まもなく三十路の実力派女流雀士のわたし。なぜか異世界で3人麻雀部の顧問をすることになった件 作:セパさん
昨夜の初配信の熱狂は、日付が変わってもネットの海に残り続け、麻雀ファンたちの間で文字通り〝台風の目〟となっていた。
三星高校麻雀部のチャンネル登録者数は一夜にして数千人を突破し、切り抜き動画や牌譜の考察スレッドが乱立している。
――『三星高校の部長、オープンリーチ連発の狂人すぎワロタ』
――『ギャルの方、実力ガチなのにコメントで遊ばれてて草』
――『大代さんの空切りハメられたシーン、麻雀の残酷さが詰まってて美しかった』
放課後の部室。いつも通りカップ焼きそばの湯切りをしていた星菜が、スマホの画面を見ながら目を丸くした。
「せんせー、これ……! 昨日のアーカイブ、再生回数が5万回超えてるッスよ! コメント欄も見たことないプロの名前とかいっぱいいるし!」
「……本当ですね。それに、DMや公式アカウント宛てのメッセージもすごい数来ています」
瑠美は昨日の敗北を引きずっているのか少しアンニュイな表情だったが、それでも届いた通知の数には驚きを隠せない様子だ。心花はといえば、相変わらずマイペースに自分の手牌を並べ直しながら〝……みんな、僕の麻雀をどう思ってるんだろ〟と不貞腐れている様子だ。
(予想以上ね。けれど、ネットの注目を集めるということは、それだけ「敵」に見つかるリスクも跳ね上がるということよ。)
夕菜が腕を組んで思案していると、ガチャリと部室の扉が――ノックすらなしに、乱暴に押し開かれた。
「――ほう、これが巷で話題の『猿山』の巣窟かしら?」
そこに立っていたのは、私立白鳳学園の誇示するかような高級な制服を纏い、鮮やかな赤のルーズジャケットを羽織った一人の少女だった。
高慢に釣り上がった切れ長の瞳、見下すような冷ややかな笑み。胸元には、高校生にして「Bリーグ公認プロライセンス」のバッジがこれ見よがしに輝いている。
彼女の名は、
「誰だお前……っていきなり失礼なこと言うなッスね!」と星菜が眉をひそめるが、神城凛はフンと鼻で笑い、すらりとした足取りで部室のなかにズカズカと踏み入ってきた。
「失礼? 事実を述べているだけよ。プロ予備軍である私たちが血を吐くような確率計算と牌効率のロジックで戦っているというのに、あなたたちは何? 運任せのオープンリーチに、感情任せの暴力的ツモ切り。……見ていて虫唾が走るわ。」
神城は冷ややかな視線を、部室の隅で小さくなっている心花へと向けた。
「あなたが例の狂人部長ね。昨日の配信、見苦しかったわよ。運だけで三倍満を直撃したからって、自分が実力者だと勘違いしていないでしょうね? あれは麻雀ではなく、ただの『運ゲーの乱痴気騒ぎ』よ。」
「なっ……! 人の部長になんてこと言うスか!」
「お黙りなさい、下賤な雑魚が。私と白鳳学園の優雅な麻雀の引き立て役にしてあげるんだから、せいぜい感謝しなさい?」
神城はポケットから自分のスマートフォンを取り出し、画面をみんなに見せつけるように突き出した。そこには、有名麻雀ストリーマーや若手トッププロたちが昨日の配信について言及しているポストが並んでいる。そしてその中央には、かつてSリーグで名を馳せた「元・天才女流プロ」である夕菜の名前もあった。
「――ねぇ、顧問の先生?」
神城は、まるで汚物を見るような、あるいは値踏みするような侮蔑の笑みを浮かべて夕菜へと近づいた。
「噂の元・天才プロ、森井夕菜が落ちぶれてこんなお山の大将をやっていると聞いて見に来てあげたけれど……やっぱり噂通りの滑稽さね。次の『桜花杯』、そして高校生リーグ本戦。私たち白鳳学園が、あなたたちのような底辺の『運頼みエンタメ麻雀』を、その傲慢な鼻ごとへし折ってあげるわ。二度と牌を握れなくなるくらいにね。」
部室の空気が、凍りつくような静寂に包まれた。圧倒的な才能と特権意識に裏打ちされた、容赦ないマウンティング。
