緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第16話:緋色の来訪者、動かぬ人形

マグノリアの森にある仮設ギルド。

シェリアの必死の呼びかけにより、ウェンディの瞳に微かな光が戻りかけた、その時だった。

 

ズズズズズ……ッ。

 

空気が軋む音がした。

森の鳥たちが一斉に飛び立ち、風がピタリと止む。

肌にまとわりつくような、濃密で禍々しい緋色の魔力。

「……来た」

エルザが震える手で剣の柄を握る。

ナツもまた、全身の毛が逆立つのを感じていた。

間違いない。この重圧感。この絶望の匂い。

 

「あら。ずいぶんと賑やかね」

ギルドの壊れた扉の向こうから、杖の音が響く。

コツン、コツン。

現れたのは、緋色の髪をなびかせた、美しくも恐ろしい魔女――アイリーン・ベルセリオン。

 

「アイリーン……ッ!」

ナツが牙を剥く。

グレイ、ジュビア、リオン、そしてシェリア。全員がウェンディを守るように陣形を組む。

 

「私の娘を返してもらうわ」

アイリーンは優雅に微笑んだ。

だが、その目は笑っていない。

ウェンディが自分以外の人間(シェリア)に涙を見せたことへの、隠しきれない苛立ちが滲んでいる。

 

「ふざけんな! ウェンディはお前の道具じゃねえ!」

ナツが叫ぶ。

「返せだと? 笑わせるな! お前が捨てたんじゃないか!」

 

「ええ、捨てたわ。……でも、気が変わったの」

アイリーンは悪びれもせず告げた。

「壊れた玩具でも、手元に置いておきたくなる夜もあるのよ。……さあ、おいでウェンディ」

アイリーンが手を差し伸べる。

その手を見た瞬間。

 

ドクン。

ベッドの上のウェンディの心臓が跳ねた。

「……あ……」

ウェンディの瞳から、シェリアを見ていた時の温かい光が消え、再び焦点の定まらない虚ろな色が戻る。

マザーだ。マザーが迎えに来てくれた。

捨てられたんじゃなかった。気が変わったと言ってくれた。

それだけで十分だった。

 

「マ……ザー……」

 

ウェンディは、ボロボロの体を引きずるようにして、ベッドから這い降りようとした。

「ウェンディ!?」

シェリアが驚いて肩を掴む。

「ダメよ! 行っちゃダメ! あの女の所に行ったら、あんたは本当に壊れちゃう!」

 

「……はな……して……」

ウェンディの声は掠れ、震えていた。

行きたい。あの緋色の揺り籠へ。

あそこだけが、私の居場所。あそこだけが、罪人の私を許してくれる。

 

ズリッ。

ウェンディはベッドから転がり落ちた。

這ってでも行こうとする。

しかし、身体が言うことを聞かない。

ナツに砕かれた鱗のダメージ、精神崩壊による麻痺、そしてシェリアの呼びかけによって生じた「迷い」。

それらが鎖となり、彼女の手足を縛り付けていた。

「う……うぅ……動かない……」

ウェンディは地面に爪を立て、涙を流した。

「マザー……ごめんなさい……行けない……体が……」

その姿は、あまりにも惨めだった。

ナツたちの目には、洗脳された被害者にしか見えない。

だが、アイリーンにはわかっていた。

あの子は、心底自分を求めているのだと。

 

「……可哀想な子」

アイリーンは杖を振るった。

「邪魔な壁があるから来られないのね。……なら、掃除してあげる」

 

ドォォォォンッ!!

衝撃波が放たれる。

ナツたちが吹き飛ばされる。

 

「全員、消えなさい」

アイリーンが宙に舞う。

圧倒的な魔力。スプリガン12最強の女が、本気で「娘」を奪還しようとしていた。

「させるかァッ!!」

ナツが炎を纏って飛び出す。

「エルザ! グレイ! あいつを止めるぞ!」

「ああ! 」

エルザが「金剛の鎧」でアイリーンの魔法を防ぐ。

グレイが氷の壁を作る。

 

激しい戦闘が始まった。

その中心で、ウェンディは這いつくばったまま、泣きじゃくっていた。

「やめて……やめて……」

彼女の叫びは、自分を守ろうとするナツたちへの感謝ではない。

マザーを傷つけないで、という懇願だった。

けれど、声が出ない。体が動かない。

ただ無力な人形として、愛する「母」と、かつての「家族」が殺し合う光景を見せつけられる地獄。

「マザー……」

 

彼女の伸ばした手は、空を掴むだけ。

その指先はまだ、緋色の裾には届かない。

 




次回、「第17話:竜の女王、堕ちる時」
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