Fate/Doomsday of the FAKE やべーやつらの聖杯戦争 作:大嶽丸
──どうすれば、私の罪は許される?
追憶の中、“彼女”は問う。
視界に広がるのは、冬木という街にある、蝉菜マンション。そこが彼女にとってすべての始まりであり、また終着点でもあった。
エレベーター。
ノックの音が響く扉。
どこかへと消えた、血濡れの少女──。
忌々しき過去。それより以前の思い出に意味を見出だせなくなり、いつしか冷たい記憶だけが心の奥深くに染み込んで行く。
罪の意識、罰への恐怖……芽生えたその感情に応えるように、赤い頭巾を被った少女らしき、“そいつ”が現れるようになった。
どの建物であろうともそれは決まってエレベーターの中に現れる。幻覚なのか、それとも怨霊なのかは解らない。
見えてしまう以上は、どちらだろうと違いはなかった。
彼女は逃げた。ただひたすらに。
救いを求め、丘の上の教会へと足を運んだ。しかし、その時の出来事を思い出そうとすると酷く頭が痛む。神父に何かを言われたような気がしたが、心に刻まれた忌避感により二度とあの教会へは近付くことはなかった。
どうすれば、許される?
私は、どうすればいい?
何ヵ月、何年と行き場を探して彷徨う。罪から眼を背け、罰から逃げ続けていた。
そんな折、森の中に洋館があるという噂を聞いて、そこで雪のように“白い少女”に会い、彼女は──。
教会の時と同じだ。この時のことも思い出そうとすると酷く頭が軋む。
ただ、はっきりと覚えている言葉がある。
『これの末路に興味が湧いた。ギルガメッシュ……かつて、お前が私にやったことだ』
神父が嗤う。
『貴女を見てすぐに解った。空虚を抱えた“がらんどう”よ。私が生きる意味を与えてあげる』
白い少女が言い放つ。
『貴女には、己の末路を選ぶ権利は無いわ』
──末路。
その言葉が脳内に延々と響く。
私の運命はもう決まっているというのか? 私にはするべき事があるというのか?
無意味な自問。そう理解しながら、それでも彼女は誰も答えぬ問いかけをし続ける。
教えてくれ、私は“この街”で何をすれば──。
「おやおや。随分とたちの悪い“夢”に魘されているみたいですね」
──すると場面が切り替わる。
何の脈絡も無く、視界に広がる世界が一転してカラフルでポップなものへと変わり彼女──アヤカ・サジョウはそこに立っていた。
「え、ここは……?」
「夢の世界ですよ。あなたが視ていた悪夢は
そして、目の前には一人の少女。
青い髪と同じく青い瞳。赤いナイトキャップを被り、丸い毛玉のようなものが大量に装飾された白黒のワンピースを身に纏っている。
「ごきげんよう。■■……いえ、今はサジョウ・アヤカさんとお呼びしましょうか」
異質な空気を纏う彼女は静かに、不敵な笑みを浮かべて困惑するアヤカを見据えていた。
「えっと、あなたは……」
「私は、“ドレミー・スイート”。夢の世界の支配者です。以後お見知りおきを」
少女が名乗る。
思わず耳を疑う、とんでもない肩書きと共に。
「ゆ、夢の世界って……じゃあここは夢の中なの?」
「はい。つい先刻まであなたが視ていた悪夢を介して、私が呼び寄せました。いやぁ、私が居てラッキーでしたね、“こちらの世界”に住まう夢魔やら詐欺師やらが先に目を付けて来なくて」
そう言って少女──ドレミーが指を鳴らすと白いアンティーク調のテーブルと二つの椅子がすぐ横へと現れ、彼女はその一つへと座ってこちらを手招きする。
