アルファ、ベータ、エミリアを迎え入れてから蓮夜は、ここ二ヶ月ほどは仕事を多少こなすのみで、あとは彼女たちのリハビリなどに付き合って交流を深めていた。
アルファ、エミリアは意外とすぐに打ち解けられたが、ベータは最初蓮夜に対しても警戒していた。
しかし、蓮夜がベータに本を読み聞かせていると、しだいに心を許してくれるようになっていった。
エルフの隠れ里にはまずない人間界の本は、文学系少女の気質があったベータの心を氷解させたようだ。
いまでは暇さえあればベータは、蓮夜のことを見ている。
それ以外にもアルファとベータにエミリアを会わせたが、三人ともエルフの血筋とあってすぐに打ち解けていた。
いまでは三人で仲良くリハビリをしているくらいだ。
そのリハビリも順調で三人とも日常生活は、問題なく送れるようになっていた。
それは肉体面はもちろん、座学として学んだ基本的な知識などについてもだった。
たまにエミリアが古臭い言葉を使うのが不思議だが、長耳さえ隠せば三人とも人間界でま普通に暮らしていけるだろう。
わずか二ヶ月ほどでそれを可能としたのは、三人が優秀だからだがそれだけではない。
アルファも、ベータも、エミリアも、蓮夜の役に立ちたいという想いから努力を重ねていたからだ。
そうして三人にしばらく付き合っているうちに人間界は、夏──七月を迎えていた。
そこへ急遽蓮夜は、父メフィスト・フェレスに呼び出され、『灰色の魔術師』の協会に顔を出していた。
「──さて、蓮ちゃん。忙しいところ悪いね。今日は久しぶりにお仕事を請けてもらいたい」
そう言ってメフィストが手渡してきた資料は、二ヶ月ほど前に蓮夜が見た人間界のニュース──陵空高校の修学旅行生が乗っていた豪華客船の沈没事故についてのことが記載されていた。
二ヶ月前は、偶然修学旅行に参加できなかった者たちは連日マスコミに追われ事件の渦中にいたようだが、すでにだいぶ落ち着いているらしい。
そして、二ヶ月を経てもいまだに生存者はおろか、彼らの遺体や遺留品すら見つかっていない。
真っ二つに折れてしまった船体は、片側は海底に深く沈み、もう半分は捜索を続けられるも回収されたのは数名の教師の遺体と、乗り合わせていた乗員の遺体のみだ。
捜索した範囲では、生徒の遺体はまったく出てこなかった。
海底に沈んだほうに残っているのかもしれないとサルベージが進められたが、予想以上の難所に沈んでおり、引き上げは困難を極めていた。
現在も回収の目処が立っていない。
ネットや雑誌などでは、沈没事故に対してさまざまなな説が唱えられ、なかにはゴシップめいた話も飛び交っていた。
だが、その胡散臭い説のなかに真実に近いものがあるとは、よもや夢にも思うまい。
いまでへただ徒らに時間だけが流れ、日本人は話題に飽きやすい。
事件になんの進展もなく、一ヶ月が過ぎた頃には政治家の汚職問題のほうが大きく報道され、沈没事故のニュースは徐々に小さく扱われていった。
生徒たちの遺族が、不思議と騒がなかったせいかもしれない。
当初は声を荒げていたものの、そのうち諦めたのか少しずつ表には顔を出さなくなっていった。
生き残った生徒たちはバラバラに散らばり、少しずつ新しい生活に慣れようとしていた。
しかし、それだけならばメフィストが蓮夜に話を持ってくるわけがない。
「どうやらその事故、人為的なものみたいでね」
「……確か『空蟬機関』だったか」
「そのとおり。彼らは日本の五大宗家のはみ出し者の集まりなんだが、復讐のために四凶を狙って起こした事故に見せかけた襲撃のようだ」
メフィストの話は、蓮夜にも覚えがあることだった。
二ヶ月以上前に調べて少なからず知っていたことだ。
結果として四凶を宿していた生徒は、全員修学旅行に参加しておらず難を逃れていた。
もちろん、それは偶然などではなく、宿した神器による危険察知によって休まざるを得なくされたのだろう。
だが、これだけならば極東の小さな島国で起きた事件でしかなく、蓮夜も半ば忘れていた程度のことだ。
それこそ五大宗家が解決するべき事案だろう。
