緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第3話:凍てついた再会

医務室の空気は、鉛のように重かった。

ベッドには、全身を包帯で巻かれたルーシィが横たわっている。意識はない。

セイバートゥースのミネルバによる執拗な攻撃は、ルーシィの身体だけでなく、見守っていた仲間たちの心までをも深く抉(えぐ)っていた。

 

「……くそっ!!」

 

ナツが壁を殴りつける。石壁に亀裂が走り、パラパラと粉塵が舞う。

「あいつら……絶対に許さねえ……!」

「ああ。必ず借りは返す」

グレイの声も低く沈んでいる。エルザは沈痛な面持ちで腕を組み、ただ静かに怒気を滾らせていた。

 

チームは再編成を余儀なくされていた。

レイヴンテイルの失格により、各ギルドから5名の選抜メンバーで最終日を戦うことになったのだ。しかし、今のルーシィには戦うどころか、起き上がる力さえ残されていない。

 

「問題は、ルーシィの代わりを誰にするかじゃが……」

ポーリュシカが渋い顔で告げる。

「今のメンバーで無傷な者は少ない。お前たちも満身創痍だろう」

 

沈黙が落ちる。

その時だった。

 

「──感情で魔力を乱すのは、非効率です」

 

鈴を転がすような、けれど絶対零度のように冷たい声が響いた。

全員が弾かれたように振り返る。

いつの間にか、病室の入り口に深い緋色のローブを纏った人影が立っていた。

気配は全くなかった。そこに「いる」のに、まるで風景の一部のように同化していたのだ。

 

「誰だ!」

エルザが警戒して誰何(すいか)する。

だが、その人影は答えない。音もなく床を滑るように歩を進め、ルーシィのベッドへ。

ポーリュシカが制止しようとするより速く、その手から赤黒い光が放たれた。

 

「なっ!?」

攻撃かと思われたその光は、複雑怪奇な術式を描き出し、瞬く間にルーシィの身体へと吸い込まれていく。

荒かった呼吸が整い、苦悶に歪んでいた表情が穏やかになる。

神業のような治癒──いや、状態の「再構成(エンチャント)」。

 

その魔法の残滓(ざんし)を感じ取り、シャルルが目を見開いた。

全身の毛が逆立つ。この匂い、この魔力の波長。

忘れるはずがない。

 

「うそ……ウェンディ……?」

 

その名前に、時が止まった。

ローブのフードが、白く滑らかな手によって下ろされる。

現れたのは、腰まで伸びた艶やかな群青の髪。そして、七年の時を経て少女から女性へと変化した、かつての「天空の巫女」の姿だった。

 

「ウェンディ……なのか?」

ナツが呆然と呟く。

生きていた。あの日、天狼島で死んだと思っていた妹分が、目の前にいる。

歓喜が爆発しそうになった。

 

「ウェンディ──ッ!!」

 

たまらず、シャルルが泣きながらウェンディの胸に飛び込んだ。

七年間、片時も忘れたことのなかった相棒。

その温かさに触れた瞬間、ウェンディの心臓は早鐘を打った。

 

(ああ、シャルルだ。温かい。ふわふわしてる。ずっと、この温もりに触れたかった。寂しかったよ、怖かったよシャルル……!)

 

心の中では、かつての少女のように泣きじゃくっていた。

強く抱きしめて、顔を埋めて、「寂しかった」と叫びたかった。

 

けれど。

ウェンディの身体は、冷たい彫像のように動かなかった。

抱きしめようと脳が命令を送るのに、指先ひとつ動かせない。七年間、アイリーンの元で張り詰め続けた「復讐者」の仮面は、筋肉の動きさえも封じてしまっていた。

(動いて。お願い、動いてよ私の手! シャルルを撫でてあげてよ!)

 

必死の願いとは裏腹に、口から滑り出たのは、師匠から骨の髄まで叩き込まれた「強者の論理」だった。

 

「……離れてください。動きにくいです」

 

その声の冷たさに、シャルルがびくりと震えて身体を離す。

傷ついたようなシャルルの顔を見て、ウェンディの心が悲鳴を上げた。

(違う! そんなこと言いたいんじゃない! ごめんね、ごめんねシャルル!)

 

激しい自己嫌悪で、胃が焼き切れそうになる。

それでも、ウェンディの顔には微塵の動揺も浮かばない。ただ静寂な瞳で、愛する仲間たちを見つめることしかできない。

 

「少し重くなりましたか、シャルル」

「え……?」

「泣くのは非効率です。……視界が悪くなりますよ」

 

あまりの変貌に、グレイやエルザも言葉を失う。

笑顔がない。かつての彼女の優しさが見えない。

まるで、精巧に作られた美しい人形がそこに立っているようだった。

 

「ウェンディ、お前……」

ナツが歩み寄る。

その鼻がピクリと動く。何かを言おうとして、ナツは口を閉ざした。

彼女から漂うのは、あまりにも濃密な「血」と「孤独」の匂い。そして、かつての彼女とは別次元の、鋭利な魔力の気配。

 

ナツは、ウェンディの頭に手を伸ばそうとして──止めた。

今の彼女には、安易に触れてはいけない空気があった。

 

「……生きてたんだな」

ナツが絞り出した言葉は、それだけだった。

「はい。生存報告が遅れて申し訳ありません」

 

ウェンディは淡々と答え、すぐに視線をマカロフへと向けた。

そこに「再会の喜び」を共有する余地はない。あるのは「業務連絡」のような冷たさだけだ。

 

「チームの欠員、私が埋めます。──今の『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』には、私の力が必要でしょう?」

 

マカロフが眉をひそめる。

「ウェンディよ。お主、戦えるのか? 今の相手は……」

「ドラゴンスレイヤーが二人。存じています」

 

ウェンディは言葉を遮り、無造作に片足を一歩踏み出した。

 

ズンッ。

 

それだけで、医務室全体が重力魔法のプレッシャーで軋み、窓ガラスにヒビが入る。

エルザやラクサスですら、肌に感じる魔力の密度に冷や汗を流した。

それは、味方すらも萎縮させるような、禍々しくも神々しい力。

 

「……勝つんでしょう? なら、私を使ってください。最適解を出してみせます」

 

その言葉は、もはやかつての臆病な少女のものではなかった。

緋色の絶望を背負い、天空を駆ける孤高の滅竜魔導士。

最強の、そして誰よりも「遠い」存在となった助っ人が、ここに加わった。

 




次回、「第4話:妖精の進撃、緋色の視線」。
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