緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第12話:風は、告げずに去りゆく

大魔闘演武、最終日。

 

クロッカスの街は、ドラゴン襲来という悪夢を乗り越え、かつてない歓喜に包まれていた。

王宮で開催された祝勝会(パーティー)。

ギルドの垣根を越え、魔導士たちが笑い合い、杯を交わしている。

 

「カンパァァァァイッ!!」

「うおおお! 肉だ肉ぅぅぅ!」

「こらナツ! 行儀悪いわよ!」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のテーブルは、いつものように騒がしい。

ルーシィが笑い、グレイが服を脱ぎ、エルザがケーキに目を輝かせている。

「日常」が戻ってきたのだ。

 

その光景を、ウェンディは王宮のバルコニーから一人、見つめていた。

「……」

 

彼女の手は、手すりを強く握りしめている。

その手は、小刻みに震えていた。

(……足りない)

脳裏に蘇るのは、先ほどのドラゴンの群れとの戦い。

私は、街全体を守る結界を張った。誰も死なせなかった。

けれど、それは「守る」ことで精一杯だった証拠だ。

(あんな下級竜の群れ相手に、魔力を使い果たして膝をついた。ナツさんの火力がなければ、あの扉を壊すことすらできなかった)

 

もし、あれがアクノロギアだったら?

もし、師匠アイリーンが敵に回ったら?

今の私では、間違いなく「守れない」。

ナツさんも、シャルルも、ルーシィさんも、全員殺される。

 

(今のままじゃダメだ。優しさに触れて、甘えて……私の刃は鈍ってしまった)

 

ウェンディは、自身の胸に手を当てた。

そこには、ナツに頭を撫でられた温もりが残っている。

涙が出そうになるほど、愛おしい温もり。

だからこそ、捨てなければならない。

 

「……さようなら」

 

風が吹いた。

バルコニーに、緋色の花弁が舞い散る。

「あれ? ウェンディは?」

宴もたけなわの頃、シャルルがふと気づいて声を上げた。

「さっきまでバルコニーにいたはずだけど……」

「トイレじゃねーか?」

ナツが骨付き肉をかじりながら答える。

だが、一時間経っても、宴が終わっても、ウェンディは戻らなかった。

 

「ウェンディ?」

ルーシィが控室や庭を探し回る。

どこにもいない。

荷物も、杖も、何もかもが消えていた。

ただ一つ、バルコニーの手すりに、ギルドの紋章が刻まれた小さな布切れだけが結び付けられていた。

「嘘……でしょ?」

シャルルがその布切れを握りしめ、顔を蒼白にする。

それは、意思表示だった。

『探さないでください』という、無言の決別。

「あいつ……まさか、一人で……!」

ナツが窓から身を乗り出し、夜の街へ鼻を利かせる。

しかし、匂いは完全に消されていた。

風魔法による痕跡の抹消。追跡を許さない、プロの隠密工作。

 

彼女は去ったのだ。

誰にも別れを告げず、誰にも背中を見せず。

最も過酷な、孤独な道へと。

 

数日後。

西の大陸、アラキタシア。

軍事魔法帝国アルバレスの首都、ヴィスタリオン。

 

乾いた風が吹き荒れる荒野を、一人の少女が歩いていた。

ボロボロのローブ。泥にまみれた靴。

だが、その瞳には、かつてないほど鋭利な光が宿っていた。

彼女が辿り着いたのは、巨大な宮殿の奥深く。

緋色の髪を持つ最強の女魔導士、アイリーン・ベルセリオンの私室だった。

 

「……おや」

 

優雅に茶を楽しんでいたアイリーンが、視線だけで来訪者を見る。

「死に損ないの迷子が、何の用かしら? 確か、懐かしい家族の元へ帰ったはずでしょう?」

皮肉な笑み。

ウェンディは無言で歩み寄り、アイリーンの前で膝をついた。

そして、床に額を擦り付けるように深く頭を下げた。

「……私の家族を守るには...復讐を遂げるには、力が足りませんでした」

 

屈辱に唇を噛み締める。

あんなに帰りたかった場所を、自ら捨ててきた。

あんなに触れたかった温もりを、自ら断ち切った。

全ては、復讐を完遂し、真の意味で彼らを守る「力」を手に入れるため。

「師匠(マザー)。……どうかもう一度、私をご指導ください」

「ふふっ。虫がいい話ね」

 アイリーンは杖でウェンディの顎をしゃくり上げ、冷酷な瞳で覗き込んだ。

 

「一度、ぬるま湯に浸かった刃は脆い。……以前と同じメニューでは、元に戻らないわよ?」

「構いません」

ウェンディは射抜くような視線で返し、断言した。

「地獄でも、何でもいい。……私は、あの方(アクノロギア)を殺すためなら、人であることも辞めます」

 

その瞳の暗さに、アイリーンは初めて愉快そうに口角を上げた。

ゾクリとするような、魔女の笑み。

「いいでしょう。……ならば歓迎するわ、私の愛しき『失敗作』」

 

パチン。

アイリーンが指を鳴らすと、部屋の空気が一変した。

重力が歪み、呼吸すら困難なほどの魔力密度になる。

 

「今日からお前は人間ではない。……ただの『竜の餌』だ」

 

再会の儀式は、ウェンディの全身の骨が重力できしむ音と共に始まった。

ここから始まるのは、以前の7年間すら生ぬるく感じるほどの、本当の地獄。

 

こうして、ウェンディ・マーベルは世界から姿を消した。

次に彼女がその姿を現すのは、悪魔たちが蠢く「冥府の門(タルタロス)」が開く時――。

 




次回、「第13話:竜の餌、人の心」。

次からは、オリジナル話を入れつつ進めます。
ウェンディにも変化が訪れます。
原作ファン並びにウェンディファンの方は閲覧注意でお願いします。
私自身フェアリーテイルが大好きなので決して、原作が嫌いだからこの様な物語を描いてるということはありませんのでご容赦下さい。
原作読んでる頃から、自分の中で膨らんでた妄想を思い切って描いてみているだけです。
引き続き投稿していきますので宜しくお願いします。
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