困惑しながらもアヤカはそれに応じ、もう一つの椅子へと腰掛ける。テーブルの上にはご丁寧にティーセットが置かれていた。
「僕の席は無いのかい? というか、詐欺師って酷い言い種だなぁ。いや何一つ間違ってないがね」
すると背後から男の声がする。
振り返れば、朧気な人影がそこに存在していた。
「誰──」
「よくぞ聞いてくれた! 私の名はサン・ジェルマン! サン・ジェルマンだ! サンで区切っても構わないが、気軽に繋げてサンジェ──」
そこで男の声がぷつりと途切れた。
「あれ……?」
「気にしないでください。全くの“部外者”なのに支離滅裂な話を喋り倒そうとしてくる、ただの詐欺師です。何度か追い出しているのですが、微かな“縁”を辿って侵入してくるようで……」
「いやいや待ってくれよ夢の支配者サマ。折角、遠路遙々来たんだから少しくらい出番を貰っても良いだろう? そう時間を取らせるつもりはないさ、君の言う通り、誠に遺憾ではあるものの今回は本当の本当に部外者みたいだからね」
再び男の声。姿は無く、やいのやいのと抗議してくるその声にドレミーは辟易とした様子である。
「まったく……本当ならリチャードが召喚されるはずだったというのに、“異界”の連中にはほとほと困ったものだよ。このままじゃあ剪定まっしぐら──いや、この有り様だと逆に剪定可能か怪しいね。何せ、こんなこと“前例”が存在しない! 我らが魔道元帥殿の手腕を祈るか、灼熱の星と白紙の星を往く人類最後の希望が駆け付けてくれることを願うしかないよもう……あ、後者はやっぱ無しで、もっと大変なことになりそうだ」
「そちらとは無関係ですので。私としてもどこの誰かも知らぬ上位存在の方々のせいでこうして余計な仕事が追加されてしまったのは不本意ですよ」
「君も大概じゃない? “夢の世界”という概念、その支配者……異なる世界だとこうもルールが違うとは。実に興味深く、可能ならば調べ尽くしたい限りだよ」
「──もう良いですか? あなたが居ると話が進みません」
「えぇ? まだまだ話したいことが──おおっと、冗談だよ冗談! 今回のお役目はそちらに譲るとしよう! それじゃあ偉大なる獅子心王ではなく、傍若無人かつ天衣無縫を往く非想非非想天の娘を召喚してしまった、人生の迷い子よ! この混沌たる君の行く先に、どうか幸が在らんことを!」
捲し立てるように男はそう言い、今度こそ気配が消える。最後に唐突に自分へと向けた言葉を送られ、ただ困惑するしかないアヤカに対してドレミーは溜め息を吐く。
「漸く立ち去りましたか。いやぁ、この世界にも随分とおかしな人間が居るのですね……」
「……えっと」
「あの胡散臭い詐欺師のことは忘れてください。それよりも、本題に入りましょうか。あなたが召喚してしまった方についてです」
いつの間にかティーカップに注がれた紅茶を一口飲み、ドレミーが話を切り出す。
「……天子のこと?」
「そうです。比那名居天子さん、実は私、あの方の召喚に
「! ということは……あなたも、英霊なの?」
「いえいえ、そんな大層な存在ではありませんよ。幸いにもこちらの夢も“夢の世界”の一つと判定されるようですぐに元の場所へ帰ることが出来ました。──しかし、それはそれとしてこの異常事態を放置しておく訳にも行きませんから、こうして動いているのです」
「異常事態?」
アヤカは首を傾げる。しかし、ドレミーは気にせずに言葉を続ける。
