緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第2話:重なる嘘、軋む絆

依頼を終え、マグノリアへの帰路につく列車の中。

 ナツとグレイ、エルザは遊び疲れた子供のように爆睡していたが、ウェンディだけは窓の外を眺め、元気そうに脚をブラブラさせていた。

「……元気ね、ウェンディ」

 向かいの席に座るシャルルが、怪訝そうに眉をひそめた。

「あんな大規模な戦闘の後なのに、魔力の枯渇(ガス欠)も起こしていないなんて」

「えへへ。最近、魔力コントロールのコツを掴んだんです」

 ウェンディはニッコリと笑った。

 嘘ではない。奪った生命力の一部を自身の魔力に変換し、常に満タンの状態を維持しているのだ。

 他人の命を燃やして動く身体は、かつてないほど軽く、力に満ちていた。

「そう……」

 シャルルは納得しきれない様子で鼻を鳴らした。

 (おかしいわ。……ウェンディの匂いが変わった気がする)

 ドラゴンスレイヤー特有の鋭い嗅覚を持つナツですら気づかない変化。

 だが、生まれた時からずっとそばにいたシャルルにはわかった。

 ウェンディから漂う「風」の匂いに、微かに混じる鉄錆のような異臭。

 それは、あの日戦場で感じた「緋色の絶望」アイリーン・ベルセリオンの魔力臭に酷似していた。

「ねえ、ウェンディ」

 シャルルが意を決して尋ねる。

「あなた、本当に大丈夫なの? アイリーンのこと……まだ引きずっているんじゃ……」

 ピタリ。

 ウェンディの足が止まった。

「……引きずる?」

 ウェンディは小首を傾げた。

「そんなことありませんよ。マザー……アイリーンさんはもう亡くなりました。私はちゃんと、前を向いています」

 その瞳は澄んでいて、一点の曇りもないように見えた。

 だからこそ、シャルルは背筋が寒くなった。

 以前のウェンディなら、嘘をつく時は目が泳いだり、指先をいじったりする癖があった。

 今の彼女は、あまりにも「自然すぎる」のだ。

「そう。……ならいいけど」

 シャルルはそれ以上踏み込めなかった。

 相棒を信じたいという気持ちが、違和感に蓋をした。

 数日後の深夜。

 皆が寝静まった頃、ウェンディは黒いローブを羽織り、音もなく女子寮の窓から抜け出した。

 手には、魔力を感知する小さな水晶。

 行き先は、マグノリアの裏路地にある酒場街だ。

「……反応あり。魔導士ランクB相当」

 ウェンディが路地裏に降り立つと、そこには酔っ払った風貌の悪い男たちがたむろしていた。

 闇ギルドの紋章を隠し持っている。街の治安を乱す、小悪党たちだ。

「おい、嬢ちゃん。こんな夜更けに一人歩きか?」

「へへっ、迷子ならおじさんたちが案内してやるよ」

 男たちが下卑た笑みを浮かべて囲んでくる。

 ウェンディはフードを深く被ったまま、小さく溜息をついた。

「……案内していただく必要はありません」

 ウェンディが顔を上げる。

 月明かりに照らされたその瞳は、獲物を見定めた捕食者の色をしていた。

「貴方たちの命(みち)案内をするのは、私ですから」

 ヒュンッ!

 風が爆ぜた。

 「『天竜の……咆哮』」

 ドゴォォォォンッ!!

 手加減なしの一撃が、狭い路地裏を吹き飛ばす。

 男たちが悲鳴を上げて壁に叩きつけられる。

 気絶、あるいは重傷。抵抗できない状態になったことを確認すると、ウェンディは冷徹に歩み寄った。

「ランクB……三匹。これなら、魔水晶(ラクリマ)の十分の一は埋まるでしょうか」

 ウェンディは懐から妖しく光る魔水晶を取り出した。

 そして、倒れた男たちの胸に手をかざす。

「『生命力強奪(ライフ・ドレイン)』」

 ズズズズズ……。

 男たちの口から、青白い魂の光が漏れ出し、魔水晶へと吸い込まれていく。

 命を削り取られる苦痛に、気絶していた男がビクンと痙攣するが、ウェンディは眉一つ動かさない。

「痛いですか? ……でも、貴方たちは今まで、沢山の人を傷つけてきたんですよね?」

 ウェンディは自分に言い聞かせるように呟く。

「これは罰です。そして、貴方たちの汚れた命が、マザーという高潔な魂の糧になるんです。……光栄に思いなさい」

 三人の男が、老婆のように干からびて動かなくなる。

 命脈は保っているが、魔導士としての生命は終わった。

「……ふぅ」

 作業を終えたウェンディは、満たされた魔水晶を愛おしそうに撫でた。

 温かい。

 他人の命の温もり。これが集まれば、あの冷たい墓標の下で眠るマザーを温められる。

「あ……」

 ふと、ウェンディは自分の手が震えていることに気づいた。

 恐怖ではない。

 興奮だ。

 「良いことをした」という歪んだ正義感と、目的に近づいた高揚感が、彼女の理性を麻痺させていた。

「そこにいるのは誰だ!」

 遠くから、街の見回りをしていた衛兵の声が聞こえる。

 ウェンディは瞬時に風を纏い、屋根へと飛び移った。

 闇に紛れて寮へ戻る途中、彼女はふと、空を見上げた。

 星が綺麗だ。

 けれど、その輝きは、今の彼女には眩しすぎた。

「ごめんなさい、シャルル。ナツさん」

 ウェンディは小さく謝罪した。

 だが、その足は止まらない。

 彼女はもう、引き返せない場所まで踏み込んでしまっていた。

 部屋に戻り、ローブを脱ぐと、そこにはいつもの「天使のようなウェンディ」がいる。

 しかし、その肌の下には、禁忌の血と、数百人分の他者の命が渦巻いているのだった。




次回、「第3話:禁断の書庫、黒魔導士の影」
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