緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第15話:堕ちた妖精、緋色の咆哮

冥府の門(タルタロス)の本拠地、冥界島(キューブ)。

上空を浮遊するこの巨大な立方体の中は、まさに地獄の戦場と化していた。

 

「くそっ! キリがねえぞ!」

ナツが炎を纏った拳で、襲い来る兵隊悪魔たちを殴り飛ばす。

隣にはルーシィとハッピー。

彼らは、フェイスの発動を止めるため、そして捕らわれたミラジェーンたちを救出するために島内を疾走していた。

 

「ナツ! 奥からもっと強いのが来るわよ!」

ルーシィが叫ぶ。

通路の奥から、九鬼門の一角、フランマルスが現れた。

「ゲヒャヒャ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魂は美味そうだなぁ~! 俺様の呪法で骨の髄まで吸い尽くしてやるよォ!」

 

「上等だ! 燃やしてやる!」

ナツが突っ込もうとした、その時だった。

 

ズズズズズズズッ……!!

 

冥界島全体が悲鳴を上げた。

地震ではない。上空から何かが、圧倒的な質量と速度で激突した衝撃だ。

 

「な、なんだァ!? 天井が……!」

フランマルスが上を見上げる。

次の瞬間、分厚い岩盤が紙のように砕け散り、紅蓮の光と共に「それ」は降ってきた。

 

ドォォォォォォォンッ!!!!!

 

通路の中央に隕石が落ちたような轟音が響く。

爆風でナツたちもフランマルスも吹き飛ばされ、壁に激突した。

「いってて……何だよ今の……!」

ナツが瓦礫を押しのけて起き上がる。

もうもうと立ち込める粉塵の中、一つの影がゆらりと立ち上がった。

禍々しい、赤黒い魔力のオーラを纏った影。

 

「……現在位置、冥界島深部。フェイス反応、および多数の敵性生体反応を確認」

機械のような声。

しかし、その声色に、ハッピーが耳を疑った。

「え……この声……まさか……」

 

煙が晴れる。

そこにいたのは、ボロボロの緋色のローブを纏い、背中から不格好な「竜の翼」を生やした少女だった。

右半身はどす黒い鱗に侵食され、異形の腕となっている。

 

「ウェンディ……なのか?」

ナツが呆然と呟く。

姿形は変わってしまった。だが、その匂いは間違いなくウェンディのものだった。

ただし、かつての「陽だまりのような匂い」ではない。

腐った血と、乾いた絶望の匂いが混じり合った、最悪の匂い。

 

「ウェンディ! 生きてたんだな!」

それでも、ナツは仲間が生きていた喜びに顔を輝かせ、駆け寄ろうとした。

「心配したんだぞ! どこ行ってたんだよ!」

ルーシィも涙ぐんで声をかける。

「ウェンディ! よかった……助けに来てくれたのね!」

 

だが。

ウェンディは、駆け寄るナツたちを見ても、眉一つ動かさなかった。

その赤い右目が、ギョロリとナツを捉える。

HUD(ヘッドアップディスプレイ)のように、視界に情報が流れる。

<対象:魔導士ナツ・ドラグニル>

<所属:妖精の尻尾>

<指令:フェイス破壊の障害となる者は全て排除せよ>

 

「……障害物(オブスタクル)検知」

 

ウェンディの口から漏れたのは、再会の喜びではなかった。

 

「排除行動に移ります」

 

ヒュンッ。

ナツの本能が警鐘を鳴らした。

「避けろ」と。

 

「え?」

ナツが足を止めた瞬間、ウェンディの右腕――鱗に覆われた剛腕が振るわれた。

触れてもいないのに、衝撃波だけでナツの体が弾き飛ばされる。

「がはっ!?」

壁にめり込むナツ。

「ナツ!」

「ウェンディ!? 何するのよ!」

ルーシィが悲鳴を上げる。

 

ウェンディは無表情のまま、次はフランマルスの方を向いた。

「ゲッ……なんだテメェは! 味方割れかァ? ゲヒャヒャ! 隙だらけだぜェ!」

フランマルスが伸びる腕でウェンディを掴もうとする。

魂を吸収する呪法。触れれば魔力を奪われる。

 

だが、ウェンディは動じない。

「……五月蝿(うるさ)い」

 

パチン。

指を鳴らす。

『空域付加(エンチャント・スカイ)・大気圧縮』。

 

バチュンッ!!

フランマルスの周囲の空間が、一瞬でプレス機のように潰された。

「ぎゃああああッ!? お、俺様の体がァァァッ!」

球体のように圧縮され、骨も内臓も潰れた肉塊となって地面に転がる。

九鬼門の一角が、魔法一発で無力化された。

 

あまりの光景に、ルーシィは口元を押さえて後ずさる。

「嘘……強すぎる……。でも、様子がおかしいわ……」

「おいウェンディ!」

瓦礫から抜け出したナツが叫ぶ。

「どうしたんだよ! 俺だぞ! ナツだぞ!」

 

ウェンディはゆっくりと振り返った。

その瞳には、光がない。

ナツを「ナツ」として見ていない。「動く標的」としてしか認識していない。

 

「……任務遂行の妨害と認定。殲滅します」

 

彼女が大きく息を吸い込む。

周囲のマナが枯渇するほどの吸引。

ナツは知っている。その構えを。

だが、放たれようとしている魔力は、かつての澄んだ風ではない。毒々しい漆黒の嵐だ。

 

「やめろウェンディ!」

 

「『滅竜奥義・照破・黒天穿(しょうは・こくてんせん)』」

 

ゴオオオオオオオオオオッ!!!!!

黒い暴風のレーザーが放たれた。

ナツはとっさに腕をクロスさせ、全魔力で防御障壁を展開する。

「ぐうぅぅぅぅぅぅっ!!!!」

 

重い。熱い。痛い。

防御の上からでも骨がきしむ威力。そして何より、心が痛い。

妹分だったはずのウェンディが、本気で自分を殺そうとしている事実が。

 

轟音が止むと、通路は半壊し、ナツは膝をついて荒い息を吐いていた。

ウェンディは、仕留め損なったことにわずかに眉をひそめたが、追撃はしなかった。

フェイスの手がかりを感知したからだ。

 

「……非効率。次へ進みます」

 

彼女は興味を失ったように背を向け、翼を広げて奥へと飛び去っていった。

ナツたちの叫びも、涙も、何も届かないまま。

 

「待てよ……ウェンディ……ッ!」

ナツが手を伸ばすが、届かない。

残されたのは、破壊された通路と、絶望に打ちひしがれた仲間たちだけだった。

 

最悪の再会。

堕ちた妖精は、冥府の門よりも深く、暗い闇の中へと消えていった。

 




次回、「第16話:孤独な破壊兵器」。
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