マグノリア上空から、緋色の影が去っていった。
残されたのは、半壊したギルドと、茫然自失とする魔導士たち。
「……ちくしょうッ!!」
ナツが地面を殴りつける。
「届かねえのかよ! あんな近くにいたのに! なんでだよ!」
涙を流して悔しがるナツの肩に、マカロフが手を置いた。
「……落ち着け、ナツ」
「じっちゃん! でもウェンディが……あいつ、自分からあっちに行っちまったんだぞ! 俺たちのこと、何も覚えてなかったぞ!」
「ああ。……ウェンディの心は今、深い闇の中じゃ」
マカロフは空を見上げ、険しい表情で呟いた。
「アイリーン・ベルセリオン……。アルバレス帝国の双璧。『緋色の絶望』と呼ばれる女。ウェンディを取り戻すには、あの女を倒し、その呪縛を解くしかないんじゃ」
ナツが顔を上げる。その瞳に、再び炎が宿る。
「……ああ。やってやる」
ナツは誓った。
「アイリーンだか何だか知らねえが、ウェンディをあんな風にした奴は絶対に許さねえ。……今度こそ連れ戻す。記憶がねえなら、何度だって教えてやる。俺たちが家族だってな!」
妖精の尻尾(フェアリーテイル)の新たな戦いが始まろうとしていた。
しかし、敵は彼らに準備の時間を与えなかった。
フィオーレ王国北部、ジルコン山脈。
アイリーンが魔法陣を展開していた場所。
ウェンディは、アイリーンの背後に音もなく着地した。
「戻りました、マザー」
「お帰り、ウェンディ。……楽しかったかしら? 故郷の破壊は」
アイリーンは杖を掲げたまま、背中越しに問いかける。
ウェンディは無表情で答えた。
「不快でした。……弱者たちが群れて、家族ごっこをしている姿は」
「ふふっ。そうね。……では、終わらせましょうか」
アイリーンが杖を天に突き刺す。
上空に展開された巨大な「目」が、フィオーレ全土を見下ろす。
「この国の形そのものを変え、ゼレフ陛下を『妖精の心臓(フェアリーハート)』へ導く。……そして、煩わしいアクノロギアを遠くへ追いやる」
大気が悲鳴を上げる。
大地が震え、空の色が変わる。
「『世界再編魔法(ユニバースワン)』」
カッッッ!!!!!!
強烈な閃光が、フィオーレ王国全土を包み込んだ。
空間が歪み、距離が狂い、存在する全ての位置情報がランダムに書き換えられていく。
マグノリアの街が、ギルドが、山が、海が、パズルのピースのようにバラバラになり、再構築されていく。
「うわあああああああッ!?」
「何だこれはァァァッ!?」
「じっちゃん! ルーシィ!!」
ナツたちの悲鳴も、光の中に消えていった。
光が収まった時。
世界は一変していた。
「……ここ、どこだよ?」
ナツが目を覚ますと、そこは見知らぬ森の中だった。
隣にはルーシィとハッピーがいるが、グレイやエルザ、マカロフの姿はない。
「ギルドが……ない!」
ルーシィが青ざめる。
マグノリアの街並みは消え、全く別の地形に放り出されていたのだ。
「バラバラにされたってことか……!」
ナツが鼻を鳴らす。
「ウェンディの匂いも……混ざっててわかんねえ! くそっ、どこに行けばいいんだ!」
一方。
王都クロッカスがあった場所は、巨大な「城」へと変貌していた。
アイリーンが魔法で再構築した、アルバレス帝国の新たな本拠地だ。
その城門の前。
一人の女魔導士が、剣を構えて立っていた。
エルザ・スカーレットだ。
「……ユニバースワン。世界を再構築する魔法か」
エルザは瞬時に状況を理解していた。
そして、目の前にそびえ立つ城から、強烈な二つの魔力を感じ取っていた。
一つは、アイリーン・ベルセリオン。
そしてもう一つは、彼女を守る「緋色の姫竜」。
「……通すわけにはいきません」
城門の影から、ウェンディが姿を現した。
右半身を黒い鱗に覆われ、竜の翼を広げた異形の姿。
その瞳は、エルザを「敵」として認識し、冷たく光っている。
「ウェンディ……」
エルザが剣を握りしめる。
「どいてくれ。私はお前と戦いたくない。……アイリーンに会わねばならないんだ」
「マザーの名を気安く呼ばないでください」
ウェンディが杖を構える。
周囲の空気が、重く、鋭く張り詰める。
「ここはマザーの城。……入る者は、死体だけと決まっています」
殺気。
ナツと戦った時以上の、純粋な殺意。
エルザは悟った。言葉は届かない。
この「緋色の姫竜」を倒さなければ、真実(アイリーン)にはたどり着けないのだと。
「……仕方あるまい」
エルザが換装する。
『天輪の鎧』。
「来るなら来なさい、エルザ・スカーレット。……あなたのその鎧ごと、砕いて差し上げます」
世界が再編された混沌の中で、因縁の戦いが幕を開ける。
妖精の女王(ティターニア)対、緋色の姫竜。(スカーレット・プリンセス)
その戦いの行く末を、城の最上階からアイリーンが愉悦の笑みで見下ろしていた。
次回、「第6話:女王と姫竜、緋色の真実」