「いやはや、まさかあの天人様を引き当ててしまうとは。疫病神も貧乏神もビックリな凶運──いえ、あなたの由来を考えると、ある意味当然の事だったのかもしれませんね。いずれにせよ、一度神社へお祓いに行くことをオススメしますよ。出来れば暴力巫女の居ない所へと」
「……どういうこと?」
「ああ、すみません。あの詐欺師の饒舌が移ってしまったみたいで」
再度疑問を口にすれば、今度は小さな照れ笑いと共にそう返ってくる。
「単刀直入に言います。あなたには、比那名居天子さんを──」
あまりにも突然の頼み事。
息を呑む。それはあの神父のように、あの白い少女のように、己が運命を縛り付けるものなのかと身構え、しかしアヤカは目を見開く。
告げられたその言葉が、あまりにも衝撃的で、酷く信じられないものであったが故に。
「──どうした、アヤカ?」
「え?」
次の瞬間、視界に飛び込んできたのは、訝しげな眼でこちらを覗き込む少女の姿だった。
「あっ……いや、何でもないよ」
あの“夢の中”でのことを思い出していたアヤカは意識を現実へと戻し、そう言う。
これに少女──真セイバーはそうかと気にした様子もなく、すぐに自らが握る“エレキギター”へと視線を戻して興味深そうに弄り始める。
場所は、某ライブハウス。
何故自分達はこのような場所に居るのか。ソファーに腰掛け、アヤカは昨晩起きた一連の出来事について改めて振り返る。
警察署を脱け出した後、アヤカは真セイバーから“要石”という名前らしい宙に浮く摩訶不思議な岩石を傍に置かれ、待機するように言われた。
不安を覚えながらも往く宛が無くどうしようもないので言う通りに待っていると、夜明けから暫くして真セイバーは何やら不機嫌そうな様子で戻ってくる。
どうしたのかと問うても曖昧な返答をする彼女に不思議に思いながら、途中で中断となった警察署での話の続きをしようとした矢先にアヤカが宿について尋ねた質屋の青年とその連れが現れ、彼らの持つ楽器に真セイバーが興味を示したのだ。
そうして、話の流れでこのライブハウスへと訪れることになった……というのが事の経緯である。
「どうだい? 嬢ちゃん」
「ふん。珍妙な楽器だが、地上のお粗末な楽器にしてはなかなか楽しめたぞ」
「ははっ、褒め言葉ってことだよな! 嬢ちゃんが言ってたプリズムリバー、だっけか? 聞いたことねぇバンドだが、今度ネットで調べてみるぜ!」
所謂パンク系の厳つい風貌に反して気さくな青年から説明を受けつつも、並々ならぬ上達を見せながらエレキギターを操作する真セイバー。
初めこそ慣れない楽器に悪戦苦闘していたものの、今ではすっかり要領を得たようで、青年達から教わった旋律を危なげなく奏でている。その表情は実に満足そうで、先程までの不機嫌さなど見る影もない。
「しかし、弦を弾くだけでこれほど多彩な音が出るとは。天界にも持ち込んでやろうか」
「おっ、気に入ってくれたか! だったら今度はアンプの設定も教えてやるよ。もっと色んな音が出せるぜ」
「ほう? まだ奥があるのか。よし、教えろ!」
相変わらず尊大な言動をしていたが、青年達からはその幼い様子もあってか間違った英語を覚えて話してしまっている日本人だと認識され、特に問題無く受け入れられている。
むしろその物怖じしない態度と飲み込みの早さが気に入られたらしく、今ではすっかり打ち解けてしまっていた。
(とりあえず機嫌が直って良かった……のかな?)
