日常のホロライブSS(一話完結の短編集)   作:Sano / セイノ

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季節は夏、百鬼あやめが里帰りで妖怪退治をする話、そんなホロメンたちの日常の一コマ。楽しんでいただければ幸いです。



百鬼あやめのハードボイルド金魚すくい

呆けたように虚空を見つめていた百鬼あやめを現実に引き戻したのは、眼前で振られる組員の手であった。

「あの……お嬢、聞いてますか?」

「あ、ごめ~ん。余、何も聞いとらんかった」

にへらっと笑う少女に、百鬼組の若い鬼は肩を落とす。

 

 

「もう、しっかり聞いといてくださいよ、若頭のお役目なんですから」

「はぁ~い」

力の抜けたあやめの返事に、組員の男は大きく息を吐く。

彼があやめに言付かっていたのは百鬼組の仕事であった。

 

 

百鬼組——現世の人々へあだなす掟破りの妖怪たちを取り締まるための幽世の組織。力のある鬼を長として頂く百鬼の家がその務めを代々引き受けてきたが故の名であった。

 

 

お盆は幽世《かくりよ》から現世《うつしよ》へと死者の魂が一斉に訪れる時節である。その境界の監視が甘くなるのを見計らって、禁を破って人界で悪事を為す妖あやかしが出てくるのである。

あやめが今回、土産の鬼ぞりシェーバーを買い込んで常世に帰省したのは、何も純粋な里帰りを楽しむためだけではない。

この時期の帰郷には忙しくなる家業へ助力するという意図もあったのである。

 

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

 

かくして、あやめは組の集を伴って、幽世の一画を占める大きな湖にやってきていた。

彼女らは人界で水難事故を引き起こしている水虎《すいこ》どもを取り押さえる心づもりなのである。

 

 

水虎、それは体表を硬い鱗に覆われた人型の水妖。

今風に言うなら魚人とも呼べる容姿をした力のある妖である。

だからこそ、その腕を買われてあやめがこの場所に宛がわれたのであった。

 

 

普段のふにゃふにゃとした張りのない雰囲気は失せ、抜き身の刃のような鋭さがその佇《たたずま》いから滲《にじ》んでいる。ホロメンたちには見せたことのないあやめの顔がそこにあった。

 

 

鬼の少女が背に帯びるは二振りの刃。

一振りは身の丈ほどもある大太刀、もう一刀は当代の鬼神を襲名したときに譲り受けた業物の太刀であった。

するりと大太刀の方を抜き、あやめは湖へと向き合った。

組員たちは後方で、あやめの手の刃が月光を弾いて光る様を見守るにとどまっていた。彼らはよく弁えていたのである、自身らと鬼神と呼ばれる少女の隔絶した力量差を。

 

 

「水虎様たち、余たちは百鬼組だ。悪事は既にわれている。素直にお縄につくか、余に叩きのめされてお縄につくか、好きな方を選ぶがいい」

凛とした声であやめは宣告を突き付けた。

 

 

——だが、それに応じて姿を現したのは湖面から放たれた無数の矢。

 

 

飛来する矢じりを見て、あやめは鼻を鳴らす。

そして、まるで優美な舞でも見せつけるように、くるりくるりと大太刀で切り払いながら湖に歩を進めていく。

 

 

水虎たちが二の矢を番えたところで、あやめは湖岸から水場へと一気に躍り出た。

……だが彼女が湖水に沈むことはない。

操る鬼火を足裏に踏みしめて、青白い火花を散らしながら水上を高速で疾走したのである。

 

 

驚きに目を瞠った魚人たち。

彼らはそのツケを瞬く間に払うことになる。

もはや手にした弓矢は用をなさなかった……なぜなら鬼の少女は刹那の内に間合いをつめ、既に眼前に到達しているのだから。

 

 

ある者は振るわれた大太刀の腹で強かに叩かれ、またある者は鬼の脚力を以て蹴り飛ばされる。

そうして湖岸に伸びた水虎たちを、控えていた組員たちが捕縛していったのである。

 

 

だが、魚人たちとて剛の者、即座に弓を手放して刀を抜き放った。

 

 

振り上げられた無数の白刃による歓迎すら、あやめは一顧だにすることもない。

剣光の綾をまるでステップの定まった踊りかのようにいなし、艶やかに流れる長髪にすら掠らせない。

 

 

そして刀を閃かせ、一人また一人と打倒しながら、青白い鬼火の軌跡を引いて戦場を駆けていくのであった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

水虎の戦士たちを打ち負かして湖岸に戻ったあやめは、研ぎ澄まされた闘気に振り向いた。

現れたのは刀を構える一人の水虎。

見上げるばかりの体躯を誇り、鬼でもここまでの偉丈夫はいまいと思わせる。

彼こそは当代の蛟《みずち》、それは水虎の中でも武を鍛え上げた最尤《さいゆう》の士に贈られる名であった。

 

 

