大魔闘演武、四日目。
海戦(ナバルバトル)での凄惨な事件を経て、会場の空気は異様な興奮と緊張に包まれていた。
レイヴンテイルの失格に伴い、運営委員会は参加チームの統合と再編成を発表した。
『さあさあ! ここからは新たな展開カボ! 残るチームは6つ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、A・Bチームを解散し、最強の5人を選抜してのエントリーだカボォォッ!』
ゲートの奥、暗がりの中で5つの影が待機している。
ナツ、グレイ、エルザ、ラクサス。
本来ならガジルが立つはずだったその場所に、今は小柄な影があった。
「……緊張しているのか、ウェンディ」
腕を組んだエルザが、静かに問いかける。
緋色のローブを目深に被ったウェンディは、顔色ひとつ変えずに首を横に振った。
「いいえ。心拍数、魔力循環、共に正常値です。緊張する合理的理由がありません」
「そうか。……頼りにしているぞ」
「はい。仕事は完遂します」
会話は短く、事務的。
だが、ナツだけはウェンディの背中から漂う匂い――「みんなと並んで歩ける喜び」と「失敗したらどうしようという恐怖」が入り混じった複雑な匂いを感じ取り、ニッと笑って前を向いた。
『入場! 新生・妖精の尻尾(フェアリーテイル)ォォォッ!!!』
ワァァァァァァッ!!!
爆発的な歓声と、一部のブーイングが入り混じる中、5人は光の中へと歩み出した。
先頭にラクサスとエルザ。続いてナツとグレイ。
そして中央に、異質な空気を纏うウェンディ。
(まぶしい……)
ウェンディはフードの奥で目を細めた。
観客の視線ではない。隣を歩く仲間たちの「輝き」がだ。
七年間、ずっと憧れていた背中。今、私はその並びに立っている。
(足手まといにはならない。もう守られるだけの存在じゃない。私が、このチームを勝たせる)
彼女は自分自身に言い聞かせるように、強く拳を握りしめた。
その表情は、やはり凍てついたままだったが。
試合形式はタッグバトル。
フェアリーテイルの出番は最終試合だ。それまで、ウェンディは選手席から他チームの試合を観戦することになった。
第一試合。
『青い天馬(ブルーペガサス)』vs『四つ首の番犬(クワトロパピー)』。
一夜・二夜ペア vs バッカス・ロッコペア。
試合開始直後、バッカスが瓢箪(ひょうたん)の酒をあおり、不規則な動きで一夜たちを翻弄し始めた。
酔劈掛掌(すいひかしょう)。予測不能の体術に、会場が沸く。
「へえ、あのバッカスの動き、やっぱ捉えづらいな」
グレイが感心したように呟く。
エルザも頷く。「うむ。あえて重心を崩すことで、次の動作を読ませない熟練の技だ」
しかし、ウェンディの感想は違った。
(……無駄が多い)
緋色のフードの下、彼女の瞳は冷徹にバッカスの動きを解析していた。
(不規則に見えますが、筋肉の収縮には必ず予備動作がある。右足への荷重が0.3秒長い。私なら、その瞬間に地面の摩擦係数をゼロにする付加(エンチャント)をかけ、自滅させます。あるいは――)
バッカスが強烈な掌底を放つ。
ウェンディの思考は、その衝撃が届くよりも速く「殺害手順」を構築する。
(攻撃の瞬間に肝臓へ直接、魔力爆破を付加すれば即死ですね。……なぜ皆さん、あんな隙だらけの動きを警戒するのでしょう?)