だからこそまだ何かあると蓮夜は察していた。
「──つまり、こちら側にも関係あると?」
「うん、そうなんだ。──『オズ』が関わっている」
メフィストがその名を口にした。
──『オズ』。
それは人間界でも誰もが名を聞いたことはあるであろう、オズの魔法使いのモデルになったものだ。
元を糺せば過去に『灰色の魔術師』が内部分裂を起こし、分かたれた集団である。
次元の狭間の一部に『エメラルドの都』という領域を作り、『オズ』を筆頭に、代替わりはあれど東西南北の魔女を幹部に据え、無法者の魔法使いも多く集まっている。
そのオズの魔法使いが動きだしたというのだ。
「……目的は?」
「現状は不明だね。けれど、『空蟬機関』と協力しているようだから、ろくなことじゃないだろう」
蓮夜の問いにメフィストは肩を竦めた。
「さらには、堕天使の組織──グリゴリからも裏切り者が出ていて、その者とも協力関係にあるようだ」
「堕天使も……そいつは?」
「サタナエル。グリゴリの幹部だった男さ」
空蟬機関、オズの魔法使い、サタナエル、いよいよきな臭くなってきていた。
「だが、『オズ』が関わっているのならラヴィニアは? あいつの師匠は、『オズ』の南の魔女だったはず。そこから経由して情報を得られるのでは?」
蓮夜の考えだ。
ラヴィニア・レーニは、協会に彼女が来てからの付き合いで強力な魔法使いであり、神をも滅ぼす具現とまで言われた神器──神滅具を所有する金髪の美少女だ。
そのラヴィニアの師匠が『オズ』の南の魔女であり、彼女の紹介でラヴィニアは『灰色の魔術師』に所属することになったという経緯がある。
南の魔女グリンダは、善い魔女と解釈されており、ラヴィニアを通して協会を得られると蓮夜は考えていた。
「それが南の魔女グリンダは行方知れずなようだ」
メフィストは首を横に振った。
南の魔女グリンダが住まい、ラヴィニアが弟子として過ごした森の奥深くにある居住地は、何者かの襲撃に遭って焼け落ちていたらしい。
「おそらく『オズ』の仕業だろうね。そう考え、彼女らをラヴィニアが追っている」
「ひとりでか? それはまた無茶なことを」
「いちおう、グリゴリとも協力はしているがね」
「あまり信用できないな。関わりすぎて教会に魔女狩りに遭う可能性もある」
ラヴィニアはすでに日本へ発ち、師匠の行方を知っているはずの『オズ』の連中を追っているらしい。
そのことに蓮夜は嘆息する。
堕天使は信用しづらいうえに神滅具所有者は、監視対象でもある。
そのうえ魔法も使うラヴィニアは、教会からしたら魔女狩りの対象になりかねず、ついでに狩られる可能性もあった。
「なら、俺も行こう」
ラヴィニアが気になる蓮夜は、そう言って請け負った。
「ありがとう。すまないね。いろいろ忙しいなかで」
「かまわないさ。これも俺の仕事だ」
「けれど、蓮ちゃんも気をつけるんだよ? ラヴィニアちゃんだけでなく、最強の神滅具を持っている蓮ちゃんもまた彼らには監視対象だ。ましてや半分とはいえ僕の血を引くキミは、教会にとって許しがたい存在だろうからね」
「悪魔祓いに遭わないようにはするさ」
聖遺物のひとつにカウントされる最強の槍、それを手にしているのが混血悪魔の蓮夜というのは、教会の者たちからすれば許せないことなのだろう。
蓮夜はメフィストの忠告に頷き、監視も悪魔祓いにも気をつけるよう心がけ、いくつかの情報を共有したあと、協会をあとにした。
こうして準備が整いしだい、蓮夜もラヴィニアを追って日本へと発つことが決まったのだ。
母の故郷でもある日本の地で、黒崎蓮夜の戦いは、本格化していく。
のちに数多の魑魅魍魎、悪鬼羅刹、英雄勇者、神仏すらも相手取ることになっていく次代の覇王がもたらすものとは……。
〜完〜
というわけで完結となります!短い間でしたがありがとうございました!
本編はまだまだ続くのでそちらのほうもぜひ目を通していただければと思います。
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