緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第13話:沈黙の帰還、癒えぬ傷跡

ユニバースワンによって再編された森の奥深く。

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仮設キャンプには、重苦しい沈黙が漂っていた。

 

「……嘘でしょ? ウェンディ……」

ルーシィが口元を押さえ、涙を滲ませる。

ジュビアも言葉を失い、ただ悲痛な表情でその少女を見つめていた。

テントの中、簡易ベッドに座らされたウェンディ。

包帯だらけの身体。右半身の鱗は剥がれ落ち、痛々しい火傷のような痕が残っている。

だが、何よりも深刻なのは、その「瞳」だった。

 

虚ろ。

完全に光が消え、焦点が合っていない。

ルーシィが手を振っても、シャルルが名を呼んでも、瞬きひとつしない。

ただ一点、テントの入り口――アイリーンが消え去った方角を、ぼんやりと見つめているだけだった。

 

「……酷い状態だね」

ポーリュシカがため息をつき、診察の手を止めた。

「体の傷は治せる。だが……心の傷は、私の薬でも届かない」

「治せないのかよ!?」

ナツが食って掛かる。

「じっちゃんも、みんなも待ってるんだぞ! ウェンディは帰ってきたんだ! なのに……!」

 

「……『帰ってきた』のではない」

ポーリュシカは静かに首を振った。

「この子は、自分の心をあの場所に置いてきたんじゃ。……いや、自ら鍵をかけ、その鍵を捨ててしまった」

 

ナツが拳を握りしめる。

アイリーンに拒絶された瞬間、ウェンディの心が砕け散った光景がフラッシュバックする。

(俺が……俺が鱗を壊したせいで、あいつは……)

 

「ウェンディ……」

シャルルが泣きながら、ウェンディの膝に乗る。

「ごめんね……辛かったね……。もう大丈夫よ、私がいるわ」

 

しかし、ウェンディの手はシャルルを撫でない。

その代わり、彼女の指先は無意識に、自身の緋色の軍服(アイリーンとお揃いの服)の裾を、ギュッと握りしめていた。

まるで、それが唯一の命綱であるかのように。

 

一方。

アルバレス帝国の本陣、再構築された城の最上階。

 

アイリーン・ベルセリオンは、窓辺に立ち、月を見上げていた。

部屋は静まり返っている。

いつもなら、足元には「小さな影」が侍り、彼女を称賛する甘い声が聞こえるはずだった。

 

『マザー、綺麗です』

『マザー、髪を梳かしましょうか?』

『マザー、マザー……』

 

その声はもうない。

彼女自身が、「壊れた道具」として切り捨てたからだ。

「……静かね」

アイリーンは独りごちた。

せいせいする。

あんな依存心の強い娘など、鬱陶しいだけだった。

竜の鱗が剥がれた失敗作。私の器になれなかったエルザの代用品。

捨てることに何のためらいもないはずだった。

 

カツン。

アイリーンが部屋を歩き出す。

ふと、テーブルの上に置かれたティーカップに目が止まった。

二つ並んだカップ。

一つは自分の。もう一つは、ウェンディが使っていた小さなもの。

 

「……チッ」

アイリーンは舌打ちをし、ウェンディのカップを魔法で消滅させた。

目障りだ。

なぜだろう。胸の奥に、得体の知れない「穴」が開いたような感覚がある。

 

――『マザー! 私を捨てないで!』

 

あの時のウェンディの絶叫が、耳にこびりついて離れない。

恐怖に歪んだ顔。必死に縋り付く手。

 

「……あの子は、私を求めていた」

アイリーンは窓ガラスに映る自分の顔を見つめる。

「私の魔力でも、知識でもない。……ただ、『私』という存在そのものを」

 

400年もの間、竜として生き、人として狂い、誰からも理解されなかった「緋色の絶望」。

そんな彼女を、全て肯定し、崇拝し、無償の愛を捧げてくれたのは、あの小さな少女だけだった。

 

「……馬鹿な子」

アイリーンは杖を握りしめた。

その指先が、微かに震えていることに、彼女自身は気づかない振りをしていた。

「あんな脆い器、代わりはいくらでもいるわ。……そう、いくらでも」

しかし、彼女は知っていた。

あそこまで純粋に、自分だけを見てくれる存在など、この世界に二度と現れないことを。

アイリーンは窓の外、ナツたちがいるであろう森の方角を一瞥した。

その瞳に宿るのは、道具を失った惜別か、それとも――。

 

「……さようなら、ウェンディ」

 

その言葉は、冷徹な宣言にしては、あまりにも寂しげに響いた。

 

翌朝。

キャンプ地で異変が起きた。

 

「ウェンディがいねえ!?」

ナツの叫び声で、全員が飛び起きた。

テントの中は空っぽ。

ウェンディの姿がない。

 

「まさか、自分から出て行ったのか!?」

グレイが焦る。

「あんな体で歩けるわけない! どこへ行く気だ!」

ナツが鼻をひくつかせ、森の奥を睨みつけた。

匂いが続いている。

ふらふらとした、覚束ない足取りの匂い。

向かっているのは、ギルドでも、ハルジオンでもない。

「……あいつ、また『あっち』へ行こうとしてやがる」

ウェンディが目指していたのは、アイリーンのいる城の方角だった。

心は壊れても、魂に刻まれた「母への帰巣本能」だけが、彼女を突き動かしていたのだ。

 

「連れ戻すぞ! 急げ!」

 

ナツたちが走り出す。

しかし、その先には、運命の皮肉とも言うべき「本当の母」との遭遇が待っていた。

 




次回、「第14話:彷徨う魂、緋色の再会」
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