そんな様子を見て微笑ましく思うと同時に、色んなことを心の底から愉しそうにするその姿は、後ろ向きなことしか考えられない自分とは真逆だなと考える。
ついさっきだって真セイバーが機嫌を損ねて暴れ出したらどうしようかと心配していた。
(……本当に、自由だなぁ)
何にも縛られず、何にも怯えず、ただ己の望むがままに振る舞う。
少なくともアヤカの眼には、彼女はそのように映っていた。
羨ましい、と。
ふと、そんな感情が胸の奥に芽生える。しかし、すぐに苦笑してそれを打ち消した。
自分と彼女では、何もかもが違い過ぎるのだから。
「……ねぇ、天子」
暫くして、青年達が休憩に入ったようで会場から離れて席へと戻ってきた彼女へと呼びかける。
「ん?」
「あんたは、聖杯に何を願うつもりなの?」
ふと、そう問いかける。
これに真セイバーは意外そうに目を丸くした。
「なんだ、アヤカから聖杯戦争のことを聞いてくるとは、珍しいな」
「何か、大切な理由があるのなら先に謝らないといけないからね……私はなんの役にも立ちそうにないし」
「そんなことを気にしていたのか? こうしてこの私の現界を維持出来ている時点で地上の下民として及第点以上だ。下民らしい謙虚さとはいえあまり己を役立たずなどと卑下するなよ」
「……それ励ましてる? まあ確かに、私は見ての通り下民らしい小心者だから」
苦笑するアヤカ。もうこの傲岸不遜極まる物言いにも慣れてきた。
しかし、悪い気はしなかった。
彼女はいつだって偉そうで、自信に満ち溢れていて、他人の事情などお構い無しに好き勝手なことを言う。けれど、その言葉に悪意が込められていないことくらいは、短い付き合いでも理解出来ていた。
「それに、心配する必要は無い。私は別に聖杯とやらなど望んでいないのだから」
「え?」
その返答にアヤカはぽかんとする。
「どういうこと? 聖杯を望んだから召喚に応じたんじゃないの?」
「ふん、あんなモノに興味は無い。私が聖杯戦争へ参加した目的は……」
「……目的は?」
「ふむ……実のところ覚えていない」
「は?」
「だが、恐らくは単なる“暇潰し”であろう」
「は?」
「私のような“天人”が住まう天界という場所は酷く退屈でな。歌って、踊って、遊んで暮らすだけ……私にとってそれは命取りであり、いつも辟易としていたのだ」
絶句するアヤカを他所に、真セイバーは愚痴でも溢すかのように語り続ける。
天人……それがどんなものかアヤカは知らないが、真セイバーの口振りから察するに、名前通りに“天”に住まう、高貴な人間のことなのだろう。
それにしても、歌って踊って遊んで暮らすだけの生活を退屈だと断じるとは。
自分からすれば夢のような話なのに。
「そんな折に英霊同士の戦いだなんてとても面白そうなイベントに誘われたとしたら……私は二つ返事で了承するはず。うん、きっとそうだ! そうに違いあるまい! 仮に願いがあるのならば聖杯なんて得体の知れぬモノなど用いずに“己が手”で叶えてやるさ!」
「えぇ……まあ、天子らしいといえば、らしいか」
暇潰し。
そんな理由で殺し合いに参加するとは。アヤカの常識からすれば到底考えられないことであるが、目の前の少女の今までの言動からして願いを叶える為に戦うよりはよっぽど“らしい”動機ではあった。
それは傲慢で、無鉄砲で、しかしどこまでも彼女らしい答えだった。
「だからアヤカが心配する必要は無いぞ。昨晩のように英霊共と刃を交えるだけで私は満足だからな……とはいえ、今のところ英霊には程遠い連中ばかり相手にしているが」
真セイバーは顔をしかめた。偽バーサーカー、偽アサシン、偽セイバー……この中だと比較的マシなのは偽アサシンだが、あれも真っ当な英霊かと言われれば謎である。
どいつもこいつも如何に外法の存在であろうと紛れも無き強者であり、退屈しのぎには申し分無いが、些か真セイバーのイメージしていた聖杯戦争とはかけ離れていた。
「ふむ……そうだな、先に
「え?」
「ふふん。今後の方針が決まったぞ、アヤカ」
そう言い、真セイバーは不敵に笑う。
何を思い付いたのかは知らないが、ろくでもないことだけは確かな気がした。
「行くぞ」
「あ、ちょっと……」
「おや、もう行くのかい? 嬢ちゃん達」
「ああ。世話になったな」
「おう、また一緒に演奏しような! 気を付けて帰れよー!」
思い立ったが吉日とばかりにライブハウスから立ち去ろうとする真セイバー。
笑顔で見送る青年達へ別れの挨拶しつつ、その後ろ姿を慌ててアヤカは追いかける。
(……天子)
その表情は先程と違い、曇っていた。
思い出すのは、あの“夢”の内容。
一つの役目を与えられ、それと共に告げられた予言染みた警告であり、あのように天真爛漫に笑う彼女の姿からは、到底考えられない話──。
(あんたは、本当にこの世界を滅ぼすの?)
