緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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本当は挿絵入れたいですけど、絵心が無さ過ぎてとてもじゃないけど出せない。

今回から第二部突入です。


第二部:緋色の揺り籠、偽りの母娘
プロローグ:罪と罰の揺り籠


寒かった。

心も、体も、全てが凍りついていた。

 

西の大陸、アラキタシア。

軍事魔法帝国アルバレスへと続く荒野を、ウェンディは歩いていた。

 

前を行くのは、緋色の髪をなびかせる魔女、アイリーン・ベルセリオン。

ウェンディは、自分の両手を見つめる。

そこにはもう、何も残っていないはずなのに、こびりついた「赤」が消えない気がした。

 

――炎竜王イグニールの血。

――私が殺した、ナツさんの父親の命。

 

『お前のせいじゃねえ』

 

ナツの優しい声が、呪いのように耳に張り付いて離れない。

許さないで。優しくしないで。

私は、あなたから一番大切なものを奪った怪物なのに。

 

「……遅いわよ、ウェンディ」

 

アイリーンが立ち止まり、振り返る。

その瞳は冷たく、しかしどこか甘美な光を宿していた。

「寒くて歩けない? ……可哀想に。お前を温めてくれる『家族』は、もういないものね」

「……はい」

ウェンディは掠れた声で答えた。

「私には……帰る場所がありません」

 

「いいえ、あるわ」

アイリーンが手を差し伸べる。

「私が作ってあげる。罪人のお前が、罪人のままで愛される場所を」

 

その手を取った瞬間、ウェンディの運命は決定づけられた。

それは救済ではなく、甘い猛毒への逃避だった。

 

帝都ヴィスタリオン。

アイリーンの私室兼、実験室。

 

そこは、ウェンディにとっての新たな「家」であり、「処刑場」でもあった。

 

「あ、が……あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

絶叫が響き渡る。

ウェンディは魔法陣の中央で、身をよじらせていた。

全身の骨が軋み、筋肉が裂け、皮膚が剥がれ落ちるような激痛。

アイリーンによる『高位付加(ハイ・エンチャント)』の儀式だ。

 

「耐えなさい、ウェンディ。お前の体内の『竜の種』を活性化させているの」

アイリーンは無表情で杖を振るう。

「お前は人間としては失敗作だった。心が脆く、優しすぎる。……だから、肉体ごと作り変えるのよ。私の理想とする『竜』へと」

 

バキバキバキッ……。

ウェンディの右腕から首筋にかけて、漆黒の鱗が侵食していく。

人間の肌が消え、硬質な甲殻へと置換される。

右目の視界が赤く染まり、縦に裂けた瞳孔が形成される。

「痛い……痛いです、マザー……!」

涙を流して訴えるウェンディ。

アイリーンは、その涙を指ですくい取り、舐めた。

 

「痛いでしょうね。でも、その痛みだけが、お前の罪を忘れさせてくれる」

「……ッ」

「考えなさい。イグニールの死に顔を。ナツ・ドラグニルの絶望した顔を。……それに比べれば、肉体の痛みなど救いでしょう?」

 

そうだ。

この痛みがある間だけは、あの罪悪感から逃れられる。

私は罰を受けている。罰を受けている間だけ、私は許されている気がする。

 

「……はい。……もっと、もっとください……罰を」

ウェンディは虚ろな目で懇願した。

アイリーンは満足げに微笑み、さらなる魔力を注ぎ込んだ。

 

「ええ。愛しているわ、私の可愛い娘」

 

数ヶ月後。

ウェンディは、完全に「変貌」していた。

 

ある日、アイリーンはウェンディを連れ、帝国の反乱分子が潜む砦へと向かった。

「殺しなさい、ウェンディ。一人残らず」

命令はシンプルだった。

砦の中には、怯える兵士たちがいた。

「ひ、ひぃぃッ! なんだその姿は!?」

「化け物だ! 撃てッ!」

 

矢や魔法が飛んでくる。

ウェンディは、鱗に覆われた右腕でそれを払い落とした。

かつての彼女なら、ためらっていただろう。

だが今は。

 

(この人たちを殺せば、マザーが褒めてくれる)

(マザーが喜べば、私はここにいていい)

 

思考は短絡的になり、倫理観は麻痺していた。

 

「……排除します」

 

ヒュンッ。

緋色の風が吹いた。

次の瞬間、砦は崩壊し、数百の命が消え去った。

 

血の海の中、ウェンディは立ち尽くしていた。

返り血で赤く染まった手が、震えている。

ふと、足元に転がる兵士の死体が、ナツの姿と重なって見えた。

 

「あ……」

過呼吸になりかける。

私が、また殺した。私は、人殺しだ。

 

その背後から、温かい腕が回された。

アイリーンだ。

「いい子ね、ウェンディ。素晴らしい力よ」

アイリーンは、血まみれのウェンディを抱きしめた。

汚いものを触るようにではなく、宝物を愛でるように。

 

「怖い? 悲しい? ……大丈夫よ。その罪も、業も、全て私が肯定してあげる」

「マザー……」

「お前は私の剣であり、私の盾。お前の行いは全て私の意志。……だから、お前は何も考えなくていいの」

 

甘い囁き。

責任からの解放。思考の放棄。

ウェンディは、アイリーンの胸にすがりつき、子供のように泣きじゃくった。

 

「マザー……マザー……! 私を捨てないで……!」

「ええ。捨てないわ。……お前が『竜』であり続ける限りはね」

 

そして、1年が経った。

 

アルバレス帝国のバルコニーで、ウェンディは東の空を見つめていた。

右半身は完全に竜の鱗に覆われ、背中からは翼が生えている。

その瞳には、もう迷いも、罪悪感も浮かんでいない。

あるのは、アイリーンへの絶対的な依存と、それ以外への無関心。

 

「準備はいいかしら? ウェンディ」

背後からアイリーンが声をかける。

ウェンディは振り返り、深々と頭を下げた。

 

「はい、マザー。……イシュガル侵攻。全ての敵を、風のごとく殲滅します」

 

「ナツ・ドラグニルがいても?」

「……誰ですか? その名は」

 

ウェンディは小首を傾げた。

演技ではない。

彼女は、自分を守るために「心」の一部を切り捨てたのだ。

かつて慕っていた仲間の記憶を、深い氷の底に沈めて。

 

「ふふっ。それでいいわ」

アイリーンは愉悦の笑みを浮かべた。

 

緋色の繭(まゆ)は破られた。

中から出てきたのは、妖精の羽を持つ少女ではなく、血塗られた翼を持つ竜だった。

 

物語はここから、最悪の再会へと繋がる。

断罪の緋が、妖精の空を染め上げる時が来た。

 




次回、「第1話:緋色の姫竜(スカーレット・プリンセス)」
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