依頼を終え、マグノリアへの帰路につく列車の中。
ナツとグレイ、エルザは遊び疲れた子供のように爆睡していたが、ウェンディだけは窓の外を眺め、元気そうに脚をブラブラさせていた。
「……元気ね、ウェンディ」
向かいの席に座るシャルルが、怪訝そうに眉をひそめた。
「あんな大規模な戦闘の後なのに、魔力の枯渇(ガス欠)も起こしていないなんて」
「えへへ。最近、魔力コントロールのコツを掴んだんです」
ウェンディはニッコリと笑った。
嘘ではない。奪った生命力の一部を自身の魔力に変換し、常に満タンの状態を維持しているのだ。
他人の命を燃やして動く身体は、かつてないほど軽く、力に満ちていた。
「そう……」
シャルルは納得しきれない様子で鼻を鳴らした。
(おかしいわ。……ウェンディの匂いが変わった気がする)
ドラゴンスレイヤー特有の鋭い嗅覚を持つナツですら気づかない変化。
だが、生まれた時からずっとそばにいたシャルルにはわかった。
ウェンディから漂う「風」の匂いに、微かに混じる鉄錆のような異臭。
それは、あの日戦場で感じた「緋色の絶望」アイリーン・ベルセリオンの魔力臭に酷似していた。
「ねえ、ウェンディ」
シャルルが意を決して尋ねる。
「あなた、本当に大丈夫なの? アイリーンのこと……まだ引きずっているんじゃ……」
ピタリ。
ウェンディの足が止まった。
「……引きずる?」
ウェンディは小首を傾げた。
「そんなことありませんよ。マザー……アイリーンさんはもう亡くなりました。私はちゃんと、前を向いています」
その瞳は澄んでいて、一点の曇りもないように見えた。
だからこそ、シャルルは背筋が寒くなった。
以前のウェンディなら、嘘をつく時は目が泳いだり、指先をいじったりする癖があった。
今の彼女は、あまりにも「自然すぎる」のだ。
「そう。……ならいいけど」
シャルルはそれ以上踏み込めなかった。
相棒を信じたいという気持ちが、違和感に蓋をした。
数日後の深夜。
皆が寝静まった頃、ウェンディは黒いローブを羽織り、音もなく女子寮の窓から抜け出した。
手には、魔力を感知する小さな水晶。
行き先は、マグノリアの裏路地にある酒場街だ。
「……反応あり。魔導士ランクB相当」
ウェンディが路地裏に降り立つと、そこには酔っ払った風貌の悪い男たちがたむろしていた。
闇ギルドの紋章を隠し持っている。街の治安を乱す、小悪党たちだ。
「おい、嬢ちゃん。こんな夜更けに一人歩きか?」
「へへっ、迷子ならおじさんたちが案内してやるよ」
男たちが下卑た笑みを浮かべて囲んでくる。
ウェンディはフードを深く被ったまま、小さく溜息をついた。
「……案内していただく必要はありません」
ウェンディが顔を上げる。
月明かりに照らされたその瞳は、獲物を見定めた捕食者の色をしていた。
「貴方たちの命(みち)案内をするのは、私ですから」
ヒュンッ!
風が爆ぜた。
「『天竜の……咆哮』」
ドゴォォォォンッ!!
手加減なしの一撃が、狭い路地裏を吹き飛ばす。
男たちが悲鳴を上げて壁に叩きつけられる。
気絶、あるいは重傷。抵抗できない状態になったことを確認すると、ウェンディは冷徹に歩み寄った。
「ランクB……三匹。これなら、魔水晶(ラクリマ)の十分の一は埋まるでしょうか」
ウェンディは懐から妖しく光る魔水晶を取り出した。
そして、倒れた男たちの胸に手をかざす。
「『生命力強奪(ライフ・ドレイン)』」
ズズズズズ……。
男たちの口から、青白い魂の光が漏れ出し、魔水晶へと吸い込まれていく。
命を削り取られる苦痛に、気絶していた男がビクンと痙攣するが、ウェンディは眉一つ動かさない。
「痛いですか? ……でも、貴方たちは今まで、沢山の人を傷つけてきたんですよね?」
ウェンディは自分に言い聞かせるように呟く。
「これは罰です。そして、貴方たちの汚れた命が、マザーという高潔な魂の糧になるんです。……光栄に思いなさい」
三人の男が、老婆のように干からびて動かなくなる。
命脈は保っているが、魔導士としての生命は終わった。
「……ふぅ」
作業を終えたウェンディは、満たされた魔水晶を愛おしそうに撫でた。
温かい。
他人の命の温もり。これが集まれば、あの冷たい墓標の下で眠るマザーを温められる。
「あ……」
ふと、ウェンディは自分の手が震えていることに気づいた。
恐怖ではない。
興奮だ。
「良いことをした」という歪んだ正義感と、目的に近づいた高揚感が、彼女の理性を麻痺させていた。
「そこにいるのは誰だ!」
遠くから、街の見回りをしていた衛兵の声が聞こえる。
ウェンディは瞬時に風を纏い、屋根へと飛び移った。
闇に紛れて寮へ戻る途中、彼女はふと、空を見上げた。
星が綺麗だ。
けれど、その輝きは、今の彼女には眩しすぎた。
「ごめんなさい、シャルル。ナツさん」
ウェンディは小さく謝罪した。
だが、その足は止まらない。
彼女はもう、引き返せない場所まで踏み込んでしまっていた。
部屋に戻り、ローブを脱ぐと、そこにはいつもの「天使のようなウェンディ」がいる。
しかし、その肌の下には、禁忌の血と、数百人分の他者の命が渦巻いているのだった。
次回、「第3話:禁断の書庫、黒魔導士の影」