緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第8話:賢竜の激昂、凍てつく絆

ズズズズズ……ッ!

 霊峰ゾニアの古代遺跡が悲鳴を上げた。

 アイリーン・ベルセリオンから放たれる緋色の魔力は、単なるエネルギーの波ではなく、空間そのものを歪める「重圧」となって妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちを襲った。

「ぐっ……! なんだこの魔力は……!」

 グレイが氷の盾を展開するが、ミシミシと音を立ててヒビが入っていく。

「相変わらずデタラメな強さだ……! スプリガン12の頃より上がってやがる!」

「当然でしょう」

 アイリーンが杖を優雅に振るう。

「私は一度死に、地獄の淵を見てきた。……そして何より、今の私には『守るべき愛娘』がいる」

 彼女の視線が、後方で蹲るウェンディに向けられる。

 その瞳が一瞬だけ慈愛に満ち、すぐにナツたちへ戻ると、絶対零度の殺意へと変わった。

「『地形付加(エンチャント)・針の山』」

 ドゴォォォォォンッ!!

 床の岩石が一斉に隆起し、無数の鋭利な槍となってナツたちを串刺しにしようと襲いかかる。

「うおおおおっ! 『炎竜王の……崩拳ンンッ!!』」

 ナツが炎で岩の槍を粉砕する。

「アイリーン! ウェンディを返せ! お前の道具じゃねえんだぞ!」

「道具? ……ふふっ、笑わせるわね」

 アイリーンは宙に浮いたまま、蔑むように見下ろした。

「あの子が自ら私を選んだのよ。お前たちのような『偽りの家族』ではなく、私という『真実の母』をね」

「ふざけるな!」

 エルザが換装し、空へ飛び出す。

「天輪の鎧! ……母上! 目を覚ましてください!」

 無数の剣がアイリーンを襲う。

 しかし、アイリーンは障壁すら張らなかった。

「『分離付加(エンチャント)・武装解除』」

 カシャン……!

 エルザの剣が、鎧が、瞬時にしてただの鉄屑となってバラバラに弾け飛んだ。

「なっ……!?」

 エルザが無防備な姿で空中に放り出される。

「母上? ……気安く呼ばないで頂戴」

 アイリーンが冷徹に告げる。

「私を殺し、見捨てた出来損ないが。……私の娘は、命を削って私を蘇らせたウェンディだけよ」

 ドォォンッ!!

 衝撃波がエルザを叩き落とす。

「きゃああっ!!」

「エルザ!!」

 地面に叩きつけられたエルザを庇うように、ナツが前に出る。

 だが、アイリーンの魔法だけではない。

 後方から、信じられない追撃が飛んできた。

「『高位付加(ハイ・エンチャント)・筋力増強(フィジカル・ブースト)』……!」

 ウェンディの声だ。

 彼女は血を吐きながら杖を掲げ、あろうことかアイリーンに強化魔法をかけていた。

「マザー……! あの人たちを……追い払って……!」

 アイリーンの体に緋色のオーラが纏わりつき、その魔力がさらに膨れ上がる。

 かつて仲間を勝利へ導いた「支援魔法」が、今は最悪の敵を強化するための牙となっていた。

「ウェンディ……! お前、何やってんだよ!」

 ナツが叫ぶ。

「俺たちを攻撃するならまだしも……なんであいつを助けるんだ! あいつはエルザの母親だぞ! お前を傷つけた奴だぞ!」

「うるさいッ!!」

 ウェンディが絶叫した。

 その声には、ナツが今まで聞いたことのない、純粋な憎悪が混じっていた。

「ナツさんなんて……大嫌いです!!」

 ズキン。

 ナツの心臓が痛んだ。

 どんな強敵の攻撃よりも重い、拒絶の一撃。

「マザーをいじめるな! マザーは……マザーは私だけのものなんだから!」

 ウェンディは半狂乱で杖を振り回す。

「『天竜の……翼撃』ッ!!」

 暴風がナツたちを襲う。

 手加減はない。本気で殺す気だった。

「くそっ……! どうすりゃいいんだよ!」

 グレイが氷壁で防ぐが、ウェンディの風は以前より遥かに鋭く、重い。

 数百人分の生命力を糧にした風は、氷をも切り裂く。

「終わりよ」

 強化されたアイリーンが、巨大な魔法陣を天空に描く。

 遺跡の天井が消し飛び、極寒の空が見えた。

 そこに浮かぶのは、巨大な隕石――ではなく、圧縮された魔力の太陽。

「『極限付加術(マスター・エンチャント)・神の火(デウス・フレア)』」

 このままでは全滅する。

 エルザが歯を食いしばり、決断を下した。

「……退くぞ!!」

「はあ!? ふざけんなエルザ! ウェンディを置いていけるか!」

「今は無理だ!!」

 エルザがナツの首根っこを掴む。

「今のウェンディに私たちの声は届かない! それに、この魔法を受ければ骨も残らん!」

「でもっ……!」

「行くぞナツ!」

 グレイも無理やりナツを引っ張る。

 ルーシィがハッピーとシャルルを抱える。

「ウェンディーーッ!!」

 シャルルの悲痛な叫びが響く。

 ズドォォォォォォォンッ!!!!!

 灼熱の光が遺跡を飲み込んだ。

 間一髪、ナツたちは転移魔法(あるいはメストの救出)によって離脱したが、遺跡の上半分は消滅し、ただのクレーターと化した。

 煙が晴れた遺跡の跡地。

 アイリーンは無傷だった。

 そして、その腕の中には、魔法の反動で気を失ったウェンディが抱えられていた。

「……逃げたか」

 アイリーンは、ナツたちが消えた方角を一瞥し、興味なさそうに鼻を鳴らした。

 そして、腕の中の少女に視線を落とすと、その表情はとろけるように甘くなった。

「いいのよ、ウェンディ。……邪魔者は消えたわ」

 アイリーンは、ウェンディの白くなった髪にキスを落とした。

 彼女は知っている。

 ウェンディが魔法を使えば使うほど、その命が削られ、自分への依存度が高まることを。

 そして、それこそが彼女の望む「永遠の絆」であることを。

「さあ、場所を変えましょう。……もっと静かで、誰も来ない、二人だけの楽園へ」

 アイリーンが杖を振るう。

 二人の姿が、吹雪の中に溶けるように消えていった。

 残されたのは、半壊した遺跡と、ナツたちの敗北感。

 そして、「大嫌い」という言葉の棘だけが、いつまでも雪原に突き刺さっていた。




次回、「第9話:空虚な空、満たされぬ器」
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