しかし、その言葉を聞いた心花は、怯えるどころか――トロンとした目をさらに妖しく輝かせ、スッと立ち上がった。
「……僕たちの麻雀が、運頼み、かぁ……。」
「なによ、反論のつもり? 格下の分際で――」
「ううん……。そうやって自分のロジックが絶対だって信じきってる人ほど……」
心花はクスクスと喉を鳴らし、ねっとりとした瞳で神城を見据えた。
「――絶望の底に突き落としたとき、すごく美味しそうないい顔をするんだよね。君のその自信、全部剥ぎ取ってあげたくくなっちゃったな。」
「っ……! この、気味の悪い……!」
神城の美しい顔に、初めてわずかな怒りと動揺の亀裂が入る。
夕菜はそんな部員たちの様子を眺めながら、フッと冷ややかな笑みを浮かべ、神城の眼の前に一歩踏み出した。
「口の聞き方に気をつなさい、小娘。彼女たちのコーチはこのわたしよ。……そこまで言うなら、次の大会でその鼻っ柱がどう折れるか、たっぷり味あわせてあげるわ。」
こうして、三星高校麻雀部は、圧倒的な実力と傲慢さを兼ね備えた天才・神城凛という「絶対的な壁」を目の前にし、より熱く、激しい抗争の舞台へと引きずり出されていくのだっ……
「え?先生。次の大会まで待つ必要あるんですか?」
心花君の放った言葉に部屋の空気が数度下がったような錯覚がした。
「……は?」
神城凛の眉間がピクリと跳ねる。優雅な笑みを張り付けていた彼女の顔から、完全に余裕の色が消え失せていた。
「なによ、あなた……今なんて言った?」
「だって、そうでしょう?」
心花はクスクスと不気味な笑みを零しながら、手元にあった牌をガチャリと卓の上に放り出した。その瞳には、獲物を見据える獣のような、ねっとりとした狂気が宿っている。
「僕たちの麻雀が『運頼みの乱痴気騒ぎ』で、君の麻雀が『血を吐くようなロジック』なんでしょう? だったら、わざわざ数週間後の桜花杯まで待つ必要なんてないよね。今ここで、僕と君で答え合わせをしようよ」
「……お、おい心花っち! いきなり何言い出すスか! 部長として冷静に……っ!」
「心花君、いくら何でも公式の大会前に他校の主将と揉めるのは……。」
慌てた星菜と瑠美が止めに入るが、心花の熱を帯びた視線は神城から一ミリも動かない。
神城は鼻でフンと冷笑を浮かべ、細めた瞳で心花を睨みつけた。
「いい度胸じゃない。格下の猿が調子に乗って私に噛みつくなんてね……。上等よ。その口の利き方、今すぐその雀卓で徹底的に後悔させてあげるわ。逃げないでしょうね、狂人部長さん?」
「逃げるわけないじゃない。君のその折れそうなプライドが、泣き喚く顔に変わる瞬間が今から楽しみで仕方ないんだから。」
ピリピリと肌を刺すような敵対心が、狭い部室のなかに満ちていく。
(……やれやれ。これじゃあまるで、血の気の多いチンピラの喧嘩じゃない。)
夕菜は心の中で大きな溜息を吐きながらも、その唇の端には隠し切れない不敵な笑みが浮かんでいた。
プロとして生き、そして挫折した自分にはなかったもの――理不尽な確率やロジックを、自らの狂気と執念で捻じ伏せようとするこの生徒たちの熱量が、なぜかたまらなく心地よかった。
「いいでしょう」
夕菜は一歩前に出ると、冷ややかな声音で二人の間に割って入った。
「ただし、やるからにはただの野良試合じゃつまらないわね。ルールはうちの配信卓を使う。もちろん、その傲慢なプライドを賭けてもらうけれど……神城さん、受けて立つ勇気はあるのかしら?」
「ふっ、笑わせないで。雑魚の相手をしてあげるんだから、ルールもハンデもそっちの好きにみなさいよ。……一網打尽にして、あなたたちのその生配信で、二度と麻雀牌に触れられないほどの絶望を生み出してあげるわ」
こうして、桜花杯の本戦を待たずして、三星高校の部室は狂気とプライドが激突する「個人タイマンの私闘」の舞台へと早変わりしたのだった――。