ドゴォォォォォォンッ!!
マグノリアの大地が悲鳴を上げる。
アクノロギアの拳が地面を叩き割るたび、地形が変わるほどの破壊が撒き散らされる。
「ハァ……ッ! ハァ……ッ!」
ウェンディは宙を舞っていた。
背中には風の翼。瞳には緋色の魔力光。
アイリーンから受け継いだ「高位付加(ハイ・エンチャント)」の知識が、彼女の回避能力を極限まで高めていた。
「『物理耐性付加(フィジカル・エンチャント)・鋼鉄の風』!」
ウェンディが叫ぶ。
アクノロギアの爪が彼女を捉えた瞬間、空気の密度を鋼鉄以上に硬化させ、衝撃を滑らせる。
「ほう。……小賢しい真似を」
アクノロギアが鼻で笑う。
彼の爪は、鋼鉄の空気ごと空間を引き裂いた。
「だが、魔力である以上、我が牙の前では餌に過ぎん」
バクリ。
アクノロギアが空間ごとかぶりつく。
ウェンディの付加術が、一瞬にして喰らい尽くされ、無効化された。
「くっ……!」
防御が消えたウェンディの身体が、衝撃波で吹き飛ばされる。
地面を転がり、アイリーンの遺体の前で止まる。
「マザー……!」
ウェンディはすぐに立ち上がり、再び遺体を背に庇った。
全身から血が噴き出している。魔力も底をつきかけている。
それでも、彼女は退かない。
(怖い……足が震える……)
(でも、ここで逃げたら……マザーが生きた証まで消されてしまう!)
アイリーンは最期に、ウェンディの心を救ってくれた。
その優しさを、その尊厳を、この黒い竜に踏みにじらせるわけにはいかない。
「まだです……! まだ私は、倒れていません!」
ウェンディが杖を構える。
その姿に、アクノロギアは冷酷な宣告を下した。
「飽きた」
ズオォォォォォォ……ッ。
アクノロギアの口元に、青白い光が収束する。
それは、天狼島を消滅させたあの「咆哮」と同じ輝き。
「賢竜の残り香ごと、塵と消えよ」
回避不可能。防御不可能。
ウェンディは悟った。これは防げない。
彼女は杖を捨て、背後のアイリーンの亡骸に覆いかぶさった。
(ごめんなさい、マザー……。せめて、私が盾になります……)
世界が白く染まる。
終焉の光が放たれた。
――その時。
「『炎竜王の……崩拳ンンンンッ!!!!』」
ドゴォォォォォォォォォォォッ!!!!!
横合いから突っ込んできた紅蓮の火の玉が、アクノロギアの顔面を強打した。
咆哮の軌道がわずかにズレる。
光の奔流は、ウェンディの真横数メートルを通過し、遥か彼方の山脈を消滅させた。
「な……!?」
ウェンディが顔を上げる。
もうもうと立ち込める土煙の中、一人の男が立っていた。
全身から湯気を上げ、燃え盛る瞳で竜王を睨みつける男。
「ナツ……さん……」
ナツ・ドラグニルだ。
彼はウェンディの方を振り返らず、背中で語りかけた。
「よくやった、ウェンディ」
その声は優しく、力強かった。
「お前が守ったもんは、ちゃんと残ってるぞ」
ウェンディが見ると、アイリーンの遺体には傷一つついていなかった。
彼女の必死の抵抗は、無駄ではなかったのだ。
「う……うぅ……っ!」
ウェンディの目から、安堵の涙が溢れ出した。
「また来たか、羽虫が」
アクノロギアが顎をさする。ナツの一撃すら、彼には軽い痛痒に過ぎない。
「何度来ようと同じだ。我が前では全ての竜は無力」
「一人じゃな」
ナツがニカっと笑った。
「だが、俺たちには『数』があるぜ?」
キィィィィィン!!
空気を切り裂く音と共に、鉄の杭がアクノロギアの足元に打ち込まれた。
「ギヒッ。待たせたな、サラマンダー」
影から現れたのは、鉄の滅竜魔導士ガジル・レッドフォックス。
「俺達も混ぜてくださいよ! ナツさん!」
「遅れてすまない!」
光と影が交差する。
白竜のスティング、影竜のローグも駆けつけた。
さらに、遠くから雷鳴が轟き、毒の霧が漂う。
ラクサスとコブラも接近している気配がある。
「これは……」
エルザが瓦礫の影から見つめる。
揃った。
400年前から計画された、竜王を倒すための唯一の希望。
7人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たちが。
「行くぞ、お前ら!!」
ナツが拳を合わせる。
「ウェンディ! お前もだ! 立てるか!?」
ウェンディは涙を拭い、アイリーンの亡骸に小さく頷いた。
(行ってきます、マザー。……貴女の魔法で、未来を掴んできます)
「はいッ!!」
ウェンディが立ち上がる。
その背中には、もう迷いも、恐怖もない。
緋色の風と、天空の風を纏い、彼女は再び戦場へと舞い戻った。
対峙するのは、絶望の竜王アクノロギア。
挑むのは、時代を超えて集いし7人の狩人たち。
最後の戦い、竜王祭(ドラゴンキング・フェスティバル)の幕が上がる。
次回、「第22話:七つの炎、一つの希望」