緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第12話:砕かれた竜鱗、虚ろな人形

ドォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!

 

ナツの「炎竜王の崩拳」が、ウェンディの右半身を直撃した。

緋色の風が霧散し、絶対的な硬度を誇った黒い竜の鱗が、ガラス細工のように粉々に砕け散る。

 

「あ……が……ぁ……!?」

 

ウェンディの身体が吹き飛び、瓦礫の上を転がった。

右半身を覆っていた鱗は剥がれ落ち、下からは生々しい火傷を負った、ただの少女の肌が露出していた。

 

「はぁ……はぁ……!」

ナツが拳を握りしめたまま、荒い息を吐く。

やった。あの呪いの鱗を壊した。これでウェンディは……。

 

「う……うぅ……」

瓦礫の中で、ウェンディが身じろぎした。

彼女は痛みで呻くのではなく、必死に足元の砂利を掻きむしっていた。

「鱗が……私の、鱗が……」

ウェンディは剥がれ落ちた鱗の欠片を、血まみれの手で拾い集めようとしていた。

「直さなきゃ……マザーに頂いた力が……壊れちゃった……」

 

その姿に、ナツは息を呑んだ。

「ウェンディ……もういいんだ。そんなもん、お前には必要ねえ」

「必要なんです!!」

ウェンディが絶叫した。

その瞳は恐怖で見開かれている。

「これがないと……私はただの弱虫に戻っちゃう! マザーに捨てられちゃう! お願い、直って……直ってよぉ……!」

 

彼女は自分の身体を抱きしめ、ガタガタと震えていた。

ナツへの敵意よりも、アイリーンに見放されることへの恐怖が彼女を支配していた。

 

その時。

空から、冷ややかな声が降ってきた。

 

「――ああ。壊れちゃったわね」

 

ナツとウェンディが同時に見上げる。

そこには、つまらなそうに杖を下ろしたアイリーンが浮いていた。

彼女は、ボロボロになったウェンディを、壊れた玩具を見るような目で見下ろしていた。

 

「マザー……!」

ウェンディが縋るように手を伸ばす。

「ごめんなさい……すぐに直します! まだ戦えます! だから……!」

 

「いいえ。もういいわ」

アイリーンは無慈悲に告げた。

 

「鱗を剥がされた竜なんて、ただのトカゲよ。……興醒めだわ」

 

プツン。

ウェンディの中で、世界を繋ぎ止めていた最後の糸が切れた音がした。

「え……?」

「お前はもう用済みよ、ウェンディ。……私の『最高傑作』だと思っていたけれど、所詮は人間の紛い物だったようね」

 

アイリーンが背を向ける。

拒絶。放棄。見捨てられた現実。

 

「待って……マザー……私を、捨てないで……」

ウェンディの声が掠れる。

しかし、アイリーンは二度と振り返らなかった。

「行きましょう。……ここにはもう、ゴミしかないわ」

アイリーンの姿が空間転移(テレポート)の光に包まれ、エルザの追撃も届かず、彼方へと消え去った。

 

戦場に静寂が戻る。

残されたのは、ナツとエルザ。そして、地面に座り込んだウェンディ。

 

「ウェンディ……」

ナツが恐る恐る近づく。

「大丈夫か? あいつはもういねえ。……帰ろう」

 

ナツがウェンディの肩に手を置いた。

しかし、反応がなかった。

振り払われることも、罵倒されることもない。

 

「……ウェンディ?」

ナツが彼女の顔を覗き込む。

そして、戦慄した。

ウェンディの瞳から、光が完全に消えていた。

焦点が合っていない。瞬きもしない。

口は半開きで、呼吸は浅く、ただ虚空を見つめているだけ。

 

「おい! おい、ウェンディ! しっかりしろ!」

ナツが肩を揺さぶる。

だが、ウェンディはグラグラと揺れるだけで、何もしゃべらなかった。

 

心が、死んだのだ。

アイリーンという「生きる理由」を失い、罪悪感という「蓋」が外れ、彼女の精神は耐えきれずに崩壊(シャットダウン)した。

 

「そんな……嘘だろ……?」

エルザが駆け寄り、口元を押さえる。

「ウェンディ……!」

 

ナツは震える手で、ウェンディを抱き上げた。

軽い。あまりにも軽い。

そして、まるで人形のように無抵抗だった。

あんなに激しく抵抗していたのに、今はもう、ナツを拒絶する意思さえ残っていない。

 

「……連れて帰るぞ」

ナツの声は低く、沈んでいた。

「体はここにある。……心も、きっと治せるはずだ。ポーリュシカ婆さんなら……!」

 

それは、自分に言い聞かせるような願いだった。

ナツは、虚ろな目をしたウェンディを背負い、瓦礫の山を歩き出した。

背中のウェンディは、ピクリとも動かない。

ただ一度だけ、風の音に混じって、小さな、壊れた呟きが漏れた気がした。

 

「……マザー……」

 

その言葉はナツの耳には届かなかったが、彼女の心が誰を求めて壊れたのかを、残酷なまでに示していた。

戦いは一時中断となった。

ナツたちはウェンディを奪還した。

しかしそれは、「抜け殻」を持ち帰ったに過ぎなかった。

 

本当のウェンディの魂は、今もまだ、去りゆく緋色の背中を追い続けているのだ。

 




次回、「第13話:沈黙の帰還、癒えぬ傷跡」
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