緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第三部の冒頭だけ先出しします。


第三部:禁忌の空、虚飾の翼
プロローグ:完璧な「妹」の演技


 マグノリアの街に、眩しいほどの朝日が差し込んでいた。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドホールは、今日も今日とて賑やか──いや、騒がしいほどの活気に満ちている。

「うおおおお! 燃えてきたぞォ!!」

「うるせえナツ! 朝から暴れるな!」

「あーい! 二人とも仲良く喧嘩してねー」

 いつもの風景。いつもの仲間たち。

 その中心で、ウェンディ・マーベルはニコニコと微笑みながら、傷ついた仲間の手当てをしていた。

 「もう、ナツさんったら。また怪我して……。じっとしててくださいね」

 ウェンディの手から、柔らかな天空の光が溢れる。

 ナツの擦り傷がみるみる塞がっていく。

「おーっ! サンキューなウェンディ! お前の魔法はすげえや! めっちゃ元気になる!」

 ナツがニカっと笑い、ウェンディの頭をガシガシと撫でる。

 ウェンディは、少し照れたように頬を赤らめ、首をすくめた。

「えへへ……。お役に立てて嬉しいです」

 完璧だった。

 照れる角度、声のトーン、瞳の揺らし方。

 どこからどう見ても、ギルドのマスコットであり、愛されるべき妹分の姿だった。

 (……簡単ですね)

 ウェンディの心の中は、真冬の湖面のように冷え切っていた。

 ナツの掌の温もりを感じながら、彼女は冷静に分析していた。

 (人は、見たいものしか見ない。私が「良い子」でいればいるほど、誰も私の影を疑わない)

 あの日、アイリーン・ベルセリオンの亡骸の前で誓ってから、数ヶ月。

 ウェンディは以前よりも明るく、積極的になったと言われていた。

「マザーの死を乗り越え、成長した」と、誰もがそう解釈していた。

 ──違う。

 乗り越えてなどいない。

 ただ、目的のために「邪魔が入らない場所」を確保しただけだ。

 「ウェンディ?」

 不意に、鋭い視線を感じた。

 相棒のシャルルだ。彼女だけは、時折ウェンディの様子を怪しむような素振りを見せる。

 「どうしたのシャルル? 紅茶、淹れましょうか?」

 ウェンディは瞬時に「優しい飼い主」の顔を作る。

「……ううん。なんでもないわ。最近、夜更かししてるみたいだけど、大丈夫?」

「あ、わかっちゃいました? 実は、新しい魔法の勉強が楽しくて……」

 「無理は禁物よ。あなたは頑張りすぎるんだから」

「はい、気をつけます」

 嘘ではない。

 毎晩、魔法の勉強をしているのは事実だ。

 ただし、それはシャルルが想像するような「人を癒やす魔法」などではなかった。

 その日の深夜。

 女子寮の自室。カーテンを閉め切り、ランプの明かりだけが灯る密室。

 ウェンディは机の上に広げた古びた羊皮紙──ナツから譲り受けた闇ギルドの禁術書を、食い入るように見つめていた。

 「……『魂魄の再定着』には、三つの触媒が必要……」

 ウェンディは、小声で読み上げる。

 一つ、対象の遺体の一部。

(これはある。マザーの髪の毛が)

 一つ、対象とかつて強い魔力パスで繋がっていた者の血液。

(これも問題ない。エルザさんの血……あるいは、エンチャントで繋がっていた私の血でも代用できるはず)

 そして、最後の一つ。

 「……『竜の種』の活性化に必要な、大量の……『生命力(ライフ・フォース)』」

 ウェンディの指が止まる。

 そこには、残酷な事実が記されていた。

 失われた強大な魂──ましてや「賢竜」クラスの存在を現世に呼び戻すには、等価交換として膨大な生命エネルギーが必要となる。

 それは、ただ魔力を注げばいいというものではない。

 もっと根源的な、命そのものを刈り取る行為。

 「……誰かの命を、奪わなければならない」

 普通なら、ここで諦めるだろう。

 かつてのウェンディなら、恐怖で本を閉じていただろう。

 だが、今の彼女は違った。

 彼女は、ランプの灯りに照らされたガラス瓶──アイリーンの髪が入った瓶を見つめ、うっとりと瞳を細めた。

 「大丈夫ですよ、マザー。……私は『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の魔導士です」

 彼女は、羊皮紙の「生贄」と書かれた項目を、冷たい指先でなぞった。

 「悪い人たち……闇ギルドや、魔物を倒して、その命を使えばいいんですよね? ……それなら、誰も文句は言いません」

「正義のために戦って、その結果としてマザーが戻ってくるなら……それは『善い行い』です」

 歪んだ論理。

 目的と手段が入れ替わり、狂気が正当化されていく。

 ウェンディは立ち上がり、窓を開けた。

 夜風が吹き込む。

 そこには、どこまでも広がる自由な空があった。

 しかし、彼女にはその空が、自分を閉じ込める檻にしか見えなかった。

 「待っていてください。……もうすぐ、自由にしてあげますから」

 ウェンディは微笑んだ。

 月明かりの下、その影だけが、巨大な竜の形をして揺らめいているように見えた。

 光の仮面を被った少女が、禁忌の扉に手をかける。

 愛する母を地獄から引きずり上げるためなら、彼女は自ら天使の羽をもぎ取り、堕天することも厭わない。




次回、「第1話:代償の血、狩りの時間」
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