緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第20話:黒き翼、終焉の咆哮

 雨上がりの空が、一瞬にして鉛色に染まった。

 肌を突き刺すような、重く、禍々しい魔力。

 それは、ゼレフやアイリーンですら比較にならない、生物としての格の違いを見せつけるプレッシャーだった。

 「……なんだ、これ……?」

 ナツの膝が震える。

 恐怖ではない。本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らしているのだ。

  ドォォォォォォンッ!!!!! 

  轟音と共に、アイリーンの亡骸のすぐそばに、何かが落下した。

 土煙が晴れると、そこには一人の男が立っていた。

 黒いマント。褐色の肌。そして、全ての生命を見下す冷酷な瞳。

 「……竜のにおいが消えたと思えば。死んだか」

 アクノロギア。

 竜の王が、無造作にそこに立っていた。

 「ア……ア……」

 ウェンディの瞳孔が開く。

 身体が石のように固まる。

 天狼島での記憶。冥府の門での絶望。

 イグニールを殺し、世界中の竜を滅ぼした、絶対的な死の象徴。

 「アクノロギア……!」

 エルザが剣を構えるが、切っ先が震えて定まらない。

 あまりの魔力差に、身体が竦んで動かないのだ。

 アクノロギアは、ナツたちになど目もくれず、足元のアイリーンの遺体を見下ろした。

 「賢竜アイリーン・ベルセリオン。……竜の女王などと名乗っていたが、所詮は人間崩れか。興醒めだ」

 男はつまらなそうに鼻を鳴らすと、右足を上げた。

 アイリーンの顔を踏みつけようとしたのだ。

 「……やめて」

 蚊の鳴くような声。

 しかし、アクノロギアの動きは止まらない。

 「やめてェェェッ!!!!」

 ウェンディが絶叫した。

 恐怖で震える足で、地面を蹴った。

 ナツたちが反応するよりも速く、彼女はアイリーンの遺体に覆いかぶさった。

 ドンッ!! 

 アクノロギアの足が止まる。

 踏みつけたのはアイリーンではない。

 彼女を庇った、ウェンディの背中だった。

 「ぐ……ぅぅ……ッ!」

 ウェンディが呻く。

 ただ踏まれただけではない。圧倒的な質量と魔力が、彼女の内臓を押し潰そうとしている。

 「ほう」

 アクノロギアが、初めてウェンディに興味を示した。

「滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)か。……しかも、この死体と同じ、不快な緋色のにおいがする」

 「どけよッ!! アクノロギアァァァッ!!」

 ナツが炎を纏って殴りかかる。

「『炎竜王の……崩拳ンンッ!!』」

 バシィッ!! 

 アクノロギアはウェンディを踏みつけたまま、裏拳一発でナツを吹き飛ばした。

「がはっ……!?」

 ナツは数キロ先の山まで弾き飛ばされ、岩盤にめり込んだ。

 「ナツ!!」

 エルザとグレイが同時に動くが、アクノロギアの咆哮だけで弾き返される。

「『我は竜の王……羽虫が囀るな』」

 圧倒的すぎた。

 アイリーンとの死闘で疲弊した彼らに、勝ち目は万に一つもなかった。

 「……娘か?」

 アクノロギアは、足元のウェンディを見下ろした。

「この女の死体を守るために、我が足の下に入るとはな。……滑稽だ」

 「……マザーを……汚すな……」

 ウェンディは血を吐きながら、アクノロギアの足を両手で掴んだ。

 爪が剥がれそうになるほど強く。

 「マザーは……立派な竜でした……。貴方なんかより……ずっと、ずっと気高い……!」

 「気高い? 竜に気高さなどない」

 アクノロギアの目に、残虐な光が宿る。

「あるのは破壊のみ。……消え失せろ、滅竜魔導士」

 彼が足に力を込める。

 ウェンディの背骨が悲鳴を上げる。

 死ぬ。

 今度こそ、本当に潰される。

 その時。

 ウェンディの体から、淡い緋色の光が溢れ出した。

 キィィィィィン……ッ!! 

 「ぬ?」

 アクノロギアが僅かに足を浮かせた。

 それは、ただの魔力防御ではない。

 ウェンディの周囲の空間座標を書き換え、重力を反転させ、物理的な干渉を拒絶する超高等魔法。

 「『高位付加(ハイ・エンチャント)・絶対防御(デウス・シールド)』……!?」

 エルザが驚愕する。

 それはウェンディが使えるはずのない、アイリーンの十八番だった。

 「私が……守る……」

 ウェンディがゆらりと立ち上がる。

 彼女の髪色が、一時的に緋色に輝いていた。

 アイリーンが最期に残した「精神修復」の魔法。それには、彼女の膨大な知識と魔力の一部が含まれていたのだ。

 「マザーがくれた命……マザーが残した力……! こんな奴に、消させてたまるもんですかッ!!」

 ウェンディが空を睨みつける。

 その瞳は、竜の王を前にしても、もう逃げなかった。

 「……面白い」

 アクノロギアが獰猛に笑った。

「賢竜の残り香か。……ならば、その力ごと喰らい尽くしてやる!」

 ゴオオオオオオオッ!! 

 アクノロギアの腕が竜の鉤爪へと変化する。

 「みんな、下がっててください!!」

 ウェンディが叫ぶ。

 彼女は両手を広げ、巨大な魔法陣を展開した。

 風と、緋色の魔力が混ざり合う、新たな滅竜魔法。

 「私が……ここで食い止めます!!」

 恐怖に震えながらも、少女は王に牙を剥く。

 亡き母の尊厳と、生ける家族の未来を守るために。




次回、「第21話:継承されし緋色、空への反撃」
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