緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第3話:禁断の書庫、黒魔導士の影

深夜の女子寮。

 ウェンディは苛立ちを隠せない様子で、机をバン! と叩いた。

「……ダメ。これじゃ足りない」

 目の前には、ナツから貰った羊皮紙が広げられている。

 そこには『魂の定着』に関する術式が記されているが、肝心な部分が古びて擦り切れ、解読不能になっていたのだ。

 ――『魂を器に縫い止めるには、■■■の楔が必要である』

「楔(くさび)……? 触媒の髪の毛と血だけじゃ、魂がすぐに霧散してしまうってことですか?」

 ウェンディは爪を噛んだ。

 数百人分の生命力(ライフ・フォース)を集めて器を作っても、そこに呼び戻したマザーの魂が定着しなければ、またすぐに失ってしまう。

 二度目の喪失なんて耐えられない。

「もっと……もっと詳しい知識が必要です」

 彼女の脳裏に、先日「狩った」闇ギルドの男が、命乞いと共に吐いた言葉が蘇る。

 『た、頼む! 命だけは! ……そうだ、いいことを教えてやる! 西の荒野にある古城の跡地……あそこには、評議院も手出しできなかった「悪魔の心臓(グリモアハート)」の隠し書庫があるって噂だ!』

 ウェンディは立ち上がり、黒いローブを羽織った。

 迷っている時間はない。

 フィオーレ王国西部、風鳴りの荒野。

 草木も生えない荒涼とした大地に、朽ち果てた古城の廃墟がそびえ立っていた。

 かつて最強の闇ギルドの一角が拠点としていた場所の一つ。

 ヒュンッ。

 夜空から一人の少女が降り立つ。

 ウェンディだ。アイリーンの付加術で飛行能力を強化し、数日の距離をわずか数時間で踏破したのだ。

「……ここですね」

 廃墟の入り口には、厳重な術式結界が張られていた。

 普通なら解除に数日かかる高レベルな魔法障壁。

 しかし、今の彼女にとっては、薄いガラスも同然だった。

「『分離付加(エンチャント)・術式解体』」

 パリンッ。

 ウェンディが杖で突くと、結界は呆気なく砕け散った。

 彼女は冷たい目で足を踏み入れる。

 地下へと続く螺旋階段。

 カビと埃、そして濃密な闇の魔力の匂い。

 最下層には、膨大な数の魔導書が乱雑に積み上げられた書庫が広がっていた。

「……すごい。これなら、答えがあるかも」

 ウェンディは書棚を漁り始めた。

 『煉獄の七眷属』の研究記録、『失われた魔法(ロスト・マジック)』の概論、そして『ゼレフ書』の写本。

 禁忌の知識の宝庫だ。

 その時。

 背後から、しわがれた声が響いた。

「――おやおや。迷い込んだネズミかと思えば……妖精の尻尾(フェアリーテイル)の小娘ではないか」

 「ッ!?」

 ウェンディが振り返り、即座に杖を構える。

 闇の奥から浮かび上がったのは、半透明の老人――いや、魔力で構成された『思念体』だった。

 眼帯をした、長い髭の男。

 かつての「悪魔の心臓」マスター、ハデス(プレヒト)の残留思念が、書庫の番人として具現化していたのだ。

「ハデス……!」

 天狼島での恐怖が蘇る。

 だが、ウェンディは震える足を叱咤し、睨み返した。

「……邪魔をするなら、消します」

 

「ほほう?」

 ハデスの思念体は、面白そうに目を細めた。

「以前とは随分と雰囲気が変わったな。……その魔力、その瞳。光のギルドの者とは思えん。まるで深淵を覗き込んだ者のようだ」

 ハデスはウェンディの周囲に漂う、数百人分の「奪った生命力」の残滓を嗅ぎ取っていた。

「何を求めてここへ来た? 力か? 永遠か?」

「……蘇生術です」

 ウェンディは短く答えた。

「大切な人を……マザーを生き返らせるための、完全な術式が欲しい」

「クックックッ……」

 ハデスが喉を鳴らして笑った。

「死者蘇生だと? ゼレフですら手を焼き、我が生涯をかけて追い求めた『大魔法世界』の鍵。……それを、お前ごとき小娘が?」

「できます!」

 ウェンディが叫ぶ。

「私には……賢竜アイリーンの知識があります。器も、エネルギーも用意しました。あとは『魂の楔』だけなんです!」

「アイリーンだと? ……なるほど、あの『緋色の絶望』の力か」

 ハデスは納得したように頷いた。

 そして、試すような視線を送る。

「いいだろう。知識を授けてやる。……ただし、代償が必要だ」

「代償……?」

「その術を完成させるには、術者自身の『最も清らかな部分』を汚さねばならん。……お前は、光を捨て、二度と戻れぬ修羅の道を歩む覚悟があるか?」

 ウェンディは、一瞬だけマグノリアのギルドの風景を思い出した。

 ナツの笑顔、シャルルの心配そうな顔。

 それらは、あまりにも眩しく、そして遠い。

 彼女は、懐のガラス瓶を強く握りしめた。

「……光なんて、いりません」

 ウェンディはハデスの目を真っ直ぐに見据えた。

 その瞳は、もはや「巫女」のものではない。「魔女」の瞳だった。

「マザーがいない世界なら、私が闇になります。……だから、教えてください」

 ハデスの思念体は、満足げに嗤った。

「見事だ。……妖精(フェアリー)が堕ちる様、実に愉快。持っていくがいい、禁断の秘術を」

 ハデスが指を弾くと、一冊の黒い装丁の本がウェンディの手元に飛んできた。

 『魂魄定着理論・改』。

「魂を繋ぎ止める楔。……それは『強い未練』と、術者自身の『寿命』だ」

「寿命……」

「お前の時間を削り、死者に分け与えるのだ。……さあ、行け。堕ちた妖精よ」

 ハデスの笑い声と共に、思念体は霧散して消えた。

 残されたのは、禁断の書と、引き返せない一線を越えた少女だけ。

 ウェンディは本を抱きしめた。

 寿命? そんなもの、いくらでも差し出す。

 50年でも、60年でも。

 マザーともう一度話せるなら、明日死んだって構わない。

「ありがとうございます……」

 ウェンディは廃墟を後にした。

 夜明け前の空は、彼女の未来を暗示するように、どこまでも暗く、深く澱んでいた。




次回、「第4話:削られる命、完成する儀式」
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