マグノリア、妖精の尻尾(フェアリーテイル)新ギルド。
アルバレス帝国の侵攻に備え、全ギルドメンバーが臨戦態勢に入っていた。
「南方ハルジオン方面の通信途絶! 蛇姫の鱗(ラミアスケイル)からの魔力反応、急速に低下しています!」
ウォーレンが悲鳴を上げる。
「全滅……!? まさか、そんな……」
その時。
ドクン。
ギルドにいた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たち――ナツ、ガジル、ラクサスが一斉に空を見上げた。
「……来るぞ」
ナツが低い声で呟く。
「ナツ? 敵なの?」
ルーシィが不安げに問うが、ナツは答えられなかった。
鼻をつくこの匂い。
血と、鉄と、そして微かに残る「風」の香り。
ヒュオオオオオオオ……。
風が凪いだ。
ギルドの上空に、緋色の裂け目が生まれたかのように、一人の少女が音もなく降臨した。
「……あれは……!」
ギルドの外に飛び出したエルザが、空を見上げて絶句する。
グレイも、ジュビアも、言葉を失った。
夕焼けに染まる空を背に、彼女は浮いていた。
緋色の軍服。背中から突き出した巨大な竜の翼。
そして何より、右半身を醜く、しかし美しく覆い尽くす黒い竜の鱗。
「ウェンディ……!」
ハッピーが声を上げる。
そして、誰よりも早く飛び出したのはシャルルだった。
「ウェンディ! 生きていたのね!」
涙を流して空へ舞い上がるシャルル。
1年前、何も告げずに去ってしまった相棒。姿は変わってしまったけれど、きっとわかってくれるはずだ。
「ウェンディ! 私よ、シャルルよ!」
シャルルが手を伸ばす。
しかし、ウェンディの反応は、あまりにも無機質だった。
ギョロリ。
縦に裂けた金色の竜眼だけが動き、シャルルを捉える。
「……対象、エクシード」
ウェンディは呟いた。
そこに懐かしさは微塵もない。まるで路傍の石を見るような目だった。
「マザーの情報(データベース)に該当なし。……雑魚です」
「え……?」
ドォォォンッ!!
ウェンディの翼が一振りされるだけで、暴風が発生する。
「きゃあああああっ!?」
シャルルはハエのように叩き落とされ、地面に激突した。
「シャルル!」
ハッピーが駆け寄る。
シャルルは震えながらウェンディを見上げた。
「嘘……でしょ……? 私のこと、忘れちゃったの……?」
ウェンディはシャルルを一瞥もしなかった。
彼女の視線は、ギルドの魔導士たちを次々とスキャンしていく。
「……照合開始」
彼女の脳裏には、アイリーンから与えられた「敵性リスト」が浮かんでいた。
「ナツ・ドラグニル。グレイ・フルバスター。エルザ・スカーレット……」
名前を読み上げる声は、事務的で平坦だ。
「マザーが警戒していた『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』。……顔と名前は一致しました」
「ウェンディ!」
ナツが前に進み出る。怒りと悲しみが入り混じった声で叫ぶ。
「何やってんだよ! シャルルだぞ! お前の相棒だろ!?」
ウェンディは首を傾げた。
本当に、理解できないという顔で。
「相棒? ……あの白い猫のことですか?」
「そうだ! 思い出せよ! 俺たちのことも!」
「……記憶領域に該当データはありません」
ウェンディは淡々と告げた。
「私の記憶にあるのは、マザーと共に過ごした日々だけ。……あなた達のことは、マザーから『排除すべき敵』と教わりました」
「なっ……」
ナツが絶句する。
覚えていない。
感情を封じたのではない。あの楽しかった日々、苦しかった戦い、家族として過ごした記憶そのものが、深い闇の底に沈められ、消えているのだ。
「そんな……嘘だろ……」
グレイが拳を握りしめる。
「アイリーンの奴……ウェンディの記憶まで奪ったのかよ……!」
「奪われたのではありません。私が捨てたのです」
ウェンディが杖を構える。
周囲に、禍々しい緋色の魔法陣が展開される。
「不要な記憶(ノイズ)は、任務の邪魔になりますから。……マザーの敵は、私の敵。それだけで十分です」
殺気。
純粋培養された、殺戮機械(キリングマシーン)の殺意。
「排除します」
「『天竜の……咆哮』」
ズガァァァァァァァァァッ!!!!!
放たれたのは清浄な風ではない。
全てを腐食させる呪いのブレス。
ギルドへ直撃するコース。
「させねえッ!!」
ナツが炎を纏って飛び出し、ブレスの正面から殴りかかる。
「炎竜王の……崩拳ンンンッ!!」
ドォォォォンッ!!
炎と緋色の風が激突し、凄まじい衝撃波がマグノリアを揺るがす。
ナツの火力で相殺したものの、余波だけで周囲の建物が吹き飛んだ。
「ぐぅッ……! 重てぇ……!」
ナツが地面に着地し、手を振る。
拳が痺れている。
だが、それ以上に心が痛い。
目の前の少女は、俺たちを知らない。ただの「標的」としてしか見ていない。
「解析完了。……ナツ・ドラグニル。炎竜王の息子」
ウェンディが宙に浮いたまま、冷ややかに見下ろす。
「マザーが言っていました。あなたは『火種』だと。……ここで消しておきます」
ウェンディが右手をかざす。
鱗が波打ち、莫大な魔力が収束する。
「来いよ、ウェンディ!!」
ナツは吠えた。
覚えていないなら、思い出させてやる。
身体で、魂で、何度でも。
「俺が……俺たちが、お前の家族だァァァッ!!」
マグノリアの空で、炎と緋色の風が再び激突する。
けれど、その声はウェンディの鼓膜を素通りし、心には届かない。
彼女にあるのは「マザーへの忠誠」という、植え付けられた偽りの記憶だけだった。
次回、「第4話:母と娘、罪と愛」