緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第8話:二人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)

インベルの吹雪が止み、冷たい月明かりが照らす荒野。

アイリーンの城へと続く瓦礫の山に、荒い息遣いが響いていた。

 

「はぁ……はぁ……ッ!」

 

ウェンディは岩陰に身を隠し、震える手で自身の右半身を押さえていた。

黒い竜の鱗に走った、一本の亀裂。

グレイの滅悪魔法によって刻まれたその傷は、彼女の心の脆さを象徴していた。

 

「ひびが……私の鱗に、傷が……」

 ウェンディの瞳孔が開く。

「マザーに……マザーに叱られる……。完璧じゃなきゃ……捨てられる……!」

 

1年前の記憶。

アイリーンに拾われる前の、孤独で凍えるような日々。

あの日々に戻るくらいなら、死んだほうがマシだ。

「マザー! 助けて……マザー!」

彼女は虚空に向かって叫んだ。

その悲痛な叫びに応えるように、空に緋色の瞳が投影された。

 

『――無様ね、ウェンディ』

 

冷たい声。

いつもの甘やかすような響きはない。絶対零度の拒絶。

「マザー……! 違うんです、これは……」

『逃げ帰ってきたの? 傷を負ったから?』

巨大な瞳が、ウェンディをゴミのように見下ろす。

『傷ついた剣など要らない。……お前は私の最高傑作ではなかったのかしら? それとも、やはり失敗作だった?』

 

「ち、違いますッ!!」

ウェンディが絶叫する。

「私は失敗作じゃない! 私はマザーの娘です! 捨てないで……!」

『なら証明しなさい』

アイリーンは無慈悲に告げた。

『追手が来ているわ。……その男を殺して、その血で鱗の傷を埋めなさい。できなければ……わかっているわね?』

 

フッ、と幻影が消える。

残されたのは、極限まで追い詰められた少女。

「殺さなきゃ……殺さなきゃ……殺さなきゃ……」

ブツブツと呟くウェンディの背後から、足音が近づいてくる。

砂利を踏む、力強い足音。

 

「……見つけたぞ、ウェンディ」

ナツ・ドラグニルだ。

彼は戦意剥き出しの構えではなく、自然体でそこに立っていた。

その瞳は、暴走寸前のウェンディを真っ直ぐに見据えている。

 

「来るなァァァァァッ!!」

ウェンディが振り返ると同時に、彼女の身体から赤黒い魔力が爆発した。

ドラゴンフォース・暴走形態。

理性を完全に手放し、ただ破壊するだけの獣と化す。

 

「『天竜の……咆哮ォォォッ!!』」

 

ズガァァァァァァァァァッ!!!!!

 

至近距離からのブレス。

岩山すら消滅させる威力。

ナツは避けない。防御魔法も展開しない。

 

ドォォォォォンッ!!!

 

直撃。

爆煙が晴れると、そこにはボロボロになったナツが立っていた。

服は裂け、皮膚は焼け焦げ、血が流れている。

だが、彼は一歩も退いていなかった。

「……ハッ。相変わらず、いい風吹きやがる」

ナツは口元の血を拭い、ニカっと笑った。

 

「な……なんで……?」

ウェンディが後ずさる。

「なんで死なないの!? なんで避けないの!? 私が怖くないの!?」

「怖くねえよ」

 ナツが一歩踏み出す。

「お前はウェンディだ。俺たちの家族だ。……家族が怖くてどうすんだよ」

「違う!! 私は竜だ!! 人殺しの化け物だ!!」

 

ウェンディが翼を広げ、突撃する。

「『天竜の鉤爪』!」

音速の蹴りがナツの腹にめり込む。

ゴフッ!

ナツは血を吐くが、倒れない。逆に、蹴り込んできたウェンディの足を掴んだ。

「離してッ!!」

「離さねえ!!」

ナツが叫ぶ。

「お前がどれだけ姿を変えようが、鱗が生えようが、中身はウェンディだ!」

「うるさいうるさいうるさいッ!!」

ウェンディは逆の足でナツの顔面を蹴り飛ばす。

さらに至近距離から魔法を乱射する。

風の刃がナツの体を切り刻む。

 

それでも、ナツは進む。

血まみれになりながら、炎の一撃を返すわけでもなく、ただ歩み寄る。

「痛えか? ウェンディ」

ナツが問う。

「痛いわけないでしょう! 私は最強の竜なんだから!」

ウェンディが叫び返す。

「嘘つけ!!」

ナツの大音声が、戦場に響き渡った。

「お前の魔法、泣いてるじゃねえか!!」

ビクッ。

ウェンディの動きが止まる。

「俺にはわかる! お前の風は、いつだって優しかった! 誰かを守るための風だった! ……今の風はなんだ! ただ冷たくて、寂しくて、泣いてるだけじゃねえか!」

ナツはウェンディの目の前まで迫った。

鱗に覆われたその顔を、至近距離で睨みつける。

 

「痛えのは俺じゃねえ。……お前の心だろ!!」

 

「あ……ぁ……」

 

図星だった。

アイリーンに愛されたい。捨てられたくない。

イグニールを殺した罪から逃げたい。

その一心で塗り固めた鎧の内側で、本当のウェンディはずっと泣いていたのだ。

「う……うあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

ウェンディは錯乱し、ナツの胸に爪を立てた。

ガリッ!

肉がえぐれ、鮮血が噴き出す。

 

「死ね! 死んでよ! 私を否定しないで! マザー以外の言葉なんて聞きたくない!!」

 

ナツは眉一つ動かさず、その爪を受け入れた。

そして、血まみれの手で、ウェンディの頭をガシッと掴んだ。

「……いい頭突きを持ってたな、お前は」

ナツが頭を引く。

ウェンディの動きが止まる。

「目ェ覚ませ、ウェンディィィィィィッ!!!!」

 

ゴチンッ!!!!!!

 

ナツの渾身の頭突きが、ウェンディの額(鱗のない部分)に炸裂した。

魔法も、理屈も、全てを飛び越えた、魂の一撃。

 

「が、は……ッ!?」

 

ウェンディの視界が白く飛ぶ。

意識が揺らぐ。

暴走していた魔力が霧散していく。

よろめくウェンディを、ナツはその太い腕で抱きしめた。

燃えるように熱い、命の体温。

 

「……帰ろうぜ。みんな待ってる」

 

その言葉を聞いた瞬間、ウェンディの中で張り詰めていた何かが、プツンと切れた。

 

アイリーンの呪縛よりも、罪の意識よりも、もっと根源的な「温もり」が、彼女の冷え切った心に流れ込んでくる。

ウェンディの瞳から、竜の光が消え、大粒の涙が溢れ出した。

 




次回、「第9話:竜の涙、歪な愛」
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