それから、数ヶ月が過ぎた。
フィオーレ王国は復興の最中にあったが、「妖精の尻尾(フェアリーテイル)」は解散した。
ナツは修行の旅へ出た。グレイも、エルザも、それぞれの道を歩み始めた。
そして、もう一人。
人知れず、宛のない旅を続ける少女がいた。
イシュガル大陸の北端。
年中吹雪が吹き荒れる極寒の地。
ウェンディは、ボロボロのマントを羽織り、雪道を歩いていた。
その瞳は死んだように暗く、ハイライトがない。
右半身の竜の鱗は、さらに侵食が進み、顔の半分を覆っていた。
彼女は、この数ヶ月、誰とも言葉を交わしていない。
ただ、襲い来る魔獣や闇ギルドを、機械的に殲滅する日々。
(死に場所は、どこ……?)
ナツさんに合わせる顔がない。
生きる意味もない。
けれど、イグニールが命を賭して守ってくれたこの命を、自ら絶つことすら「罪」だと感じていた。
死ぬことも許されない。生きることも許されない。
永遠の煉獄。
その時。
吹雪の向こうから、コツ、コツ、と杖の音が響いた。
「……あらあら。随分と無様な姿になったものね」
その声に、ウェンディの足が止まる。
忘れるはずがない。
全ての元凶にして、自分を育て、壊した「母」。
吹雪が割れ、緋色の髪の魔女が姿を現した。
アイリーン・ベルセリオン。
彼女はわざわざ西の大陸から、この極東の地まで足を運んだのだ。
「……アイリーン」
ウェンディが掠れた声で名を呼ぶ。
憎しみすら湧かない。ただ、虚無だけがある。
「ナツ・ドラグニルの父親を殺したそうね。……傑作だわ」
アイリーンは愉快そうに笑った。
「愛する者を守るために力を欲し、その力で愛する者の大切な人を奪う。……まさに『人の不幸』の体現者ね、お前は」
「……殺しに来たのですか? 失敗作を」
ウェンディが問いかける。
それなら、それでいい。この人に殺されるなら、それは罰として相応しい。
だが、アイリーンは首を横に振った。
「いいえ。迎えに来たのよ」
「……え?」
「お前はもう、光の世界には戻れない。ナツ・ドラグニルの隣で笑う資格なんて、とっくに失っている」
アイリーンは歩み寄り、ウェンディの鱗に覆われた頬に、冷たい手を添えた。
その感触は、皮肉にも「母親」のように優しかった。
「孤独でしょう? 寒くて、痛くて、寂しいでしょう?」
「……ッ」
「行き場のない『竜』を受け入れるのは、同じ『竜』だけよ」
アイリーンが手を差し伸べる。
「おいで、ウェンディ。……私の元へ」
「お前が堕ちる地獄の底まで、私が付き合ってあげるわ」
ウェンディは、その手を見つめた。
この手を取れば、二度とナツさんの元へは戻れない。
決定的な決別。完全なる闇堕ち。
けれど、今の自分を受け入れてくれる場所は、世界中でここしかなかった。
「……はい、マザー」
ウェンディは、その手を取った。
涙は出なかった。
吹雪の中に、二人の緋色の影が消えていく。
天空の巫女は死んだ。
ここにいるのは、罪を背負い、母なる絶望と共に歩む、悲しき竜の娘だけ。
物語は、一年後の「アルバレス帝国との最終戦争」へと続く。
次にナツと再会する時、彼女は――。
この話で第一部は完結となります。
次話は、第二部として進めていきます。