日常のホロライブSS(一話完結の短編集) 作:Sano / セイノ
ことのきっかけは儒烏風亭らでんが博衣こよりと出くわしたことだった。
事務所ですれ違いがてらに、笑顔を交わす二人。
「あ、らでんちゃん、これから収録?」
「そうなんですよ。こより先輩は?」
「さっき終わったとこ。そういえば、らでんちゃん、最近すごいよね! 博物館の人と話したり、大学で講義をしたりとか、超インテリのオーラだよ。すごすぎてちょっと近寄り難くなってきたかも」
「いやいや、らでんはらでんですよ。それにこより先輩のいろいろな発明品だって真似できないじゃないですか」
「うーん、そうじゃないんだよ。あんなしょーもない発明とかじゃなくて…」
腕を組んで、〝むむむぅ〟と唸るこよりを見て、落語家見習いの少女はへんてこな発明の自覚はあったんだと内心苦笑してしまうのであった。
「———そう、こよも欲しいの。ホロメンたちがビビるくらいのオーラを!」
握りこぶしに力を込める姿に、らでんは笑みを浮かべながらもちらりと空模様を一瞥した。
「わかりました、お手伝いします! と言いたいところですが、先輩帰り道気を付けて下さい。これから大雨の予報がでてますよ」
「え、そうなの⁉ やば、傘ないから急いで帰らなきゃ。またね、らでんちゃん」
大慌てで桃色の長髪を翻らせる少女に、らでんは目を細めたのだった。
× × ×
真っ暗な控室で机を囲んでいるのはReGLOSS五人の面々である。
彼女たちの汗ばんだ顔を電池式ランタンの弱弱しい明かりが照らしている。
(莉々華)「はぁー、暑いね」
( 奏 )「あつ~い~」
扇子を片手に不平を垂れる一条莉々華に、音乃瀬奏が机にべったりと突っ伏しながら賛同の声を上げた。
その溶けかけている少女に、〝奏ちゃん、大丈夫?〟と火威青が世話焼きにもパタパタとうちわで風を浴びせている。
激しい雷雨による停電、それが彼女たちの収録を中断させたのである。
結果として、ReGLOSSの少女たちは電気の復旧を願いながらも、クーラーの動かない控室で蒸し暑い待ち時間を過ごしていた。
( 奏 )「ばんちょ~、あつくないの~?」
奏が静かに瞑目している轟はじめに水を向けた。
(はじめ)「あついよ。でみょ、精神をきちゃの寒いとこりょに飛ばちてたからへいきゃ。今、北極でペンギンとあでゅいてりゃ」
( 青 )「……番長、ペンギンは北極にはいないんだよ」
(はじめ)「ふぇぇ!?」
青が告げた真実に、はじめの目が大きく見開かれてサイドで結んだ髪がぴょんと跳ねる。
その様子に笑みを誘われながらも、莉々華は肩を竦めた。
(莉々華)「はぁ、でもそれ番長にしかできないわよ」
暑い、ただただ暑い。
しかも待つだけしかできないことも、感じる不快さを加速させている。
それがReGLOSS一同が共有している感想だった。
(らでん)「ねえ、このビルの地下の秘密って知ってる?」
そこに、ぽつりと不穏な呟き声が差し入れられた。
水面に投げ入れられた小石の作る波紋のように、その小さな囁きは全員へと確かに届いたのである。
メンバーの目がらでんを見据え、落語家見習いの少女は薄い笑みを浮かべて視線に応じる。
それが話しの始まりを告げる合図になった。
(らでん)「これは動画でお世話になった研究者の先生から聞いた話なんだけど……このホロライブのビル、というかここら一帯の地下には人工的な大きな空洞があるんだって」
( 青 )「空洞?」
(らでん)「そう、それも秘密の空洞」
( 奏 )「ひみつ?」
小首を傾げる青と奏に、らでんは静かに頷いた。
(らでん)「記録から消された研究所、旧日本軍の実験施設があったんだって。そこでは外部に公表できないようなバイオテクノロジーの研究が戦後も隠れて続けられてたって話なんだよ」
(莉々華)「らでんちゃん、それ本当なの?」
半信半疑の莉々華にらでんは笑みを深める。
(らでん)「りりぃ、人面犬って聞いたことない?」
(莉々華)「ああ、犬なんだけど顔は人間で言葉をしゃべるってやつでしょ! 子どものころ流行ってて、見つけてやるってみんなで探したりしたよ!」
幼き日の思い出を嬉々として語る莉々華に、らでんは気まずそうに目を逸らした。
(らでん)「うん、そうなんだけど……人面犬の噂が広がったのって1990年代前半なんだよ」
(莉々華)「あー……うん、私はまだ生まれてないはずだから、そういう夢をみたのかなー、なんて。あは、はははは」
虚ろに笑う莉々華の背にはじめが手をあてる。
(はじめ)「だいじょうびゃ、莉々華はちゃんと若いかりゃ」
(莉々華)「……慰めないで、番長。その優しさが余計につらい」
