巨大な城塞へと変貌した帝都の門前。
妖精の女王(ティターニア)と緋色の姫竜が対峙していた。
「……どいてくれ、ウェンディ。私はお前と戦いたくない」
エルザが剣を構えながら、悲痛な声で呼びかける。
しかし、対峙するウェンディの反応は、氷のように冷徹だった。
「……理解不能です、エルザ・スカーレット」
ウェンディは無機質な瞳でエルザを見据えた。
かつてのように「エルザさん」とは呼ばない。
他人行儀なフルネーム。敵性個体識別名。
その呼び方の変化だけで、エルザの胸が締め付けられるように痛んだ。
「貴女は侵入者であり、マザーの敵。……それ以上の認識はありません」
「ウェンディ……!」
「排除します」
ドォォォォンッ!!
ウェンディが地面を蹴る。
速い。エルザの動体視力ですら捉えきれない速度。
「換装! 『天輪の鎧』!」
エルザは瞬時に鎧を変え、無数の剣を展開する。「天輪・繚乱の剣(ブルーメンブラット)!」
数百の剣がウェンディを襲う。
だが、ウェンディは避けることすらしなかった。
彼女は右腕――黒い竜鱗に覆われた腕を無造作に振るっただけ。
ガガガガガガッ!!
金属音が響き渡り、エルザの剣が全て砕け散った。
「なっ……!?」
「硬度が足りません。……ナツ・ドラグニル同様、貴女の攻撃は軽すぎます」
ウェンディが懐に飛び込む。
風を纏った蹴り。
「ぐはっ……!」
エルザはとっさに『金剛の鎧』で防御したが、衝撃を殺しきれず、城壁まで吹き飛ばされた。
「強すぎる……。これが今のウェンディなのか……」
エルザが瓦礫から立ち上がる。
魔力の質が違う。竜の力と、高位付加術(ハイ・エンチャント)による自己強化。
今の彼女は、スプリガン12の上位陣に匹敵する怪物だ。
「終わりです、エルザ・スカーレット」
ウェンディが右手をかざす。
掌に収束するのは、漆黒の風。
「『滅竜奥義・照破・黒天穿(しょうは・こくてんせん)』」
放たれようとする必殺の風。
エルザが覚悟を決めて剣を握り直した、その時。
「――そこまでよ、ウェンディ」
凛とした声が、戦場に響いた。
ウェンディの動きがピタリと止まる。殺気が霧散し、忠実な下僕の顔に戻る。
「……マザー」
城壁の上に、一人の女性が立っていた。
緋色の髪。巨大な杖。
圧倒的な存在感を放つ、「緋色の絶望」アイリーン・ベルセリオン。
「よくやったわ。……相変わらず、良い手際ね」
アイリーンは微笑みながら、ゆっくりと空を歩いて降りてくる。
そして、エルザの前に立った。
「久しぶりね、エルザ」
「……貴様が、アイリーンか」
エルザは警戒心を露わにする。
「なぜ私の名を知っている? なぜウェンディをあんな姿にした?」
「ふふっ。質問が多いわね」
アイリーンはクスクスと笑い、そして残酷な事実を口にした。
「私の名を知っているのでしょう? ……私はお前の母親よ」
ドクン。
エルザの思考が停止した。
「……は?」
「正確には、お前を産み落とし、そして捨てた女。……どう? 感動の再会でしょう?」
アイリーンの口調には、娘への愛情など微塵もなかった。あるのは、壊れた玩具を見るような冷たい興味だけ。
「そしてウェンディ……この子は、お前の代わりよ」
アイリーンはウェンディの肩を抱き寄せた。
ウェンディはうっとりと瞳を細め、アイリーンの腰にすり寄る。
「お前には『竜の素質』がなかった。だから捨てた。……でも、この子は違う。素晴らしい器だわ。私の付加術を受け入れ、見事に『竜』へと進化してくれた」
アイリーンはウェンディの鱗を指先でなぞる。
「ナツ・ドラグニルの父親を殺した罪悪感。……その心の隙間に、私の愛を注ぎ込んだ。今やこの子は、私のためだけに生き、私のためだけに殺す、最高の娘(ドーター)よ」
エルザの全身が震えた。
怒りで。
自分を捨てたことへの怒りではない。
ウェンディを……純粋で優しかった少女を、自分の代用品として、都合の良い人形に作り変えたことへの、激しい憤怒。
「……貴様ッ!!」
エルザが吼える。
「ウェンディは物じゃない! 家族だ! お前のエゴで、あの子の人生を狂わせるな!」
エルザが剣を振り上げる。
だが、その剣はアイリーンに届かなかった。
ガギィィィンッ!!
ウェンディが割って入ったのだ。
エルザの剣を、素手で受け止めている。
その瞳は、怒りに燃えていた。
「……マザーを愚弄するな、エルザ・スカーレット」
ウェンディの声は、地を這うように低かった。
そこには、かつての「妹分」の面影はなかった。
「貴女に何がわかる? 私の絶望を。孤独を。……マザーだけが私を救ってくれた。私に生きる意味をくれた!」
ウェンディの魔力が爆発する。
彼女は、本気でエルザを殺そうとしていた。
実の母を殺そうとする、かつての姉弟子を。
「消えろォォォォォッ!!」
ドゴォォォォォンッ!!
ウェンディの咆哮と共に、至近距離からの風圧がエルザを吹き飛ばす。
エルザは城壁を突き破り、遥か彼方へと弾き飛ばされた。
「……ふふっ。良い子ね、ウェンディ」
アイリーンは満足げに頷いた。
「さあ、行きましょう。……本当の『竜王祭』はこれからよ」
二人の緋色の影が、城の中へと消えていく。
エルザは遠く離れた瓦礫の中で、意識を失う直前に誓った。
(……必ず、救い出す。……あの毒婦から、私の妹分(ウェンディ)を……!)
因縁は深まり、戦いは激化する。
次にナツたちがこの城へたどり着く時、それが最後の決戦となる。
次回、「第7話:凍てつく炎、燃え上がる氷」