緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第9話:未来からの警鐘

轟音が止やみ、奈落宮に静寂が戻った。

 

平坦に均ならされた地面には、白目を剥いて気絶した餓狼騎士団の5人が転がっていた。

彼らは何もできなかった。ウェンディが地形を変え、放った一撃の余波だけで、王国最強の処刑人たちは文字通り「掃除」されたのだ。

 

「……すげえ。一瞬かよ」

 

ナツが呆然と呟く。

ミラジェーンも、ルーシィも、言葉を失っていた。双竜戦で見せた対人戦の強さとはまた違う、地形そのものを支配する規格外の魔法。

「ば、化け物だ……」

アルカディオスが震える声で漏らす。味方であるはずの少女から感じる底知れぬ畏怖に、傷の痛みも忘れて後ずさった。

 

当のウェンディは、乱れたローブの裾をパンパンと払い、冷徹に告げた。

「障害排除完了。……行きましょう、出口はあちらです」

彼女は何事もなかったかのように先頭に立って歩き出す。

その背中は、以前よりも少しだけ遠く、冷たく見えた。

 

ウェンディの案内で、一行は奈落宮の出口と思われる巨大な扉の前までたどり着いた。

だが、そこには予期せぬ先客がいた。

「あそこに、誰か倒れてるよ!」

ハッピーが指差す。

扉の前でうずくまるように倒れていたのは、フードを被った女性だった。

ナツたちが駆け寄ると、女性はうっすらと目を開けた。その顔を見て、全員が息を呑む。

 

「え……嘘でしょ……?」

ルーシィが自分の顔を触りながら後ずさる。

そこにいたのは、ボロボロの服を着た、もう一人の「ルーシィ」だった。

「私が……二人……?」

混乱する一同に、未来から来たというルーシィは、涙ながらに真実を語り始めた。

エクリプスの扉は、400年前の世界と繋がり、そこから一万ものドラゴンがこの時代に押し寄せてくること。

そして、彼女のいた未来では、国も、ギルドも、大切な仲間たちも、全てがドラゴンの炎に焼き尽くされてしまったこと。

 

「みんな……死んじゃったの。ナツも、グレイも、エルザも……みんな……」

 

未来ルーシィの慟哭が、冷たい石壁に反響する。

あまりに絶望的な未来に、ナツたちは言葉を失い、拳を握りしめるしかできない。

その話を聞いていたウェンディは、一歩引いた場所で、フードを目深に被ったまま壁に寄りかかっていた。

表情は見えない。だが、その内側では、凍てついた心が激しい音を立ててひび割れていた。

 

(全部、焼かれる……?)

 

脳裏にフラッシュバックする、天狼島の記憶。

空を覆い尽くす黒い翼。何もできずに吹き飛ばされた無力感。

そして、この7年間、西の大陸で見てきた数多の戦場と死。

 

(させない)

 

ウェンディの中で、冷たい怒りの炎が青白く燃え上がる。

師匠アイリーンは言った。「感情はノイズだ」と。

だが、今のこの感情はノイズではない。戦うための、殺すための燃料だ。

(もう二度と、私の前で家族(ファミリー)を奪わせたりしない)

その時だった。

地下空間の影が、不気味に蠢(うごめ)いた。

 

「――やはり、ここに来ていたか」

 

足元の影から音もなく現れた男。

未来から来たもう一人のドラゴンスレイヤー、ローグ・チェーニ。

彼の半身は影に染まり、その瞳は冷酷な光を宿していた。

「貴様だな、ルーシィ・ハートフィリア。貴様がエクリプスの扉を閉めたせいで、未来は変わらなかった」

「え……?」

「貴様が存在する限り、歴史は修正される。――死ね」

未来ローグは問答無用で腕を振るった。

生成された鋭利な影の刃が、現代のルーシィの心臓めがけて射出される。

 

殺意の刃が飛ぶ。

反応できたのは、ナツでも、アルカディオスでもない。

未来を知る、未来ルーシィだけだった。

「だめぇぇぇっ!!」

彼女は現代の自分を守るため、その刃の前に飛び出した。

本来ならば、ここで彼女は胸を貫かれ、命を落とすはずだった。

 

――しかし。

この世界には、歴史の特異点たる「緋色の風」が吹いていた。

ガィィィンッ!!!!

