第三部が最終章となります。
第三部はそこまで長くないので、続けて投稿します。
深夜の女子寮。
カーテンを閉め切った暗闇の中で、ウェンディはナイフを握りしめていた。
その切っ先が、自身の細い指先に触れる。
チクリとした痛みと共に、鮮やかな緋色の血が滲み出した。
「……マザー。これで、届きますか?」
ウェンディは、滲み出た血を、アイリーンの髪が入ったガラス瓶へと滴らせた。
ポタリ、ポタリ。
血が髪に触れた瞬間、瓶の中で微かな発光現象が起きた。
共鳴している。
「やっぱり……。私の血で、代用できる」
ウェンディは、傷口を舐めて安堵の息を吐いた。
本来なら、肉親であるエルザ・スカーレットの血が最も適合率が高いはずだ。
だが、ウェンディはそれを拒んだ。
(エルザさんには頼りません。……マザーを蘇らせるのは、私だけでいい)
ウェンディの体には、かつてアイリーンが付加した「竜の種」の痕跡と、彼女の魔力が深く刻み込まれている。
血の繋がりはなくとも、魔力の繋がりにおいて、ウェンディはエルザ以上にアイリーンに近い存在となっていた。
「血(コネクション)は確保しました。……あとは、燃料(ライフ・フォース)だけ」
ウェンディは包帯を巻きながら、羊皮紙の「生贄」の項目を睨みつけた。
膨大な生命力。
それを満たすには、そこら辺の小動物では足りない。
強い魔力を持つ人間か、強力な魔獣の命が必要だ。
「……行きましょう。狩りの時間です」
翌朝。
ギルドの掲示板の前で、ナツたちが騒いでいた。
「おい見ろよ! この『鉄の森(アイゼンヴァルト)』の残党が暴れてるって依頼! 懸賞金高いぞ!」
「また暴れる気かよナツ。街を壊して報酬減らされるのがオチだろ」
グレイが呆れ顔で突っ込む。
「あの……ナツさん」
そこへ、ウェンディがひょっこりと顔を出した。
少し顔色が悪いが、表情はいつもの朗らかな笑顔だ。
「その依頼、私にも手伝わせてください。……最近、攻撃魔法の特訓をしていて、実戦で試したいんです」
「おう! いいぞウェンディ! お前がいれば百人力だ!」
ナツは疑いもせず快諾した。
「でもお前、なんか顔色悪くねえか? ちゃんと飯食ってるか?」
「ええ、大丈夫です。……昨日は少し、夜更かししちゃっただけですから」
ウェンディは胸の前で小さく手を振った。
(血を抜いたせいですね。……でも、すぐに「補給」できますから)
――フィオーレ北部、岩石地帯。
依頼の内容は、山賊化した元闇ギルド魔導士たちの討伐だった。
ナツとグレイ、エルザが前線で派手に暴れまわる中、ウェンディは後方支援に回っていた。
「逃げろ! 『妖精の尻尾』だァッ!」
「くそっ、化け物揃いかよ!」
敵の魔導士たちが散り散りになって逃げ出す。
その中の一人が、岩陰に隠れていたウェンディを見つけた。
「あそこにガキがいるぞ! 人質にしてやる!」
薄汚い男が、ナイフを構えてウェンディに襲いかかる。
「おい、そこの小娘! 動くなよ!」
ウェンディは動かなかった。
怯えることも、助けを呼ぶこともなく、ただ静かに男を見つめていた。
「……運がいいですね、貴方」
「あぁ!?」
ウェンディが指先を男に向けた。
ナツたちは遠くで戦っていて、こちらの様子には気づいていない。
(今なら、誰にも見られずに……)
ウェンディの瞳が、冷徹な緋色に染まる。
癒やしの光ではない。生命を奪い、己の糧とする禁断の付加術。
「『生命力強奪(ライフ・ドレイン)』」
ヒュッ……。
風を切る音すらしなかった。
男の身体から、青白い光の粒が無理やり引き剥がされ、ウェンディの掌へと吸い込まれていく。
「あ……が……?」
男の目が見開かれる。
声が出ない。力が抜ける。
急激な老化現象のように、肌がしなび、髪が白くなり、生命の灯火が消えていく。
「命を……いただきます」
ウェンディはその光を、懐に隠した「魔水晶(ラクリマ)」へと封じ込めた。
ドサッ。
男が倒れる。死んではいないが、二度と魔法を使えないほどの廃人状態。
「ふぅ……」
ウェンディの顔色が、みるみる良くなっていく。
奪った生命力の一部を、自身の補給に回したのだ。
「おいウェンディ! 大丈夫か!?」
遠くからナツの声がした。
ウェンディは瞬時に緋色の魔力を消し、倒れた男のそばで「怯えた少女」の演技に入った。
「ナ、ナツさん! ……怖かったです……!」
駆け寄ってきたナツに、ウェンディは涙目でしがみついた。
「こいつが急に襲ってきて……! 私、無我夢中で『天竜の翼撃』を撃ったら、気絶しちゃって……!」
「おお、そうか! よくやったなウェンディ! 怪我はねえか?」
ナツは倒れた男を一瞥したが、単に気絶しているだけだと思いこんだ。
男から「命」が抜き取られていることになど、気づくはずもない。
「はい! ……ナツさんのおかげで、勇気が出ました」
ウェンディはナツの胸に顔を埋めながら、口元だけで冷酷に微笑んだ。
懐の魔水晶が、ドクンと脈打つ。
一人分の生命力確保。
マザーの復活に必要な量は、あと数百人分。
(まだまだ足りない。……もっと、もっと「悪い人」を探さないと)
光のギルドの庇護の下、少女の「正義の狩り」が始まった。
次回、「第2話:重なる嘘、軋む絆」