「どこに行くの?」
ライブハウスを後にし、堂々とした態度で街道を歩く真セイバーへアヤカが尋ねる。
「さて……そろそろ出てきたらどうだ?」
「?」
しかし、その質問には答えず、真セイバーは足を止める。
視線を向けたのは、道の傍らにある何の変哲もない一角だった。アヤカも釣られてそちらを見るが、人影は無い。誰かが隠れられそうな物陰も見当たらず、ただ建物の壁と舗装された地面があるばかりである。
一体、誰に話しかけているのか。そう問いかけようとした、その時だった。
『──やはり、気付いていましたか』
「なっ……」
何も無かったはずの空間から、声がした。
続いて、その場に輪郭が生まれる。陽炎のように揺らいだ景色が人の形を結び、瞬く間に確かな質量を伴った姿へと変わっていく。
初めからそこに居たのだ。ただ、こちらからは見えていなかっただけで。
その事実を理解するよりも早く、アヤカは現れた“そいつ”の風貌に目を奪われていた。
──異様な風貌だった。
白銀の“装甲”に、所々を彩る金色の意匠。引き締まった胴体と長い四肢は鋭角的な装甲に覆われ、翼を思わせる肩部が左右へと張り出している。
頭部もまた兜に隠され、その顔面には刃を束ねたような金色の面頬。細い隙間から覗く青緑の光だけが、こちらを見据える眼を思わせた。
人の肌は、何処にも見えない。
装甲の継ぎ目から覗くのも黒い内部構造ばかりで、その下に人間が収まっているのか、それとも初めからそういう形をした存在なのかすら解らなかった。
まるで“鋼鉄の騎士”……或いは、人型の“ロボット”。
映画か何かの中にしか存在しないはずのものが、見慣れた街並みの中に立っている。
間違いなく、サーヴァント。
その確信と共に、アヤカは無意識に息を詰めた。
暑い。
つい今まで何ともなかったはずの空気が、急に熱を帯びたように感じられた。目の前の騎士から炎が上がっている訳ではない。それでも近くに大きな炉でもあるかのように、肌の表面がじりじりと炙られる。
頬を伝う汗を拭おうとして、自分の指先が強張っていることに気付いた。
「い、いつから……」
「はんどまん共と会った時から、コソコソ隠れてこちらを監視していた」
事も無げに真セイバーが答える。
アヤカは思わず彼女を見た。それはつまり、ライブハウスでギターを弾いていた時も、青年達と笑い合っていた時も、ずっとこの存在が近くに居たということか。
そして彼女は、それを知っていながら遊んでいたというのか。
「奇襲を仕掛けるタイミングならいくらでもあったと思うが……」
アヤカを下がらせ、真セイバーは前へと出てその鋼鉄の騎士と相対する。
その仕草に迷いは無かった。こちらを振り返ることもなく、自分と騎士の間にアヤカが入らぬよう立ち位置を変え、一歩前へと進み出る。
先程まで楽器を弄っていた少女の背中が、急に遠く感じられた。
「用件を聞こうか、“鉄屑”よ」
傲岸に、セイバーは言い放つ。
対する騎士は、すぐには答えなかった。
侮辱に怒ったのだろうか。アヤカの肩に力が入る。しかし、金色の面頬に覆われた顔から、その感情を読み取ることは出来ない。青緑の光は揺らぐこともなく、ただ真っ直ぐに真セイバーへと向けられていた。
『……失礼。争うつもりはありません。少し、話をする為に機会を窺っていました』
発せられる声は、落ち着いた“男”のものだった。
その機械じみた風貌に似合う、どこか硬質な響き。それでも言葉遣いは丁寧で、少なくとも今の侮辱に腹を立てているようには聞こえない。