硬質な音が、地下に響き渡る。

血飛沫は上がらなかった。誰も死ななかった。

未来ルーシィの目の前、死の刃を「素手」で掴み止めている少女の姿があった。

「え……?」

未来ルーシィが呆然と呟く。

未来ローグが目を見開く。「何……!?」

 

ウェンディだった。

彼女は、アイリーン直伝の『物理耐性付加(エンチャント・アーマー)』と『強度強化』を多重掛けした左手で、必殺の影の刃を握り潰していた。

「……計算外の行動ですね」

ウェンディは、淡々と告げた。

「過去改変のために殺人を犯すなど、リスクが高すぎる。……非効率です」

 

パリン。

ウェンディが力を込めると、影の刃はガラス細工のように砕け散った。

「貴様……ウェンディ・マーベルか? 私の知っている歴史では、貴様はもっと脆弱な存在だったはずだが!」

「未来は変わるものです。……貴方が変えようとしなくても、私が変えます」

 

ウェンディはフードを払った。

露わになった瞳は、未来の絶望を知る男よりも深く、冷たく沈んでいた。

「一つ、教えてあげましょう」

彼女は一歩、踏み出す。

ズンッ、と空間が歪み、重力が軋む。

「私の目の前で、私の家族に手を出そうとしたこと。――それが、貴方の敗因です」

ウェンディは右手を掲げる。

莫大な魔力が収束し、地下空間の空気が全て彼女の掌(てのひら)に集まっていく。

(……弱い)

(この程度の敵に、未来の私たちは負けたのですか?)

 

「消えなさい」

 

放たれたのは、圧縮された暴風の塊。

未来ローグは防御の暇もなく吹き飛ばされ、遥か後方の壁に激突して瓦礫の中に埋もれた。

 

静寂が戻る。

誰もが言葉を失っていた。

未来ルーシィは、腰が抜けたように座り込んだ。

「助かった……の? 私……」

「はい。生存を確認」

 

ウェンディは振り返り、事務的に告げた。

だが、ローブの下で、その手が微かに震えているのを、彼女は必死に隠した。

(よかった……間に合った……!)

心の中では、安堵で泣き崩れそうだった。

あと一秒遅ければ、ルーシィさんは死んでいた。また、守れなかったかもしれない。恐怖と安堵がない交ぜになり、吐き気がするほどだった。

 

そんな彼女の肩を、温かい手が掴んだ。

「ウェンディ!」

未来ルーシィが、涙を流して抱きついてきた。

「ありがとう……! ありがとう……! 君が、運命を変えてくれたんだね!」

「……っ」

ウェンディの身体が強張る。

抱きしめ返したい。大丈夫ですよと言ってあげたい。

けれど、やはり身体は動かない。

「……離れてください。戦闘行動に支障が出ます」

冷たい言葉。

けれど、未来ルーシィは首を横に振った。

「ううん、わかるよ。……君も、辛かったんだね」

未来から来た彼女には、わかったのかもしれない。

過酷な時間を過ごした者の匂いが、自分と同じだから。

 

その時。

ズズズズズ……と、地響きと共に王宮全体が揺れた。

地上の方角から、禍々しい魔力の波動が伝わってくる。

「まさか……扉が、開いたのか!?」

アルカディオスが叫ぶ。

ウェンディは天井の彼方を見据えた。

ついに来た。

あの日、私から全てを奪った種族。

 

「……行きます」

ウェンディは誰に言うともなく呟いた。

「『竜の王(アクノロギア)』への手土産に、まずは7頭……狩り尽くしてきます」

 

その背中から立ち昇る魔力は、もはや妖精の輝きではない。

緋色の絶望すら飲み込む、復讐の風だった。




次回、「第10話:絶望の空、緋色の風」。
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