本来であれば一族の暴挙を留める立場に彼はあり、それだけの実力をもっていた。

だが、武の道を極めんと志した者の業であろうか、蛟みずちはただ鬼神と呼ばれる強者と刃を交えることを求めていたのであった。

 

 

「鬼神殿とお見受けする、尋常に勝負されたし!」

大気を震わせる野太い声に、あやめは無言で大太刀を右に持ち、左で背のもう一刀を抜き放った。

 

 

鬼の少女は、刃の切っ先を下げたまま、まるで鳥が翼を広げるかのように二刀を掲げた。

それは武を長じる蛟《みずち》にとってさえ、皆目読めない構えであった。

だが、それゆえに彼は心を躍らせて、剛剣を以て打ち込んだのである。

 

 

超高速の剣げきの応酬。

それはもはや百鬼組の鬼たちの目をしても十全に捉えることはできなかった。

 

 

ただ刃と刃が打ち合うだけで、その余波が木々を揺らし、踏みしめた足が地を穿つ。

これほどの立ち合いがあるのだろうかと、組員たちは驚愕に息を呑んで見守っていた。

 

 

幾度目かの踏み込みを阻まれて、水虎の猛者は歯噛みした。

鬼神の少女が右手一つで縦横無尽に振るう大太刀は変則的な軌道を繰り返し、想定外の剣閃を浴びせかけてくるのである。鋼にも匹敵すると自負していた鱗は、既にいくつも切り飛ばされて血が滴っている。

 

 

そして連撃の合間に見せる僅かな隙、そこに狙いを定めると今度は左の太刀が待ち構えている。

いかなる研鑽がこの流麗かつ奇抜な剣技を可能にするのであろうか、と蛟は巡り合えた難敵に血を滾らせた。

だがそれはあやめとて同じであった、相手が果てなき鍛錬のもとに至った強者であることを確信していたのである。

 

 

幾合もの打ち合いが繰り返され、そして——

裂ぱくの気合とともに振り下ろされた蛟の剛剣が戦況を覆した。

 

 

あやめの左の太刀を弾き飛ばしたのである。鬼の少女は驚いたように飛び退り、大太刀を両の手で低く構え直そうとする。

 

 

この好機に勝負を決せんと蛟《みずち》は踏み込んだ。

幾重もの魚人の鋭い剣げきが、かろうじて攻め手をいなし続ける鬼神の少女を横へ後ろへと退かせていく。

 

 

誰の目から見ても勝敗は傾きつつあった。

 

 

そして、もはや迎撃を諦めたかのように動かない少女の大太刀、それこそが逆に蛟に警鐘を鳴らした。

鬼の少女は剣を握る腕はそのままに、足下の砂利を蹴り上げたのである。

 

 

——否、宙に跳ね上がったのは砂利だけでなく、先に蛟《みずち》が弾いた太刀。

予《あらかじ》めあやめは一刀を捨て、その位置に身を置くべく立ち回り、その鬼謀によって魚人の猛者の虚を突いたのであった。

 

 

失策に気づいた時には、水虎はもう刀を構え直す隙も無く勝機を完全に逸していた。

あやめは宙に浮いた太刀を掴み取り、その巨躯を逆袈裟に切り上げたのである。

 

 

 

× × ×

 

 

 

鬼の少女は刀を仕舞い、組の衆に運ばれていく難敵を見送っていた。

その時、茂みの奥から赤子の泣き声が上がったのである。

 

 

あやめの血色の瞳が、声の出どころを捉えた。

恐怖に泣きわめく水虎の幼子ら。

それを女たちが必死に覆隠そうとしているのである。

 

 

その場にいる組員たちは、複雑そうな表情を露にしてしまう。

掟破りには一族全てが拿捕だほされるからである。人界に害を為さんとすることは、幽世と現世、両世界を守るための取り決めに照らすとそれほど重罪。そうでもしなければ抑止にならない。

 

 

とはいえ、無垢な幼子を捕らえることに、どれほどの意味があるのか定かでないこともまた確かであった。

組員たちは若頭の判断を仰ぐように、無言であやめに視線を集めた。

 

 

あやめは残された魚人たちに背を向け、いつもの台詞を呟いた。

「余、何も聞いとらんかった」

 

 

 

 

【後日譚】

「そういえば、あやめちゃん。里帰りでは何してたの?」

湯呑から口を離した鷹嶺ルイは、机の向かいで和菓子を上機嫌に頬張るあやめに訊ねたのである。

すると鬼の少女は、いつもの如く間の抜けた様子で虚空に視線を漂わせはじめた。

 

 

あやめは先の妖怪退治を思い起こしていたのである。

結果として残ったのは、魚人の幼い子供らを救ってやった事実である。魚に例えるなら小魚だろうかと、と考えていたところで不意に口をついて出たのが——

 

 

「……うーん、金魚すくいかな」

「き、金魚すくい⁉」

てっきり百鬼家の話が聞けると思っていたルイは、予想外な答えに聞き返してしまったのであった。

 

 

 

 




(今回と関係する話)
鷹嶺ルイの曲者対処 https://syosetu.org/novel/401404/4.html
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