魔導士ギルドの祭典、「大魔闘演武」。
花咲く都・クロッカスは、年に一度の熱狂に包まれていた。
だが、その喧騒の影に、周囲とは明らかに異質な空気を纏う一人の観客がいた。
深い緋色のフードを目深に被った少女――ウェンディは、ドーム最上段の柱の陰に立ち、眼下を見下ろしていた。
「……弱い」
それが、彼女の第一声だった。
予選「空の迷宮」を、フェアリーテイルはギリギリの8位で通過した。
かつて最強の名をほしいままにしたギルドの姿は、そこにはない。魔力は衰え、動きにはブランクによる錆びつきが見える。
アルバレス帝国の精鋭たちと殺し合いに近い組手をしてきた今のウェンディから見れば、それはあまりに脆く映った。
(ナツさん、グレイさん……どうして。もっと強かったはずなのに)
歯痒さが胸を焦がす。
飛び出して行って、エンチャントで身体能力を底上げしてあげたい。
「もっと効率的に動いて!」と叫びたい。
けれど、ウェンディは動かない。柱に寄りかかり、ただ無機質な瞳で「分析」を続ける。
大会本戦。会場には、容赦ない罵声が飛び交っていた。
『万年最下位ー!』
『帰れフィオーレの面汚し!』
『ブー! ブー!』
観客席からのゴミの投擲。嘲笑。
入場してきたフェアリーテイルのメンバーが、悔しそうに俯くのが見えた。
ピキ、と音がした。
ウェンディが手を添えていた石柱に、蜘蛛の巣状の亀裂が入る。
(……うるさい)
ウェンディの瞳が、剣呑な光を帯びて観客席を舐める。
今すぐ『広域睡眠付加』で全員黙らせてやろうか。
師匠(アイリーン)ならそうする。不敬な羽虫の囀(さえず)りなど、聞く価値もない。
だが、彼女は深く息を吐き、その殺意を飲み込んだ。
(私が手を下すまでもない。ナツさんたちが、実力で黙らせるはず)
そう信じていた。
しかし、現実は残酷だった。
初日、隠密戦。グレイの敗北。
ルーシィ対フレア戦。
あれは明らかに不正だった。レイヴンテイルの小柄な魔導士が、魔法を消したのだ。
「……あ」
ウェンディには見えていた。
高位付加術士としての眼(マナ・サイト)は、会場に仕掛けられた微細な魔力干渉を捉えていた。
ルーシィの魔法が強制的に解除され、無防備な姿を晒して負ける瞬間を。
『ぎゃははは! なんだありゃ!』
『やっぱり妖精の尻尾は口だけだな!』
会場がドッと沸く。
ウェンディの足元の床石が、音もなく粉砕された。
(許さない)
不正を見抜けない審判団に。
卑劣な手を使ったレイヴンテイルに。
そして何より、そんな理不尽な目に遭わされて泣いているルーシィさんを見て、胸が張り裂けそうなのに、「顔色ひとつ変えずに立っている自分自身」に。
怒りで視界が赤く染まる。
それでも、彼女はフードの奥で唇を噛み締め、沈黙を守った。
まだだ。
今出ても、ただの乱入者だ。
彼らの誇りを守るためには、彼ら自身が立ち上がるのを見届けなければならない。
三日目。伏魔殿(パンデモニウム)。
エルザがたった一人で、100体のモンスターを相手に勝利した時、ウェンディは初めてフードの下で小さく口元を緩めた。
「……さすがです、エルザさん」
ボロボロになりながら剣を掲げるエルザ。
その姿に、失ったはずの「熱」を感じた。
そうだ、これがフェアリーテイルだ。不器用で、無茶苦茶で、でも誰よりも気高い私の家族。
(私も、あそこに立ちたい)
(みんなと一緒に戦いたい)
孤独な心が悲鳴を上げる。
だが、四日目のバトルパートで、ウェンディの期待は再び裏切られることになる。
ミネルバ・オーランド。
セイバートゥースの嬢。
彼女の魔法は強力だった。そして、あまりにも悪趣味だった。
そして、運命の四日目。「海戦(ナバルバトル)」。
水球の中で行われるバトルロイヤル。
最後まで残ったのは、ルーシィとミネルバだった。
本来なら勝負はついている。ルーシィは魔力が尽きかけ、ミネルバが圧倒していた。
けれど、ミネルバはルーシィを場外に出さない。
鍵を奪い、魔法で身体を殴打し、水の中で嬲(なぶ)り続ける。
ルーシィを痛めつけ、嘲笑う姿。
ウェンディは、その姿にかつての自分自身――無力だった頃の自分への侮蔑を重ねたのか、あるいは師匠アイリーンの冷酷さを見たのか。
「……不快です」
呟きは、氷点下の響きを持っていた。
『うっ……あぁっ!』
『やめろぉぉぉ!』
ナツやグレイが叫び、止めに入ろうとするが、ルールがそれを阻む。
会場中がドン引きするほどの、一方的なリンチ。
ドームの最上段で、ウェンディは手すりを握りしめていた。
ミシミシと金属が悲鳴を上げ、ひしゃげていく。
(やめて)
(もうやめて)
(ルーシィさんが壊れてしまう)
心の中の少女が泣き叫ぶ。
しかし、身体の反応は冷徹だった。
解析。ミネルバの空間魔法の座標特定。魔力強度の測定。
殺すならどういう手順が最適か。首を飛ばすか? 心臓を止めるか?
――ドォォン!!
ついに試合が終了し、ボロ雑巾のようになったルーシィが水球から排出された。
重傷。
誰の目にも明らかだった。
高笑いするミネルバ。
怒号を上げて駆け寄るナツたち。
その光景を見た瞬間、ウェンディの中で「観客」としての時間は終わった。
彼女は踵(きびす)を返した。
もう、見ているだけの時間は終わりだ。
これ以上、私の家族を傷つけるのなら。
「――この国ごと、更地にしてあげます」
七年分の感情を凍らせた風が、通路の闇へと消えていく。
向かう先は、医務室。
「妖精の尻尾」への、七年越しの帰還の刻(とき)だった。
次回、「第3話:凍てついた再会」。