緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第4話:母と娘、罪と愛

マグノリア上空。

夕焼けは、禍々しい緋色の魔力によって塗り替えられていた。

 

「『高位付加(ハイ・エンチャント)・筋力増強(マッスル・ブースト)』」

「『物理耐性付加(エンチャント・アーマー)』」

 

空中で呪文を詠唱するたび、ウェンディの身体から放たれるプレッシャーが倍増していく。

かつての彼女は補助魔法(エンチャント)を仲間に掛けていた。

だが今は、その全てを自身の「竜の肉体」に掛け、単騎でギルド一つを殲滅する怪物と化している。

 

「はあああああっ!!」

ウェンディが急降下し、ナツへ拳を振り下ろす。

鱗に覆われた右腕の一撃。

 

ドゴォォォォォォンッ!!!

 

ナツは両腕でガードしたが、地面がクレーター状に陥没し、膝が震える。

「ぐぅ……ッ! なんだこのバカ力は……! 鉄の塊かよ!」

 

「解析終了。ナツ・ドラグニルの炎の温度、および魔力密度」

ウェンディは無表情のまま、追撃の手を緩めない。

彼女の左目(人間の瞳)は死んでいるが、右目(竜の瞳)は高速で情報を処理し、最適解を弾き出している。

「『属性付加(エンチャント)・耐熱』」

ナツが放ったカウンターの炎が、ウェンディの体に触れた瞬間、煙のように霧散した。

「なっ……炎が効かねえ!?」

「学習しましたから。……あなたの炎がどれほど熱くても、概念そのものを書き換えれば無意味です」

 

ウェンディが杖を振るう。

見えない風の刃が、ナツの体を切り裂く。

「がはっ!?」

鮮血が舞う。

 

「ナツ!」

エルザが換装して飛び出す。「天輪・繚乱の剣(ブルーメンブラット)!」

無数の剣がウェンディを襲うが、彼女は翼を一振りしただけで、その全てを弾き飛ばした。

「邪魔です、エルザ・スカーレット」

ウェンディが冷ややかに見下ろす。

「あなた程度の剣技では、私の鱗一枚剥がせません。……マザーに比べれば、児戯(じぎ)にも等しい」

 

「マザー……アイリーン・ベルセリオンのことか!」

エルザが叫ぶ。

「ウェンディ! 目を覚ませ! お前は操られているんだ!」

 

「操られている? ……違います」

ウェンディは首を横に振った。

その顔に、微かに歪んだ、陶酔したような笑みが浮かぶ。

 

「私は『愛されている』のです。……マザーだけが、私を許し、受け入れてくれた。あなた達のような、綺麗事しか言わない偽物の家族とは違う!」

ドォォォォンッ!!

ウェンディの咆哮と共に、魔力の奔流がギルドを襲う。

建物が崩れ、ルーシィやグレイたちが吹き飛ばされる。

「くそっ……! ウェンディ……!」

ナツが瓦礫から這い上がる。

強い。強すぎる。

1年前とは別次元だ。竜の力と、アイリーンのエンチャント技術。そして何より、彼女自身が記憶を捨て去り、「心を閉ざして」いることが、ナツの呼びかけを拒絶している。

 

その時。

マグノリアの空に、巨大な「目」が現れた。

 

『――そこまでよ、ウェンディ』

 

空から響く、優雅で、しかし絶対的な威圧感を持った女性の声。

その声を聞いた瞬間、ウェンディの殺気が霧散し、忠実な下僕の顔へと変わった。

 

「マザー……」

ウェンディが空を見上げ、恭しく膝をつく。空中であるにも関わらず。

 

「遊びは終わり。……私の可愛い娘よ、戻ってらっしゃい」

巨大な目が、ギルドの魔導士たちを見下ろす。

『妖精の尻尾(フェアリーテイル)……。ふふ、懐かしい気配ね』

 

エルザがその目を見上げる。

ドクン。心臓が早鐘を打つ。

(この魔力……。ウェンディと同じ、緋色の魔力。……なぜだ、なぜ私はこの魔力を知っている?)

 

『ウェンディ。準備を始めなさい。……「ユニバースワン」の』

「了解しました、マザー」

 

ウェンディは立ち上がり、ナツたちに背を向けた。

 

「待ちやがれウェンディ! 逃げるのか!」

ナツが叫ぶ。

ウェンディは振り返り、憐れむような目でナツを見た。

「逃げるのではありません。……『終わらせる』準備です」

彼女の背中の翼が大きく羽ばたく。

「命拾いしましたね。……次は必ず、私がこの手で引導を渡します。ナツ・ドラグニル」

 

ヒュンッ!!

ウェンディは緋色の閃光となり、空の彼方へ消え去った。

巨大な目もまた、幻のように空に溶けて消える。

 

残されたのは、半壊したギルドと、傷ついた魔導士たち。

そして、決定的な絶望感だった。

「……ちくしょうッ!!」

ナツが地面を殴りつける。

「届かねえのかよ! あんな近くにいたのに! なんでだよ!」

 

涙を流して悔しがるナツの肩に、マカロフが手を置いた。

「……落ち着け、ナツ」

「じっちゃん! でもウェンディが……あいつ、自分からあっちに行っちまったんだぞ! 俺たちのこと、何も覚えてなかったぞ!」

 

「ああ。……ウェンディの心は今、深い闇の中じゃ」

マカロフは空を見上げ、険しい表情で呟いた。

「アイリーン・ベルセリオン……。アルバレス帝国の双璧。『緋色の絶望』と呼ばれる女」

 

エルザが前に進み出る。

「マスター。……あの女とウェンディは、ただの主従関係ではありませんでした。ウェンディはあの女を『マザー』と呼び、心酔していた」

 

エルザは自身の胸に手を当てた。冷や汗が止まらない。

「そして……私にも、何か関係がある気がします。あの女の魔力を感じた時、魂が震えた」

 

マカロフは重々しく頷いた。

「ウェンディを取り戻すには、アイリーンを倒すしかない。……あの歪んだ親子の縁を、力ずくで断ち切るしかないんじゃ」

 

ナツが顔を上げる。

その瞳に、再び炎が宿る。

 

「……ああ。やってやる」

ナツは誓った。

「アイリーンだか何だか知らねえが、ウェンディをあんな風にした奴は絶対に許さねえ。……今度こそ連れ戻す。記憶がねえなら、何度だって教えてやる。俺たちが家族だってな!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の新たな戦いが始まった。

目指すはアルバレス軍の本陣。

そして、世界を書き換える禁断の魔法「ユニバースワン」の発動が、刻一刻と迫っていた。

 




次回、「第5話:世界再編魔法(ユニバースワン)」
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