ウェンディにとって、目の前の試合は「戦い」ですらなかった。それは「ダンス」のような興行に見えた。
七年間、アイリーンとの殺し合いのような修練を潜り抜けてきた彼女の基準は、あまりにも高すぎたのだ。
第二試合。
『人魚の踵(マーメイドヒール)』vs『蛇姫の鱗(ラミアスケイル)』。
カグラ・ミリアーナ vs リオン・ユウカ。
因縁深い両チームの激突。
リオンが氷の造形魔法で巨大な鷲を作り出し、上空から攻撃を仕掛ける。
「造形魔法(アイスメイク)・大鷲!」
美しい氷の彫刻が空を舞う。
だが、ウェンディは小さくため息をついた。
(造形速度は速いですが、強度が不均一です。翼の付け根、魔力の結合部が脆い。高周波の振動付加を一撃入れれば、粉々に砕けます。……それに、詠唱中に手元を見すぎです。戦場でなら三回は死んでいます)
辛辣な評価を下すウェンディの目が、一点に止まる。
カグラ・ミカヅチ。
彼女は抜刀せず、鞘のみでリオンの氷を粉砕し、ユウカの波動魔法さえもねじ伏せていた。
「重力変化!」
カグラの言葉と共に、リオンたちが地面に叩きつけられる。
(重力……私と同じ系統)
ウェンディは、初めて身を乗り出した。
カグラの重力操作は、範囲こそ狭いが、指向性と密度が高い。
(剣の間合いにおける局所重力。なるほど、対人戦に特化していますね。ですが――)
ウェンディの脳内で、シミュレーションが走る。
カグラが鞘を走らせる。ウェンディはそれを紙一重でかわし、カグラ自身の重力を倍返しにするエンチャントを付与する。
あるいは、重力のベクトルを反転させ、カグラ自身を空へ弾き飛ばす。
(勝率は100%。……彼女が剣を抜けば多少は楽しめそうですが、広域制圧魔法(ハイ・エンチャント)を使える私の方が、戦術の幅(レンジ)で勝ります)
結論が出ると、ウェンディは興味を失い、視線を観客席へと移した。
そこには、ラミアスケイルの応援席で必死に声を張り上げるピンク色の髪の少女――シェリア・ブレンディの姿があった。
「リオンー! ユウカー! 頑張ってー! 愛よー!」
「天空の滅神魔導士」。
クルクルと表情を変え、全身で仲間を応援するその姿。
(……あんな風に。感情豊かに笑ったり、怒ったり)
ウェンディの胸がチクリと痛んだ。
自分も、かつてはあっち側にいたはずなのに。
今の自分は、仲間が戦っているのを見ても、分析と勝算しか頭に浮かばない。
「頑張れ」という単純な言葉すら、喉につかえて出てこない。
(いいえ。それでいい。感情は判断を鈍らせるノイズ。私は「兵器」として、フェアリーテイルに貢献するんだから)
ウェンディはフードを目深に被り直し、その痛みを心の奥底へ封じ込めた。
そして、運命のアナウンスが響き渡る。
『さあ、本日のメインイベントォォッ! 因縁の対決だカボ!
妖精の尻尾(フェアリーテイル)からは、ナツ・ドラグニル!
そしてもう一人は……おっと、新メンバーのウェンディ・マーベルだァッ!
対するは、現在首位! 剣咬の虎(セイバートゥース)、スティング・ユークリフ、ローグ・チェーニ!』
4人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の名が呼ばれ、会場が揺れるほどの大歓声が上がる。
「行くぞ、ウェンディ」
ナツが立ち上がり、拳を鳴らす。
ウェンディも静かに立ち上がった。
スティングとローグが、不敵な笑みを浮かべて入場してくるのが見える。
「へっ、ガジルさんじゃなくて子供が出てくるとはな。捨て試合か?」
スティングの挑発的な声が聞こえる。
ウェンディは、無表情のまま彼らを見下ろした。
(分析完了。……第三世代。魔力総量は高いですが、制御が粗雑です。体内の竜の種も、完全に同調できていない)
彼女は、ナツの隣に並び立つ。
風が吹き、緋色のローブがバサリと翻った。
「ナツさん」
「ん?」
「彼らには、ドラゴンスレイヤーの『格』の違いを教える必要がありますね」
その言葉に、ナツはニカっと笑った。
「違いねえ! 派手に行こうぜ!」
ゴングが鳴る直前。
ウェンディは一瞬だけ、観客席の仲間たち――ルーシィやシャルルの方を振り返った。
(見ていてください。これが、七年目の私の「風」です)
少女の瞳から、完全に感情の色が消える。
そこにあるのは、敵を殲滅するためだけに研ぎ澄まされた、冷たく美しい殺意だけだった。
次回、「第5話:双竜、沈黙」。