緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第3話:妖精の空、緋色の影

マグノリア、妖精の尻尾(フェアリーテイル)新ギルド。

アルバレス帝国の侵攻に備え、全ギルドメンバーが臨戦態勢に入っていた。

 

「南方ハルジオン方面の通信途絶! 蛇姫の鱗(ラミアスケイル)からの魔力反応、急速に低下しています!」

ウォーレンが悲鳴を上げる。

「全滅……!? まさか、そんな……」

 

その時。

ドクン。

ギルドにいた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たち――ナツ、ガジル、ラクサスが一斉に空を見上げた。

 

「……来るぞ」

ナツが低い声で呟く。

「ナツ? 敵なの?」

ルーシィが不安げに問うが、ナツは答えられなかった。

鼻をつくこの匂い。

血と、鉄と、そして微かに残る「風」の香り。

 

ヒュオオオオオオオ……。

風が凪いだ。

ギルドの上空に、緋色の裂け目が生まれたかのように、一人の少女が音もなく降臨した。

 

「……あれは……!」

 

ギルドの外に飛び出したエルザが、空を見上げて絶句する。

グレイも、ジュビアも、言葉を失った。

夕焼けに染まる空を背に、彼女は浮いていた。

緋色の軍服。背中から突き出した巨大な竜の翼。

そして何より、右半身を醜く、しかし美しく覆い尽くす黒い竜の鱗。

 

「ウェンディ……!」

ハッピーが声を上げる。

そして、誰よりも早く飛び出したのはシャルルだった。

「ウェンディ! 生きていたのね!」

 

涙を流して空へ舞い上がるシャルル。

1年前、何も告げずに去ってしまった相棒。姿は変わってしまったけれど、きっとわかってくれるはずだ。

 

「ウェンディ! 私よ、シャルルよ!」

 

シャルルが手を伸ばす。

しかし、ウェンディの反応は、あまりにも無機質だった。

 

ギョロリ。

縦に裂けた金色の竜眼だけが動き、シャルルを捉える。

「……対象、エクシード」

 

ウェンディは呟いた。

そこに懐かしさは微塵もない。まるで路傍の石を見るような目だった。

「マザーの情報(データベース)に該当なし。……雑魚です」

「え……?」

 

ドォォォンッ!!

ウェンディの翼が一振りされるだけで、暴風が発生する。

「きゃあああああっ!?」

シャルルはハエのように叩き落とされ、地面に激突した。

 

「シャルル!」

ハッピーが駆け寄る。

シャルルは震えながらウェンディを見上げた。

「嘘……でしょ……? 私のこと、忘れちゃったの……?」

ウェンディはシャルルを一瞥もしなかった。

彼女の視線は、ギルドの魔導士たちを次々とスキャンしていく。

 

「……照合開始」

 

彼女の脳裏には、アイリーンから与えられた「敵性リスト」が浮かんでいた。

「ナツ・ドラグニル。グレイ・フルバスター。エルザ・スカーレット……」

名前を読み上げる声は、事務的で平坦だ。

「マザーが警戒していた『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』。……顔と名前は一致しました」

「ウェンディ!」

ナツが前に進み出る。怒りと悲しみが入り混じった声で叫ぶ。

「何やってんだよ! シャルルだぞ! お前の相棒だろ!?」

 

ウェンディは首を傾げた。

本当に、理解できないという顔で。

 

「相棒? ……あの白い猫のことですか?」

「そうだ! 思い出せよ! 俺たちのことも!」

 

「……記憶領域に該当データはありません」

ウェンディは淡々と告げた。

「私の記憶にあるのは、マザーと共に過ごした日々だけ。……あなた達のことは、マザーから『排除すべき敵』と教わりました」

 

「なっ……」

ナツが絶句する。

覚えていない。

感情を封じたのではない。あの楽しかった日々、苦しかった戦い、家族として過ごした記憶そのものが、深い闇の底に沈められ、消えているのだ。

「そんな……嘘だろ……」

グレイが拳を握りしめる。

「アイリーンの奴……ウェンディの記憶まで奪ったのかよ……!」

 

「奪われたのではありません。私が捨てたのです」

ウェンディが杖を構える。

周囲に、禍々しい緋色の魔法陣が展開される。

「不要な記憶(ノイズ)は、任務の邪魔になりますから。……マザーの敵は、私の敵。それだけで十分です」

 

殺気。

純粋培養された、殺戮機械(キリングマシーン)の殺意。

「排除します」

「『天竜の……咆哮』」

 

ズガァァァァァァァァァッ!!!!!

 

放たれたのは清浄な風ではない。

全てを腐食させる呪いのブレス。

ギルドへ直撃するコース。

 

「させねえッ!!」

ナツが炎を纏って飛び出し、ブレスの正面から殴りかかる。

「炎竜王の……崩拳ンンンッ!!」

 

ドォォォォンッ!!

炎と緋色の風が激突し、凄まじい衝撃波がマグノリアを揺るがす。

ナツの火力で相殺したものの、余波だけで周囲の建物が吹き飛んだ。

 

「ぐぅッ……! 重てぇ……!」

ナツが地面に着地し、手を振る。

拳が痺れている。

だが、それ以上に心が痛い。

目の前の少女は、俺たちを知らない。ただの「標的」としてしか見ていない。

 

「解析完了。……ナツ・ドラグニル。炎竜王の息子」

ウェンディが宙に浮いたまま、冷ややかに見下ろす。

 

「マザーが言っていました。あなたは『火種』だと。……ここで消しておきます」

 

ウェンディが右手をかざす。

鱗が波打ち、莫大な魔力が収束する。

 

「来いよ、ウェンディ!!」

ナツは吠えた。

覚えていないなら、思い出させてやる。

身体で、魂で、何度でも。

 

「俺が……俺たちが、お前の家族だァァァッ!!」

 

マグノリアの空で、炎と緋色の風が再び激突する。

けれど、その声はウェンディの鼓膜を素通りし、心には届かない。

彼女にあるのは「マザーへの忠誠」という、植え付けられた偽りの記憶だけだった。

 




次回、「第4話:母と娘、罪と愛」
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