緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第4話:削られる命、完成する儀式

――マグノリア近郊の森。

 ドサッ。

 巨大な魔獣バルカンが、老婆のように干からびて倒れた。

 その身体から立ち上る青白い光の奔流を、ウェンディは無表情で魔水晶(ラクリマ)へと吸い込ませていた。

「……98、99……これで、100体目」

 ウェンディは、満杯になって妖しく明滅する魔水晶を満足げに眺めた。

 人間だけでなく、魔獣の命も刈り取った。

 質より量。膨大な生命力(ライフ・フォース)の海が、手の中で渦巻いている。

「コホッ……コホッ……」

 不意に、乾いた咳が出た。

 ウェンディは口元を押さえる。

 喉の奥がチリチリと焼けるように熱い。風邪? いや、天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が風邪など引くはずがない。

「……寿命の前借り、ですね」

 ハデスの書庫で得た知識。『魂魄定着理論・改』。

 術者自身の寿命を削り、それを「接着剤」として死者の魂を現世に繋ぎ止める。

 その代償が、こうして身体機能の低下として表れ始めていた。

「コホッ……。別に、痛くもなんともないです」

 ウェンディは咳き込みながらも、平然としていた。

 自分の命が削れる音など、マザーの声が聞こえない静寂に比べれば、雑音にもならない。

 翌日のギルド。

 ウェンディは図書スペースで、古代文字の解読――に見せかけた、儀式の手順確認を行っていた。

「ケホッ、ケホッ……」

 咳が止まらない。

 喉の奥に、見えない棘が刺さっているようだ。

「ウェンディ、大丈夫?」

 ミラジェーンが心配そうにハーブティーを持ってきてくれた。

「顔色が悪いわよ。少し休んだら?」

「あ、ありがとうございますミラさん。……コホッ、大丈夫です。ただの埃アレルギーみたいで……」

 ウェンディは笑顔で誤魔化し、ティーカップを受け取る。

 その様子を、少し離れた場所からシャルルが凝視していた。

 その瞳は、もう「心配」の色を超え、「疑惑」と「恐怖」に染まっていた。

(……おかしい。今の咳、肺から変な音がしたわ。それに、あの魔導書……ナツが持ってきた時はあんな装丁じゃなかったはず)

 シャルルは予知能力(未来視)を持つエクシードだ。

 最近、ウェンディを見ると、不吉な映像がフラッシュバックするようになっていた。

 崩れ落ちるウェンディ。

 緋色の闇。

 そして、邪悪な何かの復活。

 シャルルは意を決して、ウェンディの元へ歩み寄った。

「ウェンディ。ちょっといいかしら」

「? なあに、シャルル」

 ウェンディが振り返る。

 その瞬間、シャルルは彼女が広げていた本のページを覗き込んだ。

 ――『生贄の儀』、『寿命の譲渡』、『反魂の禁術』

「ッ!? ウェンディ、これ……!」

 シャルルが息を呑む。

「あなた、何をしようとしてるの!? 農業の本だなんて嘘じゃない! これは……人を生き返らせるための黒魔法……!」

 ギルド内がざわつく。

 ナツやルーシィも、シャルルの剣幕に気づいてこちらを見た。

「おい、どうしたんだシャルル?」

 ウェンディは、ゆっくりと本を閉じた。

 そして、困ったように眉を下げた。

「……あーあ。見つかっちゃいましたか」

 その声は、驚くほど冷徹だった。

 いつもの甘えたような響きはない。

 まるで、壊れた人形が喋っているような無機質さ。

「ウェンディ……?」

 シャルルが後ずさる。

「コホッ……。シャルル、貴女は勘が良すぎます。……もう少し、知らないふりをしていてくれればよかったのに」

 ウェンディが杖を構える。

 その切っ先が、相棒であるシャルルに向けられた。

「やめろウェンディ! 何する気だ!」

 ナツが異変に気づき、飛び出してくる。

 遅い。

 ウェンディは悲しげに、けれど躊躇なく魔法を紡いだ。

「ごめんなさい。……少しの間、眠っていてください」

 「『状態付加(エンチャント)・強制睡眠(スリープ)』」

 ドサッ。

 シャルルが糸の切れた操り人形のように倒れ込む。

 さらに、駆け寄ろうとしたナツやグレイ、ギルドメンバー全員の意識が、強力な睡魔によって刈り取られた。

「な……ん……だ……これ……」

 ナツが膝をつく。

 抵抗しようとするが、瞼が鉛のように重い。

 アイリーン仕込みの、広範囲かつ強力な精神干渉魔法。

「ウェ……ン……ディ……」

 バタリ。

 ナツも、エルザも、ルーシィも。

 ギルドにいた全員が、床に伏した。

 静寂が戻ったギルドホール。

 立っているのは、ウェンディただ一人。

「ケホッ、ケホッ、ケホッ……!」

 激しい咳と共に、ウェンディは口元を押さえた。

 手のひらに、一筋の血が付着している。

 寿命を削った代償が、喀血として現れ始めていた。

「……行かなきゃ」

 ウェンディは倒れているシャルルに近づき、そっとその頭を撫でた。

 「さようなら、シャルル。……目が覚めた時、私はもう、貴女の知っているウェンディじゃないかもしれません」

 彼女は禁書と、生命力の詰まった魔水晶を抱え、ギルドを後にした。

 振り返らない。

 振り返れば、引き返したくなってしまうから。

 ――マグノリアの丘。アイリーンの墓前。

 夜の闇に包まれた丘に、冷たい風が吹き荒れる。

 ウェンディは墓標の前に立ち、準備を始めた。

 地面に描かれた、血と魔力による巨大な魔法陣。

 中央にはアイリーンの髪。

 そして、周囲には数百人分の生命力が渦巻く魔水晶。

「マザー……。お待たせしました」

 ウェンディは咳き込みながら、杖を高く掲げた。

 月が雲に隠れ、世界が闇に沈む。

「私の命を削ります。私の未来を捧げます。……だから、帰ってきて」

 「『極限付加術(マスター・エンチャント)・反魂の儀(リザレクション)』!!」

 カッッッ!!!!

 毒々しいほどの緋色の光柱が、天を貫いた。

 大地が鳴動し、墓標が割れる。

 禁忌の扉が、今、少女の手によってこじ開けられようとしていた。

 その光の中で、ウェンディは狂ったように笑い、そして血を吐いて膝をついた。

 それでも、彼女の目は墓の下にある「闇」を見つめ続けていた。




次回、「第5話:再誕の産声、歪んだ抱擁」
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