日常のホロライブSS(一話完結の短編集) 作:Sano / セイノ
鬱蒼《うっそう》と茂る密林に鳥獣たちの声がこだまする。
足元の節くれだった木々の太い根を昆虫が這っており、見上げる樹冠の隙間からは鳥のような魔獣の巨影が過ぎ去った。
「どこここ?」
獅白ぼたんは、隣に立つ桃鈴ねねに訊《たずね》たのだった。
「んっふふ~、ここはね魔界の大森林。トワワ先輩に魔界のカブクワをどうしても採りたいって駄々をこねたら、転移魔法陣作ってくれたの」
腰に手を当てて自慢気に語るねね。
だがそれは彼女の誇れる功績ではなく、先輩の常闇トワがただただ優しかったがゆえである。
——トワ様マジ天使、なのであった。
今回、「ねぽらぼ」の「ぽ」と「ら」は不在である。
「ぽ」こと尾丸ぽるかは〝こんなに暑いのに外なんか出られるか!〟と引き籠もり、「ら」こと雪花ラミィは〝虫大嫌いなのに、行くわけないでしょー〟と、ねねの頼みをすげなく一蹴したのである。
そこで彼女が頼ったのは、獅白ぼたんである。
お願いと手を合わせるねねに、ぼたんは〝しょうがねぇなぁ。まあ、ラーメンの具になるものもあるかも知れねぇし〟と笑って応じたのであった。
「それで、今回は金色ピカピカの魔界カブトムシを狙います!」
虫取り網を勢いよく突き上げたねねに、ぼたんも力の抜けた声で〝おぉー〟と合わせたのである。
この時、〝絶対森の奥に行っちゃダメだからね!〟というトワの注意をねねはすっかり忘れていた。人食いの魔物も多数いるような危険地帯である大森林に、トワはホロメンを向かわせたくなかったのである。だが、あくまで獅白ぼたんがいるならということで、深くまで踏み込まない約束で転移陣を描いたのであった。
見慣れぬ植物に目を惹かれ、草の根に足をとられてねねがすっころぶ。
そんな中、ぼたんはひょいひょいと身軽に避けていく。
むくりと起き上がったねねの土塗れの顔に、ぼたんはゲラゲラと笑いながら得物の二丁拳銃を構えた。そして羽音も大きく飛来する巨大なハチを、何でもないことのように撃ち落としていくのである。
「すっげ~、ししろん!」
「あっはっはっは、こいつら大したことないわ。7 Days to Dieのゾンビの方がずっと硬ぇよ」
魔界カブトムシ採集の間に迫る危険は、ホワイトライオンの察知能力と彼女が放つ正確無比の銃弾が退け続けたのである。
× × ×
かくして待ち望んだ時が訪れた。
「あ、あそこ!」
ねねは目を光らせて、枝から出た樹液を嘗めとっている黄金に輝くカブトムシを指さした。
男子小学生のように虫取り網を振り回しながら走り出したねね。その腕をぼたんが掴つかんで強く引いた。
——刹那、ヒュンッとねねの鼻先を高速で何かが掠める。
それは樹がしならせた根。
もしぼたんが引き留めていなければ、ねねは振るわれた木の根に弾き飛ばされていただろう。
樹が全身を震わせ、無数の根が地下からするすると湧き出るように姿を現す。
二人は知らないことだが、これはトレントと呼ばれる魔界の大森林に生息する危険な捕食生物であった。
「な、なんじゃこりゃああ⁉」
「なっはっはっはっはっは!」
目を丸くするねね。それに対して、ぼたんの方は木がわなわなと震えるシュールさに、いつものゲライオンを発動させている。
「笑ってる場合じゃないよ、ししろん!」
「まあまあ。任せろ、ねねちゃん」
そう言って、ぼたんは相棒をなだめながら銃のグリップに手を伸ばしたのである。
それは超常の戦いといっても過言ではなかった。
鞭のように高速で振るわれる幾重もの根、それをぼたんはそのしなやかな脚で疾駆しながら躱わしていく。ぼたんの後ろではさきほどまで彼女がいた地面が抉《えぐ》られていた。樹木の魔物から放たれた根が大地を穿ったのである。
高速で迫る攻撃を避けながら、ぼたんの狙いすました銃弾が根をちぎり飛ばす。
あれほどあった根は瞬く間に数を減らし、ただの残骸となって周囲に打ち捨てられてゆく。それほどまでに両者の力量には隔たりがあった。
見る見るうちに力を削がれた魔樹。
だが前方へと身を躍らせたぼたんを捉えようと、反抗とばかりに樹梢《じゅしょう》を伸ばした。
うねりながら迫る無数の枝を最小限の動作で回避し続けるぼたん。
それはさながら速さを競い合う舞踏であった。そして、一つの枝に輝く黄金、魔界カブトムシの存在を捉え、ぼたんは僅かな好機をあやまたず引き金を絞った。
——カブトムシを乗せた枝が断ち切られ、くるくると回転しながら宙に舞う。
次いで、それは後方で呆気にとられているねねの前にすとんと落ちたのである。
はっと我に返ったねねはカブトムシをむんずと掴んで、満面の笑みで天に掲げた。
「ししろん、とれたー!!!」
「おっしゃ、にげるぞ」
用さえ済めば面倒な魔物など相手にしていられないとばかりに、二人して全力疾走でその場を離れるだけである。
歩きながら虫カゴに入れた魔界カブトムシを上機嫌に眺めるねね、その光景にぼたんは目を細めた。
だが、二人はトレントの生息するような大森林の深部にいつしか踏み込んでしまっていたのである。そこは悪魔たちもが恐れる大森林の王が住まう一画、魔獣の覇者が治める領域であった。
ずしんと響く足音に、顔を上げたねねはそのそびえ立つ影に背筋を凍らせた。
——大きい。
あまりにも巨大な猪の怪物、圧倒的な威容に少女は息を呑むことしかできなかった。
だが、その相棒たるホワイトライオンの反応は違った。
「……どでかい猪か、いいねぇ」
声に隠し切れない高揚を露にして、ぼたんは大森林の支配者に不遜《ふそん》な笑みを投げかけるのだった。
× × ×
【後日譚】
ねねが金色のカブトムシを手に、逃げるラミィを愉快そうに追い回している。
それを一瞥して、トワは麵屋ぼたんのカウンター席で割り箸をパチンと割った。
麺を啜りチャーシューを嚙み千切ったところで、悪魔の少女は目を見開いた。
「このチャーシュー、うっま!!」
「だろ」
顔を綻《ほころ》ばせながらもぐもぐしているトワに、ぼたんも破顔する。
「それね、魔界の大森林にいた、どでかいイノシシで作った」
さらりと告げられた食材の出どころを聞いて、トワはぶほっと咽てしまった。
それは数日前のことだ。
大森林の王と呼ばれる魔獣が何者かによって討伐された、というニュースが魔界中を駆け巡っていたのである。悪魔たちですら畏怖して手を出さないあの魔獣が、である。
奇しくもそれは自身がねねとぼたんを魔界に送った日と合致しており、トワは今ここに自身が頬張っているチャーシューの正体が大森林の支配者であることに気づいたのである。
トワはぼたんに自身のことをトワ様と呼ばせていた。
だが、畏敬の念を禁じ得ない相手に本当にこのままでいいんだろうか、と悪魔の少女は天を仰いでしまうのだった。
了