緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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初めて感想頂きました。ありがとうございます。

書き溜めているものを纏めて投稿していきます。


第13話:竜の餌、人の心

西の大陸、アラキタシア。

アイリーンの居城の地下深くに、その「地獄」はあった。

 

日光の届かない暗闇。

重力は地上の数十倍。呼吸をするだけで肺が焼けつくような高密度の魔力空間。

 

「……ぐ、うぅ……っ」

ウェンディは、冷たい石床に這いつくばっていた。

彼女の身体には、異変が起きていた。

右腕から首筋にかけて、人間の肌ではない、硬質で光沢のある「鱗」が侵食していたのだ。

 

――竜化(ドラゴニフィケーション)の兆候。

本来なら「抗体」を持つドラゴンスレイヤーには起きないはずの現象。

だが、アイリーンによる過剰な魔力注入(エンチャント)と、極限状態での酷使により、彼女の体内の「竜の種」が暴走しかけているのだ。

 

「痛いか? それとも、心地よいか?」

 

闇の奥から、アイリーンの声が響く。

彼女は玉座に座り、苦しむウェンディを無機質な瞳で見下ろしている。

 

「それが『竜の力』だ。人の器から溢れ出した力が、肉体を作り変えようとしている。……お前が望んだ強さの代償よ」

「……はい」

ウェンディは掠れた声で答え、震える足で立ち上がった。

右目の白目が、赤く充血――いや、変色している。

視界が赤い。世界が、獲物とそうでないものに二分されていく感覚。

「まだだ。肉体は竜に近づいたが、心はまだ人のままだ」

アイリーンはつまらなそうに杖を振った。

 

「捨てなさい。迷いを。優しさを。……家族(ギルド)への未練を」

パチン。

指が鳴らされると同時、空間が歪んだ。

ウェンディの目の前に、光が集束し、数人の「人影」が形成される。

 

「ウェンディ! おかえり!」

「遅かったじゃねーか!」

「心配したのよ!」

 

そこにいたのは、ナツ、ルーシィ、シャルル。

そして、グレイやエルザたち「妖精の尻尾(フェアリーテイル)」の仲間たちだった。

彼らは満面の笑みで、ウェンディに手を差し伸べている。

「……幻影(イリュージョン)」

ウェンディが呟く。

「ええ。私の付加術で作った精巧な人形よ。記憶、人格、魔力波長まで完全に再現した」

アイリーンは冷酷に命じた。

 

「殺しなさい」

 

ウェンディの肩が跳ねた。

「……え?」

「聞こえなかった? 全員、殺せと言ったの」

 

仲間たちの幻影が駆け寄ってくる。

「ウェンディ、どうしたんだ?」とナツが心配そうに顔を覗き込む。

「顔色が悪いわよ」とルーシィが手を伸ばす。

その温もりは、あの日の宴で感じたものと同じだった。

 

「できません……!」

ウェンディが叫ぶ。

「偽物だとわかっていても……私には、攻撃なんて……!」

「ならば死ぬか?」

 

ドォォォォンッ!!

アイリーンの杖から衝撃波が放たれ、ウェンディは壁に叩きつけられた。

肋骨が数本折れる音。口から鮮血が噴き出す。

「甘い。あまりにも甘い」

アイリーンが立ち上がり、ウェンディの喉元に杖を突きつける。

「お前が殺せないなら、私が殺しに行くわ。……本物を」

「ッ!?」

「今すぐ大陸を渡り、あのギルドを灰にしてあげましょうか? お前がここで『殺す覚悟』を示せないのなら、お前の覚悟はその程度ということだ」

 

脅しではない。

この「緋色の絶望」は、本気だ。

 

(殺さなきゃ。……ここで、私の心の中で)

 

ウェンディは血の混じった唾を飲み込み、よろめきながら杖を構えた。

目の前には、大好きなナツさんが笑っている。

シャルルが、涙目でこちらを見ている。

(ごめんなさい。ごめんなさい……!)

右手の鱗が疼く。

激痛と共に、莫大な魔力が奔流となって溢れ出す。

 

「……『天竜の……咆哮』」

 

放たれたブレスは、ナツの幻影を直撃した。

「うわあああああああっ!!」

断末魔。肉が焦げる音。

あまりにもリアルな「死」の描写。

 

「やめてぇぇぇぇぇッ!!」

ウェンディは泣き叫びながら、それでも魔法を止めなかった。

ルーシィを、グレイを、エルザを。

次々と風の刃で切り裂き、重力で押し潰していく。

シャルルの幻影が、最後に残った。

「ウェンディ……どうして……?」

怯える相棒。一番大切な存在。

「うぅ……あぁぁ……っ!」

ウェンディの目から、涙が溢れる。

だが、その涙は頬を伝う途中で蒸発した。体温が、異常に上昇しているのだ。

 

彼女は震える手で、シャルルの幻影の首に手をかけた。

「……さよなら、シャルル」

バキッ。

乾いた音が響き、幻影は光の粒子となって消滅した。

 

静寂が戻る。

そこには、ただ一人、返り血(幻影の魔力残滓)を浴びて立ち尽くす少女がいた。

 

「……合格よ」

 

アイリーンが満足げに頷いた。

ウェンディはゆっくりと振り返る。

その瞳からは、ハイライトが完全に消え失せていた。

涙も枯れ果てた。

表情筋は死滅したかのように動かない。

そして、彼女の身体の半分は、すでにどす黒い鱗に覆われ始めていた。

 

「師匠(マザー)」

ウェンディの声は、金属を擦り合わせたような異質な響きを帯びていた。

 

「次は、誰を殺せばいいですか? ……アクノロギアですか?」

 

もはや、そこには「妖精の尻尾」の魔導士はいなかった。

愛する者を守るために、愛する心を殺した、哀しき竜の幼生(ドラゴン・ベビー)。

 

アイリーンは微笑み、その鱗に覆われた頬を撫でた。

「ええ。じきにその時が来るわ。……それまでは眠りなさい、私の可愛い『絶望』」

 

ウェンディは糸が切れたように倒れ込む。

その意識の底で、彼女は何度も何度も、仲間を殺す悪夢を見続けることになる。

いつか来る「冥府の門(タルタロス)」との戦いまで。

彼女の人間性が、摩耗し尽くされるまで。

 




次回、「第14話:冥府への目覚め」。
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