X792年。
西の大陸アラキタシア、軍事魔法帝国アルバレス。
首都ヴィスタリオンの皇宮にて、皇帝スプリガン(ゼレフ)の招集により、最強の魔導士集団「スプリガン12(トゥエルブ)」が一堂に会していた。約1名を除き。
魔導王オーガスト、緋色の絶望アイリーン・ベルセリオン、白きドラグニル ラーケイド・ドラグニル、八竜のゴッドセレナ、国崩しのブランディッシュ、冬将軍インベル・ユラ、戦乙女ディマリア・イエスタ、砂漠王アジィール・ラムル、審判者ワール・イーヒト、死神ブラッドマン、暗殺魔法の天才ジェイコブ・レッシオ。
相変わらず、ナインハルトだけが不参加。
世界を滅ぼしうる強者たちが円卓を囲む中、その空気は異様な緊張感に包まれていた。
原因は、円卓の席には着かず、最強の女魔導士アイリーン・ベルセリオンの背後に控える「小柄な影」にあった。
「おいおい、アイリーン。なんだそのガキは?」
アジィルが不躾に指差す。
「ここは12(トゥエルブ)の会議だぜ? 側仕えなんざ下がらせろよ」
その言葉に、アイリーンは優雅に微笑んだまま、手に持っていた杖を軽く床に突いた。
「言葉を慎みなさい、アジィール。……この子は私の『最高傑作』であり、私の『娘』よ」
アイリーンが背後の影に合図を送る。
影がゆっくりと前に歩み出た。
その姿が照明に照らされた瞬間、その場の空気が凍りついた。
「……ッ!?」
ディマリアが思わず眉をひそめる。
ブランディッシュですら、興味なさげな表情を一変させ、目を見開いた。
そこにいたのは、少女の形をした「竜」だった。
かつて愛らしかった顔立ちの右半分は、どす黒く硬質な竜の鱗に完全に覆われている。
右目は人間のそれではなく、爬虫類のように縦に裂けた金色の瞳孔が、禍々しい光を放っていた。
衣服はアイリーンとお揃いの緋色の軍服だが、背中からは一対の竜の翼が突き破るように生え、床には太い尻尾が引きずられている。
一目でわかる。「人ならざる者」であると。
「……紹介しましょう。ウェンディ・ベルセリオン」
アイリーンが誇らしげに告げる。
「私の愛しい、緋色の姫竜(スカーレット・プリンセス)よ」
「ベルセリオン……だと?」
インベルが眼鏡の位置を直しながら鋭く問う。
「まさか、貴女の後継者か? アイリーン」
「いいえ。後継者などという陳腐な枠には収まらないわ」
アイリーンはウェンディの頭を撫でた。鱗に覆われたその頭を、慈しむように。
「この子は、魔導王オーガストと私に並ぶ……いいえ、潜在能力においては我々すら凌駕する『絶望』そのものよ」
「ハッ! 笑わせるな!」
アジィールが立ち上がる。
「見た目が化け物じみてるだけで、オーガストの爺さんやアイリーンと同格だと? 俺様が試してやるよ!」
アジィールが手のひらから砂の嵐を生み出し、ウェンディへと放つ。
手加減なしの魔法。
だが、ウェンディは身じろぎ一つしなかった。
「……マザーへの不敬、および会議の進行妨害と認定」
少女の口から発せられたのは、感情のない、冷徹な機械のような声。
彼女はアジィルを見ることすらせず、ただ指先を少しだけ動かした。
パチン。
音が鳴った瞬間、アジィールの放った砂嵐が、物理法則を無視して「消滅」した。
いや、消滅ではない。砂の一粒一粒にかかっていた運動エネルギーと質量が、完全に「ゼロ」に書き換えられたのだ。
「あ……?」
アジィールが呆気にとられる。
次の瞬間、彼の体が目に見えない重力に押しつぶされ、床に這いつくばらされた。
ドォォォォォンッ!!
皇宮全体が揺れるほどの局所重力。
「ぐ、おォ……ッ!? な、なんだ、この重さは……ッ!?」
「座りなさい。マザーが不快そうです」
ウェンディは冷ややかに見下ろした。
その瞳には、かつての「妖精の尻尾(フェアリーテイル)」で見せた優しさなど欠片もない。
あるのは、絶対的な力を持つ者特有の、弱者への無関心だけ。
「……やめなさい、ウェンディ」
アイリーンがたしなめる。
「はい、マザー」
即座に重力が解除される。
アジィールは咳き込みながら立ち上がったが、もはや軽口を叩く余裕はなかった。冷や汗が止まらない。
(今の魔法……発動の予備動作すら見えなかった。……本物だ。こいつは、ヤバい)
その場にいた12(トゥエルブ)全員が理解した。
この少女は、12の枠外にある「規格外」だと。
魔導王と緋色の絶望に並ぶ、第三の厄災。
会議の後。
アイリーンの私室にて。
ウェンディは、アイリーンの足元に座り込み、その膝に頬を寄せていた。
鱗に覆われた顔を、アイリーンが優しく撫でる。
その光景は、端から見れば美しい母娘のようだが、実態はあまりにも歪んでいた。
「よくやったわ、ウェンディ。あの子たちに良い躾(しつけ)になった」
「……お褒めにあずかり光栄です、マザー」
ウェンディはうっとりと目を細める。
竜の瞳が、今は甘える猫のように潤んでいる。
彼女にとって、アイリーンだけが世界の全てだった。
あの日、ナツの父を殺してしまった罪。
ナツの優しさに耐えきれず逃げ出した弱さ。
その全てを、「罪人であるお前には、私しかいない」というアイリーンの言葉が塗りつぶしてくれた。
「イシュガル侵攻が始まるわ。……お前の故郷よ」
アイリーンが試すように囁く。
「懐かしい? 帰りたい?」
ウェンディの体がピクリと震えた。
血に染まった自分の手がフラッシュバックする。
「……いいえ」
ウェンディは首を振った。
「私に帰る場所はここです。」
「そうよ。お前は私の可愛い竜」
アイリーンは満足げに微笑み、ウェンディの額に口づけを落とした。
「お前を人として愛した者たちは、今のその醜い姿を見れば絶望するでしょう。……でも、私だけは違う。その鱗も、牙も、全て愛してあげる」
甘い毒が、ウェンディの心を蝕んでいく。
共依存。
絶対的な支配と被支配。
「行きましょう、ウェンディ。……私の『絶望』を、イシュガルの空に届けておやり」
「はい、マザー。……全ての敵を、殲滅します」
ウェンディが立ち上がる。
その背中で、竜の翼が大きく広げられた。
X792年。
アルバレス帝国の侵攻開始。
その先陣を切るのは、100万の大軍勢でも、スプリガン12でもない。
かつて「天空の巫女」と呼ばれた、哀しき竜の姫君だった。
次回、「第2話:決別の空、再会の風」