緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第17話:炎竜王、覚醒

冥界島(キューブ)の上空。

世界から魔力が消えゆく中、そこだけは異様な魔力の嵐が吹き荒れていた。

 

「■■■■■■■■■■――ッ!!!!」

 

言葉にならない咆哮。

それは、かつてウェンディ・マーベルと呼ばれた少女の成れの果てだった。

全長十メートルほどの、緋色とドス黒さが入り混じった小型の竜。

アイリーンによって植え付けられた「滅竜の本能」と、フェイスによる抑制解除が、彼女をただの殺戮獣へと変えてしまったのだ。

 

彼女の目の前には、絶望の象徴――黒龍アクノロギアが滞空している。

 

『……小バエが』

 

アクノロギアが不愉快そうに鼻を鳴らす。

人間が無理やり竜化しただけの紛い物。彼の眼には、ウェンディは羽虫程度にしか映らない。

だが、その羽虫は恐れを知らなかった。

 

ヒュンッ!!

ウェンディ竜が、音速を超えてアクノロギアに突撃する。

風の牙が黒き鱗に突き立つ――が、硬すぎて通らない。

逆にアクノロギアの腕が、無造作に払われる。

 

ドゴォォォォンッ!!

ウェンディ竜は紙屑のように吹き飛ばされ、冥界島の瓦礫に激突した。

普通なら即死の衝撃。だが、彼女は即座に起き上がった。

『高位付加(ハイ・エンチャント)・痛覚遮断』『骨格修復』。自動発動する術式が、壊れた肉体を無理やり動かす。

 

「ア……ガ、アァァァッ!!」

痛みはない。あるのは「竜ヲ殺セ」という強迫観念だけ。

彼女は血を撒き散らしながら、再び空へと舞い戻る。

 

「ウェンディ……やめろ……死んじまう……!」

 

地上でそれを見上げることしかできないナツは、絶望に打ちひしがれていた。

止めたい。空へ飛んで、彼女を抱きしめてやりたい。

だが、フェイスの影響で魔力が枯渇し、体中の力が抜けていく。膝が震え、立ち上がることすらできない。

 

「くそっ……! なんでだよ……! なんでこんなことになっちまったんだよォッ!」

拳で地面を殴りつける。

無力だ。何も守れない。

目の前で、妹分が竜に変わり、最強の竜に殺されようとしているのに。

 

ドクン。

 

その時。

ナツの心臓が、大きく跳ねた。

 

ドクン、ドクン。

全身の血液が沸騰するような熱さ。枯渇したはずの魔力が、体の奥底から無限に湧き上がってくる。

 

(なんだ……? この熱さは……)

 

そして、ナツの脳裏に、懐かしく、力強い声が響いた。

 

『――待たせたな、ナツ』

 

「え……?」

ナツが動きを止める。

その声は、夢にまで見た、あの日突然消えてしまった父の声。

 

「イグ……ニール……?」

『生きることを諦めるな。守りたいものがあるのなら、燃え上がれ』

 

ボォォォォォォォォォッ!!!!!

 

ナツの全身から、太陽のような紅蓮の炎が噴き出した。

冥界島の瓦礫が融解し、周囲の空気が揺らぐ。

ナツ自身ではない。ナツの「中」にいた存在が、世界へ顕現する。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

ナツの絶叫と共に、炎の柱が天を衝いた。

その炎の中から、巨大な翼が広げられ、真紅の鱗を持つ巨竜が姿を現す。

 

「炎竜王、イグニール!!!」

ハッピーが叫ぶ。

 

イグニールはナツを一瞥し、ニカっと笑ったように見えた。

そして、爆発的な加速で空へ駆け上がった。

目指すは黒龍アクノロギア。

 

ドォォォォンッ!!!!

二頭の竜王が激突する。

イグニールの頭突きがアクノロギアを吹き飛ばし、アクノロギアの爪がイグニールの腹を裂く。

神話の再現。天地がひっくり返るような衝撃。

だが、その神々の戦いに、空気を読まない「第三の竜」が突っ込んだ。

 

「グルルルルルッ!!」

 

暴走したウェンディ竜だ。

彼女の認識では、イグニールもまた「排除すべき竜」でしかない。

彼女はアクノロギアの背後から迫ると同時に、イグニールの喉元にも風のブレスを放った。

 

『ぬぅっ!?』

イグニールが驚き、翼でブレスを防ぐ。

わずかな隙。そこをアクノロギアが見逃すはずがない。

黒きブレスがイグニールを襲う。

 

三つ巴。

いや、知性のない狂犬(ウェンディ)が、二大竜王の戦場を引っ掻き回すカオス。

 

『なんだこの小娘は……。グランディーネの気配がするが、魂が壊れておる』

イグニールが、まとわりつくウェンディ竜を尻尾で薙ぎ払う。

手加減はしている。だが、竜の一撃だ。

ウェンディは弾丸のように地上へ叩きつけられる。

「やめろぉぉぉっ!! イグニールっ!!」

ナツが叫ぶ。

「そいつはウェンディだ! 俺たちの仲間なんだよ! 殺さないでくれ!」

 

イグニールは空中からナツを見下ろした。

その瞳は厳しく、悲しい。

 

『ナツよ。……よく聞け』

テレパシーが響く。

『あの娘はもう、半分以上が竜に堕ちている。魔女の術式と、フェイスの暴走……。放置すれば、自らの魔力で自滅するか、アクノロギアに喰われるだけだ』

 

「だったら助けてくれよ! イグニールならできるだろ!?」

「助けるには、フェイスを止め、アクノロギアを退けるしかない。……ナツ、お前に仕事を与える』

 

イグニールは、マルド・ギールが持っている「ENDの書」を指し示した。

『あの書物を奪え。……絶対に開くなよ。奪うだけでいい』

「今はそんなことどうでもいいだろ! ウェンディが……!」

『どうでもよくはない! お前の未来に関わることだ!』

 

イグニールが一喝する。

そして、声を和らげた。

 

『安心しろ。……グランディーネの子だ。死なせはせん。私がアクノロギアを抑えている間に、お前は為すべきことを為せ。……ギルドの仲間として、あの娘の心を呼び戻してやれるのは、私ではない。お前たちだ』

 

その言葉に、ナツはハッとする。

そうだ。俺が泣いてどうする。

ウェンディが心を閉ざしてしまったのなら、それをこじ開けるのは「家族」の役目だ。

 

「……わかった! その本、奪ってくりゃいいんだな!?」

「ああ。報酬は……なんでも好きなものをやろう」

「話だ! ずっとどこ行ってたのか、全部教えろ!」

 

ナツは涙を拭い、燃える瞳でマルド・ギールを睨みつけた。

空では、再びイグニールとアクノロギアが激突し、その隙間を縫うようにウェンディ竜が狂ったように吠えている。

 

「待ってろウェンディ! すぐに正気に戻してやるからな!」

 

ナツが地面を蹴る。

地上ではナツ&グレイ対マルド・ギール。

空ではイグニール対アクノロギア対ウェンディ。

世界を賭けた、最後の乱戦が幕を開けた。

 




次回、「第18話:断ち切られた炎、凍てついた翼」。
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