マグノリアの丘の上。
新しい墓標の前で、ウェンディは静かに手を合わせていた。
「……マザー。今日はいいお天気ですよ」
ウェンディの声は穏やかで、表情も明るい。
背後から近づいてきたエルザが、その様子を見て安堵の息を吐く。
「ウェンディ」
「あ、エルザさん」
ウェンディは振り返り、屈託のない笑顔を見せた。
「お花、持ってきてくれたんですね」
「ああ。……あの方(母)も、お前のような優しい子が娘で、幸せだっただろう」
エルザが墓標に白百合を供える。
「もう自分を責めるな。お前は十分に償った。これからは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士として、光の中を歩んでいくんだ」
「……はい。ありがとうございます、エルザさん」
ウェンディは深く頭を下げた。
その顔が伏せられた瞬間、彼女の瞳から「光」が消え、冷ややかな色が宿ったことを、エルザは気づかなかった。
(……光の中? 違いますよ、エルザさん)
ウェンディは心の中で、冷ややかに呟いた。
(私の居場所は、マザーがくれた緋色の揺り籠の中だけ。……貴女たちが「光」と呼ぶこの世界は、私にとってはマザーのいない「牢獄」でしかないんです)
ギルドに戻ると、いつもの喧騒が待っていた。
ナツとグレイの喧嘩、ルーシィのツッコミ、ハッピーの笑い声。
平和で、温かくて、残酷なほど「正常」な日常。
「おう、ウェンディ! 帰ったか!」
ナツが笑顔で手を振る。
「見てくれよ、この依頼書! 古代文字で書かれてて誰も読めねえんだ。お前、アイリーンの知識があるなら読めたりしねえか?」
ナツが差し出したのは、カビ臭い古い羊皮紙だった。
ウェンディはそれを受け取り、一瞥する。
──『魂の定着と、器の再構成に関する禁術概論』
それは、死者を蘇らせるための理論が記された、闇ギルドの遺産だった。
ウェンディの心臓が早鐘を打つ。
これだ。ずっと探していた、マザーに繋がる糸口。
「……ウェンディ? どうした? 難しいか?」
ナツが顔を覗き込む。
ウェンディは顔を上げ、完璧な「営業スマイル」を作った。
「いえ、読めますよナツさん! ……ええと、これは『古代の農業用水路の設計図』ですね。雨乞いの儀式について書かれています」
「なんだよー、農業かよ! つまんねーの!」
ナツは興味を失い、あくびをした。
「じゃあゴミ箱行きだな」
「あ、待ってください!」
ウェンディは慌てて羊皮紙を抱きしめた。
「……私、これ研究してみたいです。農業も大切な魔法ですから、勉強になるかも」
「へえ、真面目だなあウェンディは。わかった、お前にやるよ」
「ありがとうございます!」
ウェンディは羊皮紙を胸に抱き、ニコニコと笑った。
その笑顔の裏で、彼女は舌を出していた。
(チョロいですね、ナツさん。……これは誰にも渡さない。私の希望(マザー)なんですから)
その夜。
ウェンディは女子寮の自室で、一人机に向かっていた。
窓の外には月が出ている。
かつてアイリーンの城で、二人で見上げたのと同じ月。
机の上には、先ほどの羊皮紙と、そしてもう一つ──小さなガラス瓶が置かれていた。
その中には、あの日、戦場で拾い集めた「アイリーンの髪の毛」が数本、大切に封じ込められている。
「……マザー」
ウェンディはガラス瓶を愛おしそうに頬ずりした。
瞳には、昼間の明るさは微塵もない。
あるのは、狂気じみた執着と、深い深い愛情。
「みんなは言います。死者は戻らない、前を向けって。……でも、そんなの嘘です」
彼女は羊皮紙を広げ、古代文字を指でなぞる。
アイリーンから受け継いだ膨大な付加術(エンチャント)の知識。
それと、この禁術を組み合わせれば……理論上は可能だ。
肉体を再構成し、そこに魂を付加する。
「人格再構成(リ・パーソナリティ)」を応用すれば、あるいは……。
「私が必ず見つけます。……生き返らせてみせます」
ウェンディは瞳を怪しく光らせた。
そのためなら、どんな犠牲も払う。
ギルドを騙し、ナツさんを裏切り、世界を敵に回しても構わない。
「待っていてくださいね、マザー」
ウェンディはガラス瓶に口づけを落とした。
「私だけは、絶対に貴女を忘れない。……もう一度、あの温かい腕で抱きしめてもらうその日まで」
彼女は微笑んだ。
それは、聖女のような清らかさと、魔女のような背徳感が混ざり合った、歪で美しい笑顔だった。
妖精の尻尾(フェアリーテイル)の片隅で、誰にも知られぬよう、緋色の野望が芽吹き始めていた。
少女の「曇りなき眼(まなこ)」は今、底なしの闇を見つめている。
【第二部:緋色の揺り籠、偽りの母娘 完】