緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第7話:断罪の炎、拒絶の風

霊峰ゾニア。猛吹雪が吹き荒れる極寒の地。

 その山頂付近にある古代遺跡の入り口が、轟音と共に砕け散った。

「ウェンディィィィッ!!!!」

 ナツの咆哮が、吹雪を切り裂いた。

 炎を纏い、先陣を切って飛び込んだナツに続き、グレイ、エルザ、ルーシィ、そしてシャルルが遺跡内部へと雪崩れ込む。

「ここは……!?」

 ルーシィが驚きの声を上げた。

 外の極寒が嘘のように、遺跡の内部は春のように暖かく、そして異様なほど豪華な調度品で飾られていたのだ。

 まるで、ここだけが世界から切り離された王宮のように。

 そして、その広間の奥にある玉座のような椅子に、二人の影があった。

「……あら。思ったより早かったわね、羽虫たち」

 緋色の髪の魔女――アイリーンが、優雅に足を組んでワイングラスを傾けていた。

 そして、その膝元に侍るように座り、うっとりと彼女を見上げている少女。

「ウェンディ……!」

 シャルルが息を呑んだ。

 その姿は、あまりにも変わり果てていた。

 右半分が白く染まった髪。透き通るほど蒼白な肌。体は以前より一回り小さく、痩せ細って見える。

 禁術の代償が、彼女の体を確実に蝕んでいる証拠だった。

「ウェンディ! 迎えに来たぞ! 帰ろう!」

 ナツが手を差し伸べ、駆け寄ろうとする。

 しかし。

「……来ないでください」

 ウェンディの口から発せられたのは、氷のように冷たい拒絶の言葉だった。

「え……?」

 ナツの足が止まる。

 ウェンディはゆっくりと立ち上がり、ナツたちを見据えた。

 その瞳は濁り、かつて宿っていた光は微塵もない。

「帰る? どこへですか? 私の家はここです。マザーの傍だけが、私の居場所なんです」

「何言ってんだよ! お前の家はギルドだろ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)だろ!」

 ナツが叫ぶ。

「違います」

 ウェンディは首を振った。

「あそこは……私を『良い子』という枠に閉じ込める鳥籠でした。私はもう、誰かの期待に応えるための人形じゃありません」

 彼女は背後のアイリーンに寄り添った。

「私は、マザーのためだけに生きる。そう決めたんです」

「ウェンディ、目を覚まして! あなたは利用されているだけよ!」

 エルザが剣を構え、母であるアイリーンを睨みつける。

「アイリーン! 娘に何をした!?」

「フフッ。何も? 私はただ、この子の望みを叶えてあげただけよ。……ねえ、ウェンディ?」

 アイリーンがウェンディの白い髪を愛おしそうに撫でる。

「はい、マザー」

 ウェンディはうっとりと頷き、そしてナツたちに向き直った。

 その手に、アイリーンから与えられた新しい杖が握られる。

「帰ってください。……これ以上、私たちの邪魔をするなら」

 ドォォォンッ!!

 ウェンディの全身から、禍々しい緋色の魔力が噴き出した。

 それは天空の清浄な魔力ではない。数百人の命を犠牲にして得た、呪われた力。

「私が、排除します」

「ウェンディ……お前、本気かよ……」

 グレイが身構える。

「目を覚ませェェェッ!!」

 ナツが我慢できずに飛び出した。

 言葉でダメなら、力ずくで連れて帰る。その拳に炎を宿して。

 だが、ウェンディの反応は速かった。

「『分離付加(エンチャント)・大気炸裂(エア・バースト)』!!」

 カッッッ!!!!

 ナツの目の前の空間が、物理的に爆ぜた。

 天空魔法ではない。アイリーン直伝の、純粋な破壊魔法。

「ぐあぁぁぁッ!?」

 直撃を受けたナツが、壁まで吹き飛ばされ、激突する。

「ナツ!?」

「嘘でしょ……ウェンディが、ナツを……」

 ルーシィが信じられないものを見る目で口元を覆う。

「ケホッ! コホッ、コホッ……!」

 魔法を放った直後、ウェンディが膝をつき、激しく咳き込んだ。

 口元から鮮血が滴り落ちる。

 寿命を削った体での高位付加は、彼女自身の肉体をも破壊していた。

「ウェンディ!」

 シャルルが駆け寄ろうとする。

 ヒュォォォォォンッ!!

 その行く手を、圧倒的な殺気が遮った。

 室内の温度が一瞬にして氷点下まで下がる。

「……よくも」

 玉座から立ち上がったアイリーンが、能面のような無表情でナツたちを見下ろしていた。

 その瞳の奥で、激情の炎が渦を巻いている。

「私の大事な娘に……魔法を使わせたわね? そのせいで、あの子が血を吐いたじゃない」

 アイリーンは、ウェンディがナツを攻撃したことなどどうでもよかった。

 ただ、「羽虫どもが侵入してきたせいで、自分の可愛い人形に傷がついた」ことだけに、静かに、しかし激しく憤怒していた。

「マザー……私は、平気です……」

 ウェンディが血を拭いながら立ち上がろうとする。

「いいえ。お前は休んでいなさい」

 アイリーンが杖を一振りすると、ウェンディの体が優しく宙に浮き、後方の安全な場所へと移動させられた。

 そして、最強の魔女は、侵入者たちに向き直った。

「断罪の時間よ、妖精(フェアリー)たち。……私の楽園を土足で踏み荒らした罪、その命で購いなさい」

 ズズズズズ……ッ。

 遺跡全体が軋みを上げて震え始めた。

 賢竜アイリーン・ベルセリオンの、本気の排除が始まる。




次回、「第8話:賢竜の激昂、凍てつく絆」
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