アヤカは僅かに息を吐いた。
話をしに来ただけ。ならば、すぐさま戦いになる訳では──。
「そうか、話とな……ならば」
真セイバーの口元が吊り上がる。
その表情を見た瞬間、アヤカの胸に嫌な予感が走った。
「天子っ、ちょ──」
足元から、低い音が響いた。
靴底を通じて伝わる振動。反射的に下へ目を向ければ、舗装された地面に亀裂が走り、二人のサーヴァントの間で大地が盛り上がっていく。
砕けた舗装の欠片が転がり、乾いた音を立てた。真セイバーの手には、いつの間にか宝剣が握られており、その切っ先は鋼鉄の騎士へ向けられ、周囲には幾つもの“要石”が、主の命を待つように浮かんでいる。
『!』
騎士が僅かに身構える。
それを見て、真セイバーは満足そうに眼を細めた。
「その資格があるかどうか、試させてもらおう」
「……話をしに来たって、言ってるじゃない」
漸く絞り出せた声に、真セイバーは顔だけを向ける。
「聞いていたとも。だから試すと言っているのだ」
まるで何もおかしなことなど無いと言わんばかりの返答に、アヤカは言葉を失う。
この少女の中では、それで筋が通っているのだろう。しかし、こちらには到底理解出来ない。話をする為の資格とは何なのか。そもそも、何故それを戦って確かめなければならないのか。
そんな困惑を他所に、真セイバーは再び騎士へと視線を戻し、獰猛な笑みを浮かべる。
昨晩の戦いは、消化不良に終わった。
先のライブハウスでの一幕で多少は気は紛れたが、しかしそれとこれとは別の話である。
鬱憤を晴らすのに丁度良い相手が現れてくれた。しかもそいつから感じ取れる熱。それを内側に抑え込んだままこちらの挑発に動じなかった落ち着き。
装いばかりを整えた雑兵などではあるまい。ならば、その鎧の内側に何を秘めているのか、確かめてみたくなるというもの──。
『……仕方ありません』
嘆息混じりの声だった。
しかし、その動きに渋々といった鈍さは無い
片脚を引き、腰を低くする。ただそれだけの動作で、目の前の存在が明確に“戦うもの”へと変わった。
アヤカの頬を熱い風が撫でる。白銀の装甲、その継ぎ目に光が灯っていた。
初めは細く、微かなもの。それが瞬く間に輝きを増し、肩から、腕から、胴体の隙間から、抑えきれなくなったように“炎”が漏れ出していく。
周囲の景色が熱に揺らいだ。先程まで感じていた熱気など、ほんの余波でしかなかったのだと理解する。
「ほう……!」
真セイバーが嬉しそうに声を漏らす。
アヤカは更に後退った。天子の背中を見ていられる位置を保ちながら、足を取られぬよう亀裂を避けて下がる。
もう、声を掛けられるような空気ではなかった。
『──実力行使と行きましょうか』
炎を纏う騎士が告げる。
その声は、先程と変わらず静かだった。
「は、精々楽しませてくれよ?」
対する真セイバーは、獰猛な笑みを浮かべて宝剣を構える。
ほんの少し前まで、楽しげにギターを弾いていた少女。その時と同じように輝く眼を見て、アヤカは息を呑んだ。
“しっかりと手綱を引いてくださいよ? 彼女はなんの躊躇も無くこの世界を滅ぼそうとするでしょうから──”
夢の中で聞いた警告が、再び脳裏を過ぎる。その意味を考える間もなく、要石が宙を走った。同時に騎士が地を蹴り、炎の軌跡が視界に焼き付く。
そして、英霊が二人、衝突する。
丁度、北の渓谷にて英雄王と復讐者が対峙しているのと、同時刻の出来事であった。
ぶっちゃけると真ライダーは、最後まで誰にしようか迷った。