霊峰ゾニア。猛吹雪が吹き荒れる極寒の地。
その山頂付近にある古代遺跡の入り口が、轟音と共に砕け散った。
「ウェンディィィィッ!!!!」
ナツの咆哮が、吹雪を切り裂いた。
炎を纏い、先陣を切って飛び込んだナツに続き、グレイ、エルザ、ルーシィ、そしてシャルルが遺跡内部へと雪崩れ込む。
「ここは……!?」
ルーシィが驚きの声を上げた。
外の極寒が嘘のように、遺跡の内部は春のように暖かく、そして異様なほど豪華な調度品で飾られていたのだ。
まるで、ここだけが世界から切り離された王宮のように。
そして、その広間の奥にある玉座のような椅子に、二人の影があった。
「……あら。思ったより早かったわね、羽虫たち」
緋色の髪の魔女――アイリーンが、優雅に足を組んでワイングラスを傾けていた。
そして、その膝元に侍るように座り、うっとりと彼女を見上げている少女。
「ウェンディ……!」
シャルルが息を呑んだ。
その姿は、あまりにも変わり果てていた。
右半分が白く染まった髪。透き通るほど蒼白な肌。体は以前より一回り小さく、痩せ細って見える。
禁術の代償が、彼女の体を確実に蝕んでいる証拠だった。
「ウェンディ! 迎えに来たぞ! 帰ろう!」
ナツが手を差し伸べ、駆け寄ろうとする。
しかし。
「……来ないでください」
ウェンディの口から発せられたのは、氷のように冷たい拒絶の言葉だった。
「え……?」
ナツの足が止まる。
ウェンディはゆっくりと立ち上がり、ナツたちを見据えた。
その瞳は濁り、かつて宿っていた光は微塵もない。
「帰る? どこへですか? 私の家はここです。マザーの傍だけが、私の居場所なんです」
「何言ってんだよ! お前の家はギルドだろ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)だろ!」
ナツが叫ぶ。
「違います」
ウェンディは首を振った。
「あそこは……私を『良い子』という枠に閉じ込める鳥籠でした。私はもう、誰かの期待に応えるための人形じゃありません」
彼女は背後のアイリーンに寄り添った。
「私は、マザーのためだけに生きる。そう決めたんです」
「ウェンディ、目を覚まして! あなたは利用されているだけよ!」
エルザが剣を構え、母であるアイリーンを睨みつける。
「アイリーン! 娘に何をした!?」
「フフッ。何も? 私はただ、この子の望みを叶えてあげただけよ。……ねえ、ウェンディ?」
アイリーンがウェンディの白い髪を愛おしそうに撫でる。
「はい、マザー」
ウェンディはうっとりと頷き、そしてナツたちに向き直った。
その手に、アイリーンから与えられた新しい杖が握られる。
「帰ってください。……これ以上、私たちの邪魔をするなら」
ドォォォンッ!!
ウェンディの全身から、禍々しい緋色の魔力が噴き出した。
それは天空の清浄な魔力ではない。数百人の命を犠牲にして得た、呪われた力。
「私が、排除します」
「ウェンディ……お前、本気かよ……」
グレイが身構える。
「目を覚ませェェェッ!!」
ナツが我慢できずに飛び出した。
言葉でダメなら、力ずくで連れて帰る。その拳に炎を宿して。
だが、ウェンディの反応は速かった。
「『分離付加(エンチャント)・大気炸裂(エア・バースト)』!!」
カッッッ!!!!
ナツの目の前の空間が、物理的に爆ぜた。
天空魔法ではない。アイリーン直伝の、純粋な破壊魔法。
「ぐあぁぁぁッ!?」
直撃を受けたナツが、壁まで吹き飛ばされ、激突する。
「ナツ!?」
「嘘でしょ……ウェンディが、ナツを……」
ルーシィが信じられないものを見る目で口元を覆う。
「ケホッ! コホッ、コホッ……!」
魔法を放った直後、ウェンディが膝をつき、激しく咳き込んだ。
口元から鮮血が滴り落ちる。
寿命を削った体での高位付加は、彼女自身の肉体をも破壊していた。
「ウェンディ!」
シャルルが駆け寄ろうとする。
ヒュォォォォォンッ!!
その行く手を、圧倒的な殺気が遮った。
室内の温度が一瞬にして氷点下まで下がる。
「……よくも」
玉座から立ち上がったアイリーンが、能面のような無表情でナツたちを見下ろしていた。
その瞳の奥で、激情の炎が渦を巻いている。
「私の大事な娘に……魔法を使わせたわね? そのせいで、あの子が血を吐いたじゃない」
アイリーンは、ウェンディがナツを攻撃したことなどどうでもよかった。
ただ、「羽虫どもが侵入してきたせいで、自分の可愛い人形に傷がついた」ことだけに、静かに、しかし激しく憤怒していた。
「マザー……私は、平気です……」
ウェンディが血を拭いながら立ち上がろうとする。
「いいえ。お前は休んでいなさい」
アイリーンが杖を一振りすると、ウェンディの体が優しく宙に浮き、後方の安全な場所へと移動させられた。
そして、最強の魔女は、侵入者たちに向き直った。
「断罪の時間よ、妖精(フェアリー)たち。……私の楽園を土足で踏み荒らした罪、その命で購いなさい」
ズズズズズ……ッ。
遺跡全体が軋みを上げて震え始めた。
賢竜アイリーン・ベルセリオンの、本気の排除が始まる。
次回、「第8話:賢竜の激昂、凍てつく絆」