(らでん)「話を戻すと、人面犬の正体は研究によって作られた生き物だったんだよ。その実験施設が破棄されたのが少し前くらいの年代で、その時にまだ生きていた実験動物が逃げ出したっていうことらしいのよ」
( 青 )「なるほど、実際にリンクした話があるんだね」
(らでん)「うん、しかも精神に影響する毒ガスとかも作ってたらしくて、ちょうどその化学合成の実験室の排気口がホロライブのビルの地下にあるんだって……怖いよね」
( 奏 )「そ~なんだ。ちなみに場所でいうと、どこらへんになんの?」
(らでん)「確かあっちの北側だったかな」
体を起こして尋ねる奏に、らでんは指で方向を示す。
(はじめ)「あっちって……」
( 青 )「ホロぐらの制作チームがいるところだよね……って、まさか⁉」
一同顔を見合わせると、得心がいったとばかりに莉々華がその目が光らせた。
(莉々華)「ひょっとしてホロぐらの台本がわけわからないのって、毒ガスのせい!?」
( 青 )「やっぱりあの人たち、キマってるんだぁああ!?」
莉々華が発見したっ衝撃の事実に青も頭を抱えて吼えざるを得ない。
(らでん)「……うーん。そう思いたくなるのも分かる。でもあの人たち、そもそもクレイジーだからね」
ひょんなことから点と点が繋がり、らでんは腕組みをして唸ってしまうのであった。
(莉々華)「でも、もうその研究所は無いんでしょ?」
(らでん)「うん、事件が起こって閉鎖になったんだよ。その事件っていうのが、今日みたいな大雨の日だったんだ……」
らでんが口を閉じると、少女たちを取り巻く不穏が色濃くなり、心なしか空気も冷やかさを帯びる。
雨粒が地を叩く外の音がやけに強調されて聞こえるのだった。
(らでん)「その日も短時間にものすごい量の雨が降った日だったの。研究所の場所によっては、想定以上の雨量が排水設備の排水量を上回ってしまった。そうしたら見る見るうちに水が溢れ、そしてその水位が上がっていった——」
誰もが黙して、その結末を待っている。
(らでん)「とある女性の研究者が実験をしていたの。床が水浸しになった時には、さすがにマズイと思って、避難しようとした。でも今いる場所から移動しているうちに、水位はくるぶし、そしてすねの辺りにまで上がってきた。そうして膝くらいにまでなってしまったら、もう水圧でドアを押し開けることができなくなっちゃったんだ——」
( 奏 )「……ど、どうなったの?」
(らでん)「閉じこめられた部屋の中で、水だけがどんどんと満たされていく。お腹まで来た水位は、すぐに胸に、そして首にまで達した。ついには体が水に浮いて、足が床につかなくなった——」
(らでん)「何とか呼吸をしようと顔だけは上に向けるんだけど、もうそこには天井が迫っていたの——」
ヒュッと誰かの喉が鳴る音が響く。
(らでん)「——そしてそのまま、その女性の研究者はおぼれ死んじゃったんだ」
(はじめ)「……ひぇぁ」
(らでん)「きっと水から逃げられなかったのが無念だったんだと思う。こんな大雨の日にはその研究者の幽霊が、ずぶ濡れの白衣姿でウロウロしているって話なんだ」
そう言って、らでんは目を閉じた。
( 青 )「う、噂ばなしだよね——」
震える声で訊ねようとした青、その声を遮るように雷鳴が轟いた。
そして全員の目が明らかな変化に釘付けになった。
控室のドアがゆっくりと音もなく開いていくのである。
——声も出せずに目をみはる一同。
ドアノブに回された塗れた手から滴った水滴に、彼女たちは背筋を凍らせた。
そして現れたのは……
幽霊として語れたずぶ濡れの白衣の女。
その姿に一同の大きな悲鳴が響き渡る。
(四人)「「「「きゃあああああああああ、出たぁぁぁぁああああ!?」」」」
ガタガタッ、ガタン!! 恐怖に慌てふためいて上体を逸らし、椅子ごとひっくり返る四人。
× × ×
想像以上の大雨で濡れ鼠になって引き返してきたこより。
コヨーテの少女は後輩たちが自身の姿に泡を食う様子を呆けたように見つめてしまう。
「えっと……何これ?」
「こより先輩のオーラにみんなビビりましたよ」
サムズアップでニッと笑うらでん。
こよりは自身と後輩の解釈の違いに困った顔になってしまうのであった。
「もう、さっきのはそういうことじゃないのに! わおーーん!」
コヨーテの遠吠えがビル中にこだました。
後に聞くところによると、停電中に何か動物が入り込んできたのではないかと、暑さに不満をこぼしていたビル中の人間の心胆を寒からしめたということであった。
かくして、博衣こよりはオーラを手にし(?)、暑がっていた面々はひと時の涼やかさを味わったということになる。
(らでん)「ええ、おあとがよろしいようで」
了