ドォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!
ナツの「炎竜王の崩拳」が、ウェンディの右半身を直撃した。
緋色の風が霧散し、絶対的な硬度を誇った黒い竜の鱗が、ガラス細工のように粉々に砕け散る。
「あ……が……ぁ……!?」
ウェンディの身体が吹き飛び、瓦礫の上を転がった。
右半身を覆っていた鱗は剥がれ落ち、下からは生々しい火傷を負った、ただの少女の肌が露出していた。
「はぁ……はぁ……!」
ナツが拳を握りしめたまま、荒い息を吐く。
やった。あの呪いの鱗を壊した。これでウェンディは……。
「う……うぅ……」
瓦礫の中で、ウェンディが身じろぎした。
彼女は痛みで呻くのではなく、必死に足元の砂利を掻きむしっていた。
「鱗が……私の、鱗が……」
ウェンディは剥がれ落ちた鱗の欠片を、血まみれの手で拾い集めようとしていた。
「直さなきゃ……マザーに頂いた力が……壊れちゃった……」
その姿に、ナツは息を呑んだ。
「ウェンディ……もういいんだ。そんなもん、お前には必要ねえ」
「必要なんです!!」
ウェンディが絶叫した。
その瞳は恐怖で見開かれている。
「これがないと……私はただの弱虫に戻っちゃう! マザーに捨てられちゃう! お願い、直って……直ってよぉ……!」
彼女は自分の身体を抱きしめ、ガタガタと震えていた。
ナツへの敵意よりも、アイリーンに見放されることへの恐怖が彼女を支配していた。
その時。
空から、冷ややかな声が降ってきた。
「――ああ。壊れちゃったわね」
ナツとウェンディが同時に見上げる。
そこには、つまらなそうに杖を下ろしたアイリーンが浮いていた。
彼女は、ボロボロになったウェンディを、壊れた玩具を見るような目で見下ろしていた。
「マザー……!」
ウェンディが縋るように手を伸ばす。
「ごめんなさい……すぐに直します! まだ戦えます! だから……!」
「いいえ。もういいわ」
アイリーンは無慈悲に告げた。
「鱗を剥がされた竜なんて、ただのトカゲよ。……興醒めだわ」
プツン。
ウェンディの中で、世界を繋ぎ止めていた最後の糸が切れた音がした。
「え……?」
「お前はもう用済みよ、ウェンディ。……私の『最高傑作』だと思っていたけれど、所詮は人間の紛い物だったようね」
アイリーンが背を向ける。
拒絶。放棄。見捨てられた現実。
「待って……マザー……私を、捨てないで……」
ウェンディの声が掠れる。
しかし、アイリーンは二度と振り返らなかった。
「行きましょう。……ここにはもう、ゴミしかないわ」
アイリーンの姿が空間転移(テレポート)の光に包まれ、エルザの追撃も届かず、彼方へと消え去った。
戦場に静寂が戻る。
残されたのは、ナツとエルザ。そして、地面に座り込んだウェンディ。
「ウェンディ……」
ナツが恐る恐る近づく。
「大丈夫か? あいつはもういねえ。……帰ろう」
ナツがウェンディの肩に手を置いた。
しかし、反応がなかった。
振り払われることも、罵倒されることもない。
「……ウェンディ?」
ナツが彼女の顔を覗き込む。
そして、戦慄した。
ウェンディの瞳から、光が完全に消えていた。
焦点が合っていない。瞬きもしない。
口は半開きで、呼吸は浅く、ただ虚空を見つめているだけ。
「おい! おい、ウェンディ! しっかりしろ!」
ナツが肩を揺さぶる。
だが、ウェンディはグラグラと揺れるだけで、何もしゃべらなかった。
心が、死んだのだ。
アイリーンという「生きる理由」を失い、罪悪感という「蓋」が外れ、彼女の精神は耐えきれずに崩壊(シャットダウン)した。
「そんな……嘘だろ……?」
エルザが駆け寄り、口元を押さえる。
「ウェンディ……!」
ナツは震える手で、ウェンディを抱き上げた。
軽い。あまりにも軽い。
そして、まるで人形のように無抵抗だった。
あんなに激しく抵抗していたのに、今はもう、ナツを拒絶する意思さえ残っていない。
「……連れて帰るぞ」
ナツの声は低く、沈んでいた。
「体はここにある。……心も、きっと治せるはずだ。ポーリュシカ婆さんなら……!」
それは、自分に言い聞かせるような願いだった。
ナツは、虚ろな目をしたウェンディを背負い、瓦礫の山を歩き出した。
背中のウェンディは、ピクリとも動かない。
ただ一度だけ、風の音に混じって、小さな、壊れた呟きが漏れた気がした。
「……マザー……」
その言葉はナツの耳には届かなかったが、彼女の心が誰を求めて壊れたのかを、残酷なまでに示していた。
戦いは一時中断となった。
ナツたちはウェンディを奪還した。
しかしそれは、「抜け殻」を持ち帰ったに過ぎなかった。
本当のウェンディの魂は、今もまだ、去りゆく緋色の背中を追い続けているのだ。
次回、「第13話:沈黙の帰還、癒えぬ傷跡」