緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第10話:緋色の虐殺、滅竜の咆哮

フィオーレ王国西部の港町。

 夕暮れ時、活気に満ちていた街が、一瞬にして凍りついた。

 空が、燃えている。

 いや、夕焼けではない。ドロリとした粘着質な緋色の魔力が、空を覆い尽くしていたのだ。

「な、なんだあれは!?」

「空が……落ちてくるぞ!」

 人々が逃げ惑う。

 その上空に、一人の女が浮いていた。

 アイリーン・ベルセリオン。

 かつての気品ある美貌は形を潜め、髪を振り乱し、眼球が血走った姿は、伝説の魔女というより、子を奪われかけた鬼女のようだった。

「足りない……。まだ足りない……」

 アイリーンはブツブツと呟きながら、眼下の街を見下ろした。

 そこにある数万の「命の灯火」。

 これら全てを搾り取れば、あの子(ウェンディ)の器を満たせるはずだ。

「さあ、寄越しなさい。……お前たちの無価値な命を、私の娘のために!」

 「『広域極限付加(ワールド・エンチャント)・生命剥奪(ライフ・セーバー)』!!」

 ズオォォォォォォッ!!

 空から無数の緋色の触手が降り注ぐ。

 それは物理的な攻撃ではない。触れた者から強制的に魂を引き剥がす、死神の鎌。

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

「助けてくれぇぇぇ!」

 逃げ遅れた人々が次々と倒れ、その体から青白い光が空へと吸い上げられていく。

「ふふっ……あはははは! そうよ! もっと! もっと輝きなさい!」

 アイリーンが狂ったように笑う。

 集めた光を巨大な魔水晶へと圧縮していく。

 その時。

 「『炎竜王の……咆哮ォォォォォォォッ!!!!!』」

 ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!

 横合いから放たれた極大の炎が、降り注ぐ緋色の触手を焼き払った。

 熱波が街を包み、死の魔法を強制的に霧散させる。

「チッ……! またハエどもか……!」

 アイリーンが忌々しげに睨みつける。

 煙の中から現れたのは、ナツ・ドラグニルをはじめとする妖精の尻尾(フェアリーテイル)の主力メンバーたちだった。

「アイリーン!! テメェ何考えてんだ!!」

 ナツが吼える。

「関係ねえ人たちを巻き込むな! ウェンディがこんなこと望むと思ってんのか!」

「うるさいッ!!」

 アイリーンが絶叫した。

 その声のあまりの悲痛さに、ナツたちが息を呑む。

「あの子が……ウェンディが死にそうなのよ!!」

「え……?」

 エルザが目を見開く。

「寿命が尽きかけているの! 薬も魔法も効かない! 器が壊れかけているのよ!」

 アイリーンは髪を掻きむしりながら叫んだ。

「お前たちに何がわかる! あの子が死んだら……私はまた一人になる! 400年の孤独に戻る! そんなの耐えられるわけないでしょう!?」

「だからって……街の人たちを殺していい理由にはならねえ!」

 グレイが氷の剣を構える。

「なるわよ!!」

 アイリーンが杖を振り下ろす。

「あの子一人の命は、この世界の全人類よりも重い! ……邪魔をするなら、お前たちも養分にしてやる!」

 ドォォンッ!!

 アイリーンの背後から、竜の幻影が立ち昇る。

 賢竜の力が暴走している。

「来るぞ! 構えろ!」

 エルザが叫ぶ。

「母上……! あなたを止める! それがウェンディのためでもある!」

 激突。

 ナツの炎、グレイの氷、エルザの剣が、アイリーンの緋色の閃光とぶつかり合う。

 しかし、アイリーンの力は以前よりも増大していた。

 「娘を救いたい」という狂気じみた執着が、彼女の魔力を底なしに増幅させているのだ。

 一方、数キロ離れた隠れ家。

 

 遺跡のベッドの上で、ウェンディは浅い呼吸を繰り返していた。

 全身の感覚がない。

 視界は闇に閉ざされている。

 ドォォォォン……。

 遠くから響く地響き。

 そして、風に乗って微かに聞こえる、懐かしい声と、愛する人の悲鳴。

(……ナツ……さん……)

(……マザー……)

 ウェンディの指先がピクリと動いた。

 わかっていた。

 マザーが何をしているのか。

 自分のために、また罪を重ねようとしていることを。

(……やめて……)

 ウェンディの目から涙が流れた。

 死にたくない。マザーと一緒にいたい。

 でも、そのためにマザーが「怪物」になってしまうのは嫌だった。

(私が……始めたこと……)

(私が……終わらせなきゃ……)

 ウェンディは、動かない体に最後の命令を下した。

 削りきった寿命の残り滓。

 その最後の最後、魂の底にある残り火を燃やす。

「……う……ぁ……」

 ウェンディがベッドから転がり落ちた。

 這いつくばる。

 床を爪で掻く。

 向かう先は、窓の外。緋色に染まる空の下。

 「待ってて……マザー……」

 少女は這い進む。

 自身の命の終わりと、愛する母の暴走を止めるために。




次回、「第11話:砕ける器、最後の付加術」
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