あの、もう百円もらえると……」
ヒヨリの思考が回っているが、それでも私は無言を貫き、ただ彼女を観察し続ける。
「な、なんですかその目は! 私が、たった百円で喜ぶ浅ましい女だと思ってるんですか!? それとも、残りの差額は体で払えって……!? 先生!?」
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『千円札』
数日後、空腹で腹の虫を鳴らしているヒヨリに向かって、私は無言で千円札を一枚差し出した。
「えっ……。せ、先生、これは……。……千円、ですか?」
ヒヨリは震える手で千円札を受け取ると、偽札ではないかと透かして確認し始めた。
「こ、こんな大金……どうしたんですか。私、何か悪いことでもしましたか? これを貰ったら、明日には何か恐ろしい不幸が起きるんじゃ……」
ヒヨリは千円札と私を交互に見て、ガタガタと震えながら後退りする。私が一切の表情を変えず立っていると、彼女の顔はみるみる青ざめていった。
「ああ……! この千円札をダシに汚い仕事をやらされるんだ……! あとそんな無言で渡されるのが一番怖いですぅ! 罰金ですか!? 何かの罰金なんですか!? 先生!?」
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『一万円札』
冷たい風が吹き抜ける中、空腹でうずくまっているヒヨリに、私は無言で一万円札を差し出した。
「え……。えっ? せ、先生……。これ、本物の諭吉さん……ですか?」
ヒヨリは受け取った一万円札の感触に、これまでにないほど激しく指先を震わせている。
「な、なんで……。一円、百円、千円札ときて一万円……。私、いよいよ売られてしまうんですか? どこかのマグロ漁船に……それとも、内臓を……?」
ヒヨリは絶望に染まった顔で、後ずさりしながら一万円札を胸に抱きしめた。私が一歩近づくと、彼女は悲鳴に近い声を上げる。
「怖い!すごく怖いです!先生一言もしゃべらないのが一番怖いです!! なんかもうオチが読めるんです!どうせ明日――
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『十万円』
次の日のシャーレ。掃除の手伝いに来たヒヨリに、私は封筒に入った十万円を無造作に手渡した。
「……? 先生、これ……。……ひっ、ひぃぃぃ!?」
中身を確認したヒヨリが、封筒を放り投げるようにして床に落とした。散らばる十万円の束を見て、彼女は腰を抜かす。
「じゅ、十万……。なんとなくわかってたけど十万……。私みたいな女に、こんな大金……。明日には間違いなく隕石が落ちてきます! 私、死ぬんですね!? 天罰が下るんですね!?」
ヒヨリは床に這いつくばりながら、ガタガタと歯の根が合わないほど震えている。私が沈黙したままその光景を見下ろしていると、彼女は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした。
「拾いませんからね! 絶対に拾いません! 流石に怖すぎます! こんな呪いの紙屑、受け取ったら人生が終わっちゃいます! 先生のバカ! 悪魔だ!サタ
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『百万円(札束)』
逃げるように去ろうとするヒヨリの背中に向かって、私は帯封のついた百万円の束をぶん投げた。
「ぎゃふっ!? ……な、何……? 背中に、重い鈍器が……」
ヒヨリが恐る恐る振り返ると、そこには足元に転がる「札束の塊」があった。
「…………。…………。……ひゃ、ひゃくまんえん……?」
ついにヒヨリの思考回路が焼き切れた。彼女は焦点の合わない目で札束を見つめ、ハハッ、と乾いた笑い声を漏らす。
「あはは……。百万円……。これを投げつけるってことは、もう逃がすつもりはないんですね……。金に物言わせて札束で殴るつもりですね……」
ヒヨリはふらふらと立ち上がり、虚空を掴むような手つきで私の方へ一歩踏み出した。私が依然として無言で、一切の感情を読ませないまま立っていると、彼女はついに天を仰いで絶叫した。
「うわぁぁぁん!もうダメなんですね!? 私はお金で買われてしまう運命なんですね!? どうせ最後ならもう百万円くださぁぁぁ
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終わり
ちなみに口座のお金が無くなったので生徒たちに土下座してご飯をねだる日々になった。
「なんで先生が私を頼ったんだ……?」
「ヒヨリに1,111,151円渡したから」
「えぇ……?」
こちらの小説は、連載小説を書く合間に休憩で書いてます。
良ければ私の他作品もよろしくお願いします。
『先生とネトゲでマッチしたミサキが、他人として先生と仲良くなるお話。』
https://syosetu.org/novel/404064/
『仲正イチカは悪い大人についていく』
https://syosetu.org/novel/400538/
『その日、合歓垣フブキは警察に成った』
https://syosetu.org/novel/397980/