緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第11話:七匹の竜を越えて

クロッカスの街は、淡い光のドームに包まれていた。

 

ウェンディが展開した『聖なる天空(ミルキーウェイ)・全域防護(サンクチュアリ)』。

その効果は絶大だった。

 

「体が……軽いぞ!?」

瓦礫の中で小型竜と戦っていたグレイが、自らの両手を見て驚愕する。

枯渇しかけていた魔力が溢れ出し、傷が塞がっていく。

「なんだこの強化魔法(バフ)は……。まさか、ウェンディか?」

 

別の場所では、エルザが剣を振るっていた。

「すごい……。身体能力が倍増している。これなら行ける!」

彼女の一撃は小型竜の硬い皮膚を容易く切り裂いた。

 

街中の魔導士たちが息を吹き返す。

死の淵にあった絶望的な戦況が、たった一人の少女の魔法によって「勝てる戦い」へと書き換えられていく。

 

その中心で、ウェンディは杖を地面に突き刺し、膝をついていた。

 

「……ぐッ」

大量の脂汗が頬を伝う。

数千人規模への多重付加(マルチ・エンチャント)。しかも、防御、治癒、能力強化を同時に維持し続ける魔力消費量は、常軌を逸していた。

師匠アイリーンならば涼しい顔でこなすかもしれないが、まだ人間の域にあるウェンディには負荷が大きすぎる。

(計算外……。維持コストが、想定の3倍……)

視界が霞む。肺が焼けるようだ。

効率を考えれば、即座に解除すべきだ。

だが、彼女は決して魔法を解かなかった。

 

(絶対に、死なせない)

(私の家族を。この街の人たちを。もう二度と、私の前で!)

ギリリ、と歯が砕けそうなほど食いしばる。

その時、上空で爆音が響いた。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

ナツの声だ。

彼は炎の雷(モード雷炎竜)を纏い、翡翠の竜ジルコニスを踏み台にして、空の彼方へ跳躍しようとしていた。

目指すは、全てを終わらせるための標的――「エクリプスの扉」。

そして、その前にはダイヤモンドの体を持つ巨大竜・マザーグレアが立ちはだかっている。

「ナツさん……!」

ウェンディは直感した。

ナツさんの火力なら、扉を破壊できる。

けれど、マザーグレアの迎撃を突破し、あの高さまで届くには「推力」が足りない。

 

(私が……届けなきゃ)

ウェンディは震える足で立ち上がった。

維持している広域結界に加え、さらに別の術式を構築する。脳血管が切れそうなほどの集中力。

「……座標固定。対象、ナツ・ドラグニル」

彼女は杖をナツへ向けた。

風が渦を巻く。重力が反転する。

「ナツさん! そのまま飛んでください!」

ウェンディの声が、風に乗ってナツの耳に届く。

「私が『弾道』を作ります!」

ナツがニッと笑ったのが見えた。

「おう! 頼むぜウェンディ!」

全幅の信頼。

ウェンディは、残りの魔力を全て右手に集約させた。

「『空域付加(エンチャント・スカイ)・超加速(スーパー・バーニア)』!」

「『重力操作・ゼロ』!」

 

ドォォォォンッ!!!

 

ナツの背後に、爆発的な気流が発生した。

重力が消え、空気抵抗がゼロになり、さらに追い風が彼を音速の彼方へと押し出す。

ナツは一瞬で赤い流星となり、マザーグレアの防壁ごと空を貫いた。

「行けええええええええッ!!」

ウェンディの叫びと同時に、ナツの拳がエクリプスの扉に突き刺さる。

そして――。

 

カッッッ!!!!

 

世界が白く染まった。

扉が粉々に砕け散る。

時空の歪みが修正され、この時代に存在してはならないものたちが、強制的に元の時代へと送還されていく。

空を覆っていた7頭のドラゴンが、光の粒子となって消えていく。

小型竜たちも、マザーグレアも。

そして、地上にいた未来ローグと、ナツたちを見守っていた未来ルーシィも。

「……ありがとう」

光の中で、未来ルーシィが微笑んだ気がした。

ウェンディは、崩れ落ちそうになる体を杖で支え、その光景を見上げていた。

 

「……任務、完了」

 

糸が切れたように力が抜ける。

広域結界が解け、淡い光が消えていく。

それと入れ替わるように、街中に勝利の歓声が爆発した。

 

「勝ったぞオオオオオッ!!」

「ドラゴンが消えた!」

「俺たちは生き残ったんだ!」

 

魔導士たちが抱き合い、涙を流して喜び合う。

その喧騒の中、ウェンディは一人、荒い息を整えていた。

誰にも称賛されなくていい。

ただ、誰も死ななかった。それだけで十分だった。

(よかった……)

安堵で、膝が震える。

その時。

 

「ウェンディーーッ!!」

ドサッ!

空から降ってきたナツとハッピーが、勢いよくウェンディの目の前に着地した。

いや、着地というより墜落に近い。

「いってて……。へへっ、やったなウェンディ!」

ナツは煤(すす)だらけの顔で、満面の笑みを向けた。

「お前の風、最高だったぞ! 背中押された時、すっげー力が湧いてきた!」

 

「……ナツさん」

ウェンディは呆れたようにため息をついた。

「無茶苦茶です。着地計算が雑すぎます。死にますよ?」

「死なねーよ! お前がいるもんな!」

根拠のない自信。

けれど、その言葉はウェンディの胸に温かく響いた。

そこへ、グレイやエルザ、ルーシィ、そしてシャルルも駆け寄ってくる。

 

「ウェンディ! すごいわ、あの結界魔法!」

「お前のおかげで助かったぜ」

「ウェンディ……!」

みんなが、ウェンディを囲む。

かつてのように「守られる子供」としてではなく、「共に戦った英雄」として。

シャルルが涙目で飛びついてくる。今度は、ウェンディは拒絶しなかった。

まだ抱きしめ返すことはできなかったけれど、そっと肩に乗せることはできた。

 

「……作戦成功ですね」

ウェンディは、極力表情を崩さないように努めながら言った。

 

「皆さん、お疲れ様でした」

 

その言葉は事務的だったが、声色は以前のような氷点下の冷たさではなかった。

朝焼けが、クロッカスの街を照らし始める。

緋色に染まる空の下、ウェンディの孤独な戦いは、ひとまずの終わりを告げたのだった。

 




次回、「第12話:風は、告げずに去りゆく」。
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