世界再編魔法(ユニバースワン)によって極寒の吹雪が吹き荒れる大地。
ナツとグレイは、スプリガン12の一人、「冬将軍」インベル・ユラと対峙していた。
「……思考が停止していますね、貴方たちは」
インベルが眼鏡の位置を直し、冷徹に見下ろす。
「仲間? 絆? そのような不確定要素で、我が皇帝ゼレフ陛下に勝てると思っているのですか」
「うるせえ! ここを通してゼレフの所へ行かせろ!」
ナツが炎を纏って殴りかかるが、インベルの絶対零度の冷気がそれを阻む。
炎すら凍る寒さ。ナツの身体に霜が降りる。
「無駄です。……貴方たちには、同士討ちをしていただきましょう」
インベルが手をかざす。
「『アイスロック』」
ジャラッ!!
氷の鎖がナツとグレイの首を繋いだ。
「な、なんだこれ……!?」
「身体が……勝手に……!」
二人の意思とは裏腹に、拳が動き出す。
ドガッ! バキッ!
ナツがグレイを殴り、グレイがナツを蹴る。
「やめろ……! 動くな俺の体ァ!」
「意識が……操られてやがる……!」
インベルは冷ややかに告げた。
「その鎖は、どちらかが死ぬまで解けません。さあ、殺し合いなさい。友の命を奪い、絶望の中で死ぬのです」
殴り合う二人。流れる血。
もはやこれまでかと思われた、その時だった。
ヒュオオオオオオオッ……。
猛吹雪を切り裂き、上空から「緋色の影」が舞い降りた。
ドォンッ!!
地面を砕いて着地したのは、半身を黒い鱗に覆われたウェンディだった。
「……見苦しいですね」
ウェンディは、血まみれで殴り合う二人を無感情に見下ろした。
「仲間同士で殺し合いですか? 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の結束など、所詮はその程度ということですね」
「ウェンディ……!」
グレイが苦悶の表情で名を呼ぶ。
「逃げろ……! 俺たちに近づくな……!」
しかし、ウェンディは杖を構えた。
助けに来たのではない。
彼女の竜の瞳が、二人をまとめて「標的」としてロックオンしたのだ。
「手間が省けました。……インベル、下がっていなさい。私がまとめて掃除します」
「ほう。緋色の姫竜か。……手出しは無用と言いたいところですが、貴女の力なら確実でしょう」
インベルが一歩下がる。
ウェンディの口元に、冷酷な光が集束する。
鎖で繋がれ、回避不能な二人へのトドメ。
「『天竜の……咆哮』」
放たれようとする死の風。
ナツは鎖に抗おうと藻掻くが、身体が動かない。
死ぬ。二人とも、ウェンディの手によって。
それはウェンディに「兄殺し」の業を背負わせる最悪の結末。
(……させるかよ)
グレイの瞳が、漆黒に染まった。
右半身に黒い紋様が浮かび上がる。
父から受け継ぎ、冥府の門で手に入れた、悪魔を狩る力。
(ナツも殺させねえ。……そしてウェンディ、お前もだ!)
(お前のその腐った竜の血、俺が冷ましてやる!)
「うおおおおおおおおおおっ!!!!」
グレイの咆哮と共に、世界が黒く染まった。
『氷魔零ノ太刀(ひょうまゼロのたち)』。
パキィィィィィンッ!!!!
一瞬だった。
ウェンディが放った咆哮が、空中で凍りつき、砕け散った。
それだけではない。
二人を繋いでいた「アイスロック」の鎖すらも、黒い氷に侵食され、粉々に砕け散ったのだ。
「なっ……!?」
インベルが驚愕に目を見開く。
「私の氷を凍らせた……だと!?」
ウェンディもまた、動きを止めていた。
黒い氷の余波が、彼女の右半身――竜の鱗を直撃していたからだ。
「あ……が……ぁ……?」
ウェンディが鱗を押さえて後ずさる。
痛い。熱い。いや、冷たい。
滅悪魔法(デビルスレイヤー)の特異な魔力が、竜化した細胞に拒絶反応を起こさせている。
絶対的な防御力を誇った鱗に、ヒビが入っていく。
「そんな……私の鱗が……マザーの力が……!」
ウェンディの顔に、初めて「動揺」が走った。
無敵だと思っていた力が通じない。
恐怖。1年前に忘れたはずの、人間らしい恐怖が蘇る。
「ウェンディ!!」
黒い氷を纏ったグレイが、鬼の形相で叫ぶ。
「目を覚ませ! その鱗はお前を守る鎧じゃねえ! お前を閉じ込める檻だ!」
「ひっ……!?」
ウェンディは怯えたように翼を広げた。
目の前の男(グレイ)が、悪魔のように恐ろしく見えた。
今の彼女は、アイリーンの庇護がなければ戦えない精神状態。
想定外の反撃に、心が折れかけた。
「……撤退。撤退します」
ウェンディは震える声で呟き、空へと舞い上がった。
「待てェッ!!」
ナツが叫ぶが、ウェンディは逃げるように吹雪の向こうへと消えていった。
残されたのは、驚愕するインベルと、魔力を解放しきったグレイ、そして自由になったナツ。
「……へっ。逃げ足の速いこって」
グレイが荒い息を吐きながら、ナツの方を向いた。
「ナツ、行け。ウェンディを追え。……あいつ、かなり動揺してた。今なら言葉が届くかもしれねえ」
「グレイ、お前……」
「こいつ(インベル)は俺がやる。……あいつの目を覚まさせてやれんのは、お前しかいねえだろ」
ナツはニカっと笑った。
「ああ! 任せとけ! 後で合流な!」
ナツがウェンディの消えた方角へ走り出す。
グレイはインベルに向き直り、拳を鳴らした。
「さて、冬将軍さんよ。……ここからはサシの勝負だ。たっぷり礼をさせてもらうぜ」
吹雪の中、氷と氷の激突が始まる。
そしてナツは、逃げ去った緋色の姫竜を追い、決戦の地へとひた走る。
次回、「第8話:二人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)」